11話 たくらみ
アレクの方へと向かったミツキは、まずはシュレインとピーチへ向かって言った。
「もう放していいわよ」
その言葉で、今までアレクを拘束していた力が解かれた。
しばらくの間、ミツキを睨み付けていたアレクだったが、ミツキは笑みを浮かべたまま特に反応がなかった。
「・・・・・・どういうつもりかね?」
怒鳴っているわけではないが、明らかに怒っている表情を隠さずにミツキに向かって問う。
アレクは今回の件が、考助が絡んでいるかどうかまでは分からないが、少なくともここではミツキが主導していると読んでいる。
わざわざ自身のところまでやってきたという事で、確信している。
「あら。何のことかしら?」
「・・・先程までフローリアにしたことだ」
アレクの口調自体は静かな物だったが、明らかに抑えているのが分かる。
それに対して、ミツキはあくまでも笑みを崩さない。
「それは勿論、私怨よ? あ・・・コウヒからもよろしく頼まれてるわ」
「何?」
「あら。まさか、あなたの謝罪だけで、考助様にしたことを許されると思っていたの?」
「・・・私の言葉が足りなかったと?」
「違うわよ。そうじゃなくて、どうしてあなたが謝罪して、本人が謝らないの? どう考えてもおかしいわよね?」
傍にいたシルヴィア、シュレイン、ピーチがうんうんと頷いている。
ミツキと一緒に、父の方へと近づいてきていたフローリアが、口を挟んだ。
「父上、彼女の言う通りだ。あの時の私は、間違っていた。だから・・・・・・」
「お前は黙っていなさい」
娘の言葉を強引に遮って、アレクはミツキに対して、さらに続ける。
「私怨で、あそこまで痛めつけたと?」
ミツキは肩をすくめた。
「見た目の派手さほど、傷はつけていないわよ。というか、女の子に傷が残るようなことをするわけないじゃない」
「そんなことではない!」
「あら。じゃあどういうこと? 実際にあそこまでしなければ、貴方の大事なフローリアは、気づくことすらしなかったでしょう?」
その言葉に、アレクはミツキを睨み付けた。
「だからと言って、あそこまでしていいと?」
「いいも何も、あそこまでやって、ようやく気づいたのでしょう? 謝っていれば、すぐにでも解放したのに。それに・・・貴方、何をそんなに焦っているの?」
「・・・・・・何のことだ?」
アレクの表情自体は、全くと言っていいほど変わらなかったが、その動揺を見逃すほどミツキは甘くは無かった。
ミツキはわざとらしくため息を吐いた。
「フローリアの持っている加護は、言われるほど絶対的ではないこと? それとも、娘の事を利用して自分の立場を良くしようとしたこと?」
「・・・・・・父上?」
ミツキの言葉を聞いてもアレクの表情は変わらなかったが、それまで黙って聞いていたフローリアが反応した。
「フローリア。彼女の意見に、いちいち反応するな。言葉にして、こちらの反応を探っているだけだ」
「あら。そうでもないわよ?」
「・・・・・・何?」
アレクの疑問には、ミツキは答えず、ただ視線をシルヴィアへと向けた。
その意図を察したシルヴィアは、巫女服の中に持っていたクラウンカードを出して、アレクとフローリアの方へ見せた。
「私も加護を持っていますわ。私が加護を頂戴している相手は、エリサミール神になります。そして、貴方のことはエリサミール神から聞いていましたわ」
「「なっ!?」」
二人の驚きは、二つの意味があった。
まずは、こんなところに加護持ちがいたこと。
もう一つは、その加護持ちが巫女服を着ていたことだ。
加護を持っている巫女がいない、と言うわけではない。
あるいは、巫女の職にある者が、神殿から離れて活動することも珍しいことではない。
ただ、その二つを組み合わせた者が、あり得ないということなのだ。
神職にある者が加護を得ることが出来れば、まず間違いなく神殿に囲われる。
そうなれば、自由に外に出歩くなど、ほとんどありえないのだ。
アレクは以前に考助から、それらしき存在を示唆されていたが、こんなにあっさりと姿を見せるとは思っていなかった。
教会と繋がりがあるとさえ疑っていたのだ。
そのあり得ない存在であるシルヴィアが、さらに言葉をつづけた。
「さらに言うならば、この塔には、他にも加護持ちがいますわ」
シルヴィアは、それが誰か、どういった存在であるかは、あえて語らなかった。
「・・・・・・どういうことだ?」
「何がでしょう?」
「これは、偶然か?」
加護持ちが、少なくとも三人もこの塔にいる。
とても偶然とは思えなかったからこその言葉だ。
「はっきりと加護持ちが来るとは言われてませんでしたが、あのような神託を受ければ、偶然とは言えませんわ」
神託を受けたということは、少なくとも神の意志は介在していることになるのである。
「・・・・・・なぜだ? なぜ、このような所に、加護持ちを集める必要がある?」
「そのようなこと、私に聞かれても分かりませんわ。神には神の都合というものが、おありになるのでしょう。それに・・・・・・」
シルヴィアは、顔をミツキの方へと向けた。
見られたミツキは、一つ頷いてアレクへと話しかけた。
「あえて無視しているのか、それとも認められないだけなのかはわかりませんが、貴方も考助様が見た目とは違っていることは、既に理解しているのでしょう?」
「・・・・・・」
アレクは既に、クラウンの部門長達と話をしていた。
当然ガゼランとも話をしているのだが、ガゼランがクラウンに入ることになった時の様子も聞いていた。
明らかにフローリアと会った時の対応と違って、考助がわざと力を見せつけていることも確認している。
では、なぜ自分の時はともかく、フローリアの時は力を見せつけることをしなかったのか。それが何故なのか、考えてもよくわからなかったのだ。
それゆえに、結論を先延ばしにしていたのである。
ちなみに考助としては、何か考えがあって、ああいう対応にしたわけではない。
フローリアの言葉とその後のコウヒの行動に流されただけで、話の流れ上あそこでさらに力を見せつけても、力を見せびらかすだけになり、あまり意味がないと思っただけだ。
後付の理由として、あそこでフローリアを力で脅せば、アレクに対していい印象を与えないと思ったというのもある。
それに加えて、これからミツキがやろうとしていることにも繋がっている。
「そもそも不思議に思わなかったの? この塔を攻略した時は、考助様と私とコウヒしかいなかったのよ? どうしてたった三人で、この塔が攻略できたのか」
「・・・・・・何が言いたい?」
「こういう事よ」
ミツキがそう言った瞬間、彼女の身体から一瞬光が発生した。
眼を焼くような光ではなかったのだが、そこにいた全員が、一瞬光から庇うように腕で目をかばった。
光が収まったので、その腕を下げて、ミツキの姿を確認したアレクとフローリアは、二人そろって絶句していた。
ミツキの背中には、一対の黒い翼が広がっていた。
「・・・・・・代弁者・・・」
呆然とした様子で、フローリアが呟いた。
アレクは相変わらず絶句したままだ。
「先に言っておくけれど、コウヒも私と同じよ。あっちは、白い翼だけれど」
驚く二人とは対照的に、シルヴィアたちはさほど驚いてはいない。
前にコウヒとミツキの本当の姿(三対六枚の翼)を、一度だけ見たことがあったからだ。
「・・・やはり、何度見ても凄まじいの」
シュレインが、感嘆したように言う。
その言葉に、シルヴィアやピーチも頷いた。
ちなみに、一対しか翼を見せていないのは、以前の神殿の時のコウヒと同じようにわざとだ。
この場合は、一対を見せるだけで十分なのでわざわざ全てを見せる必要はないと思っているのだ。
「言うまでもないけれど、私とコウヒはこの塔に付いているわけではないわ。あくまでも考助様に付いているのよ。だから、考助様にとって代わって塔の実権を握ろうなんて、無駄なことを考えるのは止めることね」
ミツキは特にすごむわけでもなく、淡々と語っただけだったが、言葉を向けられたアレクは身震いをした。
具体的に何かしようと考えていたわけではない。
それでもあわよくば、という考えが全くなかったわけではないのだ。
だが、そんな考えは、この姿を前にして、一瞬にして吹っ飛んでしまったのであった。
この話で終わらせようと思っていましたが、予想以上に伸びました。
もう一話(?)続きます。
2014/5/11 誤字脱字修正
2014/6/19 誤字訂正
 




