閑話 行けた人、行けなかった人
①カミッロの場合
カミッロが最初にその噂を聞きつけたのは、行きつけの酒場のひとつでだった。
クラウンに所属する冒険者は、本部や支部で直接情報を仕入れることもしているが、生きた情報を得るためにはこうして酒場に通って仕入れることも多く行っている。
そのため、大抵の冒険者は、クラウン直営の酒場以外にもひとつやふたつの行きつけの場所を持っているのが普通だった。
別に、酒自体は飲まなくても食事をするために酒場に通っている者たちも多くいる。
下戸な冒険者もいるのだが、酒を飲まないのは大抵が若い女性冒険者だったりするので、それを咎めたりするものは少ない。
逆に無理に勧めようとすれば、他の者たちから白い目で見られるのが普通なのだ。
カミッロ自体は、それなりに酒を飲むことができるので、なんの問題もなく酒場に溶け込むことができる。
今日もひとりで酒場に入ると、そこにはなじみの顔がいくつか見えた。
「よう! カミッロじゃねえか! 久しぶり!」
「ああ。久しぶりだな」
いつもと同じような挨拶を交わしながら、カミッロはとある椅子に座った。
そして、いくつかの注文を行ってから情報収集の会話を始めるわけだが、他の者たちの会話の途中で混ざっているので、カミッロはその話を最後まで聞くこととなった。
これは別にカミッロにとって珍しいことではなく、ごく当たり前の日常の一風景である。
そして、カミッロがその話を聞いたのは、盛り上がった話も終わって、ある程度酒場内の騒ぎが収まったころだった。
「闇夜に光る家・・・・・・?」
「ああ、なんでもある階層に迷いの森があって、その中心にいけば見れるらしいぜ」
完全に酒で顔を赤くして語られたその話に、カミッロは最初にまたいつものデマかと疑った。
話した男自身も半信半疑といったところなのだろう。
カミッロが浮かべた表情を見ても、特に何も言ってこなかった。
「まあ、どこにでもあるような話だな」
「ああ、そうだな。だが、この噂の出所がはっきりしているとなれば、話は別だろう?」
「・・・・・・どういうことだ?」
鋭い視線を向けたカミッロに、その男は肩をすくめた。
「なに。大したことじゃないさ。元の噂の出所が、『烈火の狼』のメンバーだということだ。俺の知り合いが直接聞いたら、あっさりと肯定されたらしいぜ」
男のその答えに、カミッロは口を閉ざした。
男はカミッロのその反応を見て満足したのか、この日はそれ以上のことを言うことはなかった。
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カミッロが『闇夜に光る家』の情報を仕入れた翌日。
パーティメンバーのふたりも同じ情報を耳にしていたことがわかった。
そのうちのひとりは、もう少し具体的な情報で、メンバーの何人かがその話に興味を持ったことで、実際に現地に確認に行くことになった。
勿論、それ以外にもしっかりと依頼を受けたうえで向かうので、赤字にはならないだろうという判断がされた。
なぜかカミッロ自身も話を聞いたときから惹かれるものがあったので、その話に乗っていた。
そして今。
カミッロ率いる『黄昏の夕日』は、噂にあった迷いの森まできていた。
「ここがそうか・・・・・・」
「それにしても、入る者を選ぶなんて、変わった森だよな」
「なにを言っている。迷いの森はそういうものだろう?」
メンバーがこそこそとそんなことを話し合っているのを聞きながら、カミッロは知らず知らずのうちに、内心で現人神に祈りを捧げていた。
信心深いわけではないカミッロが捧げた祈りは、メンバーたちにも気付かれないようなほんのわずかな時間だった。
カミッロ自身もなぜそんなことをしたのかわからないまま、仲間とともに森の中へと足を踏み入れた。
周辺の森となんの変りもないように見えているが、クラウンの情報から迷いの森であることは確定している。
こうした森が人を受け入れるかどうかは、様々な要因が絡まって来るのでひとつの答えを導き出すことはできない。
そのため多くの現存している迷いの森は、いまもなお人を寄せ付けない森として残っている物が多い。
カミッロたちが今回足を踏み入れた迷いの森は、見つかったばかりなので、なおさら奥に進む手順は確定していなかった。
それでもなお奥に進もうとするのは、すでに『闇夜に光る家』の情報を持ち帰っている冒険者パーティがあるためだ。
こうした多くの人が見たこともないような光景を見つけることも、冒険者としてほひとつの役割だとカミッロは考えているのだ。
慎重に森の中を進んで行った『黄昏の夕日』の面々だったが、モンスターが出るなどの障害もなく、順調に歩を進めていった。
そして、森に入ってから数時間後、ついに目的となる家が彼らの前に姿を現した。
夜の森を動くのは危険なのだが、肝心の家が夜に光るということなので、噂を信じて日が沈んでから到着するようにしていた。
その目論見が当たったのか、光る家が目の前に現れたときは、ちょうど日が沈む直前の時間だった。
「これが噂の家か」
「形自体は噂にあった通り、どこにでもあるような家だな」
「感想を言うのはあとだ。いまは、とりあえずここでキャンプの準備をするぞ。噂を信じる限りでは、モンスターが出てくることはないそうだが、なにがあるかわからないからな」
噂では、家の中に誰かが住んでいるという情報はなかった。
中には塔の管理者が趣味で建てたのだろうというものまであった。
ただ、その家自体がなにか冒険者に対しておかしなことをするという話はなかったので、家の傍でキャンプを張ることにしたのである。
そして、日没後。
カミッロたちの前には、幻想的に光を発している家が浮かび上がっていた。
第五層の街では、家の中で光の魔道具を使う家庭も増えてきている。
そのため、夜の時間に光があること自体は珍しい光景ではなくなっているが、さすがに家全体が光っている状態を見たことは一度もない。
「・・・・・・これが噂の『闇夜に光る家』か」
物語の中だけで聞いたことのあるような光景に、一同は思わず息を呑んでいた。
この情景を見るためだけに、迷いの森を目指してくる冒険者がいるというのも納得できるものだった。
目の前で光る家を見たカミッロは、これがあるから冒険者は続けられるんだと考えていた。
命のやり取りをすることが日常茶飯事の冒険者は、こうして普通の人が見ない光景を目にすることもある。
それもまた冒険者としての醍醐味なのだと目の前の光る家が教えてくれている。
光る家を見て、冒険者としてまた心を新たにすることができたと認識を持つことができたカミッロなのであった。
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②ポンペオの場合
「くっそー! ふざけんな!! なんで進むことができねえ!」
噂を聞きつけて早速迷いの森までやってきたポンペオは、先ほど自分が付けた印が目の前にあるのを見て、荒げた声を上げた。
周囲にいる仲間たちも、ポンペオと同じように苛立たし気な表情を浮かべている。
先ほどから森の奥に進もうと何度もトライしているのだが、いくら進もうとしても同じ場所に返されている。
仲間のうちの何人かは、すでに諦める言葉を口にする者もいた。
ポンペオたちが光る家の噂を聞きつけてやってきたのは、その家から珍しい素材が手に入れることができると考えたためだ。
噂では迷いの森を無事に進めたというものしか話になかったので、まさか家を見る前に森で阻まれるとは仲間の誰も考えていなかった。
目論見が甘いと言われればそれまでなのだが、そもそもそんな考えができるのであれば、短絡的に家から素材を手に入れようなんてことは考えないだろう。
そんなこともわからないからこそ、迷いの森の中に家が建っている意味もわかっていないのである。
結局ポンペオたちは、何度森に突入しても森に阻まれて奥に進むことができず、目的の家を見つけることはできなかった。
森の侵入に失敗した噂が流れていないのは、自分たちの失敗を公言するものがいないからだと気付けたのが、ポンペオたちにとって良かったことなのかは、その後のかれらの活動を見た者がいなかったため確認はできなかったのである。
光る家シリーズ、最後の閑話になります。
おまけのように失敗談も書きましたが、一応失敗している人もいるんだよという意味で書いているので、大した意味はありません。




