(6)基礎のやらかし
精霊たちを使って基礎を作っていた考助だが、一日だけで作業を終えたわけではない。
単純にそれを作るだけならば、一日もかからなかっただろう。
だが、考助が今回作っているものは、人が住むためだけの家を作るだけではない。
家全体が魔道具のように働くように作るので、当然基礎もその範囲に入っているのだ。
基礎はまさしく家の基本になるものだが、土台に造るものもまた、今回の作る数々の魔法陣の基礎になるものとなっている。
ここで失敗してしまえばすべてが無駄になるので、慎重に慎重を重ねて作業を行った結果、数日が経っていた。
その甲斐あって、考助は満足した表情で立ったまま基礎を見ていた。
もし考助のことを全く知らない第三者がその姿を見れば、何事かと訝しがっただろう。
満面の笑みを浮かべて立つ考助を見て、シュレインが呆れたように声をかけた。
「・・・・・・気持ちはわからないではないが、知らない人が見れば、気味悪がられるぞ」
大体考助は、新しく魔道具を作るとこんな表情をしているので、シュレインには慣れたものである。
勿論、気味が悪いというのは多少大げさに言っているが、いまは結界で守られているとはいえ、外にいるのでできることなら控えてほしいというのが、シュレインの正直な気持ちだった。
「うぐっ!」
自覚はあったのか、考助がばつの悪そうな表情になった。
ついとそっぽを見た考助は、ならない口笛を鳴らすような仕草を見せる。
それを見てため息をついたシュレインは、ペコリと頭を下げる。
「ちょっと言い過ぎじゃったの。すまん。――――まあ、これだけの物を作り上げれば、そうなる気持ちもわからないではないからの」
シュレインはそう言いながら、基礎いっぱいに広がる魔法陣の集合体を見る。
そこには大小さまざまな魔法陣が、所狭しと描かれていた。
通常、魔道具における魔法陣は、表には出ないようにされるためこうしてすべてを俯瞰してみることなどできない。
電化製品であれば、隠してある配線を見せるようなものなのでそれは当たり前のことだ。
いまこうしてすべての魔法陣を見ることができているのは、完成した物をチェックできるようにしているためである。
「ごめんごめん。つい、余韻にひたっちゃった」
「いや、すまんの。其方が謝るようなことじゃない」
考助の謝罪に、シュレインは両手を合わせてばつの悪そうな顔になった。
このまま続けても謝罪合戦になりかねないと思ったシュレインは、すぐに頭を切り替えて視線をもう一度魔法陣へと向ける。
「それにしてもこれだけの魔法陣を起動するとなると、かなりの力を使うと思うのじゃが? これから先も壁などに仕込んでいくのじゃろう?」
「あれ? シュレインでも気付けなかったんだ。ここにある魔法陣のほとんどは、自然から力を取り込むための物だよ」
「なんと!?」
さらりと答えた考助に、シュレインは驚愕の表情を向けた。
魔道具を使うためには、継続して魔力を込めなくてはならない。
それは、魔道具を作る者、使う者にとっての常識だ。
ところが、いま考助が言ったことは、魔力の定期的な補充は必要ないことを意味している。
それは、魔道具に関係する者たちにとっては、夢のような技術なのだ。
とはいえ、今回使っている魔法陣には、弱点がないわけでもない。
シュレインの視線を受けた考助は、肩をすくめてそれを話し出した。
「残念ながらいろいろと弱点もあるけれどね。一番大きいのは、神力を使えないと駄目だということかな?」
「ああ、なるほど」
考助の説明に魔法陣にちらりと視線を走らせたシュレインは、納得したように頷いた。
数多くの魔法陣の中には、神力を魔力に変換して使えるようなものも含まれていた。
魔法陣は、その名の通り多くの物が魔力を使って起動するようになっている。
神力のままでは、つかえないのだ。
そのため、神力から魔力を生成するための機能が必要になるのである。
それらのことをわかったうえで、シュレインは小さく首を傾げた。
「じゃが、この家はすべて考助が作る物じゃろう? 別に神力のままでも構わないと思うのじゃが?」
「それはそうなんだけれどね。やっぱり魔力のまま使ったほうがいいものがあるんだよ」
シュレインの言う通り神力のままで使える魔法陣も作れないことはないが、いちから開発するよりも既存のものを使ったほうが早いものもある。
それならば、最初から魔力に変換して使うようにしたほうが楽なのだ。
「そんなものかの」
他のメンバーよりは魔法陣に詳しいシュレインといえど、考助ほどではない。
考助の説明にシュレインは、曖昧な表情のまま頷いた。
魔法陣における魔力と神力の関係については、この場ですぐに説明できるものではない。
考助もシュレインの表情には気づいていたが、それ以上の説明をすることはしなかった。
「詳しい説明はここでは省くけれど、そんなものだと思っておけばいいよ」
「そうじゃの。それにしても、一度そなたからしっかりと魔法陣について学んだほうがよさそうじゃの」
「あれ? そんなこと初めて言われたような気がするけれど?」
言外にそんなに興味があったのかと言いたげな考助の表情に、シュレインは苦笑を返した。
「初めて言ったからの。正直に言えば、其方の言う通りあまり興味が湧いてはいなかったのじゃがの。これほどのものを見せられれば、話は変わってくる。それは、他の者たちも同じではないかの」
本格的に家を建てる前に、一度全員に見せてはどうかのと続けたシュレインに、考助は神妙な顔をして頷いた。
もし黙ったまま作業を続けては、針のむしろになりかねないと直感で察したのだ。
シュレインがこれほどまでにこだわっているのは、自然の中から力を直接取り込む術など、他にはないからである。
もし自前でそれが可能になるとすれば、魔力不足などに陥った場合でも即回復ができる可能性もある。
残念ながら目の前にある魔法陣ではそれを可能にできるわけではないが、研究するだけの価値はあると考えたのだ。
「――――そういうわけじゃから、イスナーニの奴も呼んでおいた方がいいと思うぞ?」
「ああ~。・・・・・・わかった。戻って全員に話をしてくるよ」
全員に話をつけてこの場に呼ぶとなると作業は遅れてしまうことになる。
とはいっても納期があるものでもないので、急ぐ必要はない。
シュレインの忠告に、考助はどうしたものかと遠い目をして頷くのであった。
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結局考助は、個別に話をするのではなく、夕食時にまとめて話をすることにした。
その日はたまたまピーチがミクを連れてきていたのもある。
残念ながらコレットは来ていなかったので、そのあとに話をしに行ったが、シュレインの言葉は見事に的中して全員が興味を示していた。
中でもイスナーニの喜びっぷりは、半端なかった。
それを見た考助は、そう言えばいままでこんなことを言ったことはなかったなと思っていたが、イスナーニはそれには気付いていなかった。
考助としては、別に隠すためにそうしていたわけではないが、結果としてそうなってしまっていたのだ。
いまさら謝るのもおかしいので、今後は機会があれば見せていくのもいいだろうと思うことにした。
考助が話をした翌日には全員が集まって、建築中の家見学ツアーとなった。
そして、土台に描かれた魔法陣を見た一同は一瞬静まり返り、すぐに考助へと質問攻めにしたのであった。
基礎だけで一話使ってしまいました。
まあ、シュレインとの会話をかきたかったのでいいのですが。
このあとはサクッと進む・・・・・・はずです?




