(5)精霊の使い方
大量のレンガを作り終えた考助は、続いて家を建てるための土台の作成に取り掛かっていた。
まるで重機を使うようにして、妖精を介して精霊たちを働かせては、次々に必要な個所を作っていく。
ただ、いくら精霊を使っているとはいえ、一気に作れるわけではなくある程度の時間がかかっていた。
考助の目算では、大体一日かければ何とか予定の基礎ができると踏んでいる。
今回作っている家の広さは、ちょっとしたお屋敷程度(日本の家の二軒分くらい)と昨日決めたので、時間がかかるのも仕方ないと割り切っている。
ぎりぎりまで家の大きさが決まらなかったのは、家にどんな機能を持たせるかを最後の最後まで考えていたからである。
それをようやく決定したので、こうして家にとっての重要な部分である基礎の工事に取り掛かっているのだ。
魔道具(今回は家)を作るときは、作成中も楽しいのだが、どんなものを作るのかと悩んでいる間も楽しいと考える考助らしい時間の使い方であった。
そもそも誰かから受注を受けて作っているわけではなく、誰かに迷惑をかけるわけでもないからこそできるのである。
ノールが動いている間、考助は特にすることがない。
とはいえ、ノールが働くのは考助がそばにいるからであって、考助がその場を離れてしまうとノールも受けた指示を終えたあとは、その場を離れてしまう。
なにか突発的な事態が起これば同じようなことになってしまうので、結局考助は建築中にその場を離れることができないのである。
となれば、どういうことになるかといえば、
「・・・・・・暇だ」
ということになる。
その考助の呟きを拾った今日の付き添いであるミツキが、くすくすと笑った。
「いったん工事を止めて、暇つぶしにでもいく?」
考助がそんなことをするわけがないとわかっていて、ミツキはあえてそう聞いた。
案の定、考助はムッとした表情になって答えた。
「・・・・・・そんなことはしないよ」
考助としては、早く完成した家を見たいのだ。
そのためには、他の作業を犠牲にしてもこちらを進めるつもりで来ている。
トランプやらゲームをやって暇つぶしをすることも考えたが、なんでも高レベルでこなすことができるミツキ(掃除を除く)を相手にしても、あまり面白い結果にはならない。
手を抜かれるとそれはそれで腹が立つので、長続きしないのだ。
そんな考助の心情を見抜いていながらミツキは笑みを崩していないのだが、それには理由がきちんと存在していた。
「そう? それならいいけれど、とりあえずすぐに暇つぶしはできそうよ」
「ん? それってどういうこと?」
その言葉に興味を持った考助が、目を細めてミツキを見た。
考助の視線を受けたミツキは肩をすくめて、
「別に大したことじゃないわよ。ナナがコレットを連れて、こっちに近付いてきているわよ」
考助から視線を外して転移門のある方角を見たミツキに合わせて、考助も同じ方向を見た。
「ああ、なるほどね」
そう言って一度納得した考助だったが、すぐにクスリと笑った。
「コレットがナナを連れてきているんじゃなくて、その逆なんだ」
「あら。間違っていないでしょう?」
「まあ、確かに」
知らない人が聞けば怒りだしそうなことを話すふたりだったが、残念ながらこの場には誰もいなかった。
さらにいえば、この話を当人が聞いたとしても、怒るどころか笑うか、苦笑をするだけで済ませるだろう。
コレットはまだこの場所には来たことが無く、案内しているのがナナなのは間違いがないのだが、そんなことを言われても違和感を感じさせないのは、さすがナナといったところだろう。
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考助とミツキがそんな会話をしていたなんてことは露知らず、五分ほどあとにナナに連れられて、コレットがやってきた。
「話には聞いていたけれど・・・・・・また、随分と非常識なことをやってのけているわね」
めまいを抑えるようにしてこめかみに手を当てたコレットは、開口一番そんなことを言ってきた。
そのコレットの言葉を聞いた考助は、わざとらしく視線をコレットから逸らした。
それでもナナを相手にモフることを止めていないのは、さすがといったところだ。
コレットは、整地作業を見ていたシュレインやシルヴィア、フローリアの話を聞いて、時間が空いた今日、様子を見に来たのだ。
「・・・・・・ノールが随分と優秀だということだよね」
考助は、自分のせいではなく、ノールのお陰だと主張して話を逸らそうとした。
だが、そんな目論見はあっさりと崩れ去った。
「普通は、ノールほどの力のある妖精なんて、使役できないからね」
「うぐっ」
ますますドツボにはまった考助は、これ以上は藪蛇になると反論するのを諦めた。
最初からこうなることはわかっているのに、無駄なあがきをするのはどうなのかと、傍で見ていたミツキが考えていたのだが、考助はまったくそれに気づいてはいなかった。
ノールたちの作業を邪魔しないように、出来上がった土台を見ていたコレットは、首をひねりながら考助のところに近寄ってきた。
「うん? どうかした?」
「精霊を使って作業をしているのはわかるけれど、土の精霊だけじゃできないわよね?」
言葉は疑問形だったが、確信しているようなコレットの言葉に、考助は小さく頷いた。
「うん。土だけじゃ面が粗くなるからね。風に頼んで整えてもらっているよ」
「今は土だけが動いているみたいだけれど?」
土台を成形するのに風の精霊を使っているのではとコレットは予想していたが、考助に確認しに来たのはいま働いている精霊が土の精霊だけだったからだ。
「ああ。最初は一緒に作業するようにやっていたんだけれどね。どうにも喧嘩、まではいかないけれど、一緒に働かせると効率が悪いから別々に指示を出すようにしたんだ」
最初のうちは土の精霊も風の精霊も一緒に動かした方が効率的だと思っていた考助だったが、試しに別々に働かせたらそちらの方が早く作業が終わることがわかった。
そのため、いまでは土台の基礎となる物を土の精霊に作ってもらってから、最後の成形を風の精霊にしてもらうようにしていた。
「もちろん、同時に作業しないといけない場合もあるけれどね」
「ふーん。なるほどねえ」
考助の説明に、コレットは頷いた。
とはいえ、一度は納得したコレットだったが、やはり気になることがあって首を傾げる。
「それにしても土と風の精霊の仲が悪いなんて、聞いたことが無いわね」
土と風に限らず、精霊同士が仲が悪いなんてことは精霊に詳しいエルフでも聞いたことが無いだろう。
コレットがそう疑問に思うのは当然のことだった。
「うーん。さっきも言った通り、仲が悪いというのとは違う感覚なんだよね。・・・・・・なんて説明すればいいのか」
そう言いながらコレットと同じように首をひねった考助だったが、すぐに両手をポンと打った。
「ああ、そうか。どちらかといえば、連携が上手くいかないと言ったほうがいいのか」
「連携・・・・・・ああ、そういうことね」
さすがのコレットは、考助が言ったことをすぐにくみ取って、納得の表情になった。
多くの精霊を使うには、きちんとした指示を出さなければならない。
それが一瞬で終わるような攻撃的なものだったり、ずっと同じような状態を続けるための結界のようなものの場合は、一度の命令で精霊は動いてくれる。
ところが、いま考助が行っているような作業の場合は、どうしても細かい指示が必要になることがある。
それを複数の精霊で行うと、どうしても効率が落ちてしまうのだ。
そのため、結果としてそれぞれの精霊で一度作業を終わらせてから別の精霊に指示を出した方が早いということになる。
そもそも精霊をこんな作業に使うという発想がないために、いままで顕在化していなかったからこそ、コレットもわからなかったのであった。
ちなみに、土台(基礎)作りは、あっさりと終えているように見えますが、実際には数日かけて行っています。
考助の精霊を使いこなすための習熟期間でもあります。




