10話 謝罪
もう何度床に叩き付けられたのか。
最初は数えられたが、それが五を超えたところで数えるのを止めてしまった。
頼みの綱である自分の父親であるアレクは、何かをされているのか、先ほどから同じ場所で動かずに声すら出していない。
この場から逃げ出そうにも、巫女姿をしたシルヴィアと呼ばれた女性が張っている結界のせいで、それも出来ない。
今、自分をこんな目に遭わせている女性、ミツキを倒せればこの状況を打開できるのかもしれないのだが、自分の実力では到底無理だというのが最初の数手で理解してしまった。
最後の手段であるはずの交神は、先ほどから試しているが、全く反応が無い。
そもそも、そうそう都合が良い力ではないので、あまり当てにもできないのだが、流石にこの状況で答えが無いとは思わなかった。
とは言え、交神の相手である星神からも当てにはしないほうがいいと、普段から釘を刺されている。
つくづく神の力と言うのは、人の思い通りにはならないな、と筋違いのことを考えてしまった。
普段のフローリアであれば、こんなことは思いつきもしないのだろうが、この状況がそう考えさせてしまったのだろう。
もう剣を持つこと自体も厳しくなってきていた。
絶妙に手加減されているのか、気絶することさえ許されていないので、なんとか立ち上がってこの状況を作り出している相手に立ち向かう。
フローリアの様子を見て、ミツキが呆れたように溜息を吐いた。
「ねえ・・・・・・あなたって、馬鹿なの?」
「・・・・・・何?」
普段のフローリアであれば、このように馬鹿呼ばわりされれば、すぐに怒っていただろうが、もはやそのような気も起きずに、ただ問い返すだけだった。
「ただ、向かって来るだけで、この状況をどうにか出来ると思っているの?」
お前がそれを言うか、とフローリアはそう思ったが、口には出さない。
代わりに出てきたのは、吐息のような諦めだった。
「・・・思わない。・・・だが、なぜこんなことをされているのか分からない以上、私には、こうすることしかできない」
「それよ」
「・・・・・・何?」
再びの疑問。
ミツキの言っているそれとは、何のことか分からない。
「なぜこんな事をするのか、ってやつよ」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「どうしてもっと前に、それを聞かないの?」
「・・・いや、だが・・・・・・聞かれても答えてもらえると、思わなかった」
その答えに、ミツキは呆れたように溜息を吐いた。
「ええ、そうね。この状況だとそう思っても不思議じゃないわ。でも、ただ向かって来るだけでも、駄目じゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
黙り込んだフローリアに、ミツキはもう一度ため息を吐いた。
「あのね。相手から答えが得られなくても、少しでも答えを得るためには、何でもしなさいよ。たとえ得られた答えが嘘だったとしても、相手の反応を見ないと情報を得ることなんて、できないでしょう?」
「・・・では、教えてくれるのか?」
「何を?」
「なぜこのようなことをしているのか」
「・・・最初からそれを聞きなさいよ」
ミツキは疲れたように肩を落とした。
「全く・・・とんだ手間を取られたわ。でも、その答えを言う前に一ついいかしら?」
「・・・なんだ?」
「あなた、今までここまで追い込まれたことないでしょう?」
唐突なミツキの質問に、フローリアは素直に頷いた。
「ああ。これでも国ではそこそこの腕があったからな」
その答えに、ミツキは苦笑した。
「そうよね。だから今もただ向かって来るだけで、どうすればいいのか分からなかったのよね」
「・・・・・・何が言いたい?」
「あなたが父親を尊敬するのは構わないけど、盲信するのは止めた方がいいわ」
「・・・・・・何?」
フローリアは、思わずアレクの方を見た。
「私の見立てだけれど、貴方の剣の腕では、こんな状況になったことがないっていうほうが、おかしいのよ」
一旦区切って、更にミツキは言葉を重ねた。
「大方、ここまでの状況になる前に、周囲が止めていたか、あるいはさっきの様にあの人が止めてたんでしょう?」
言われてみれば、思い当たりがありすぎるフローリアであった。
別に今まで一度も負けたことがないというわけではない。
そんなことになっていれば、もっと剣の腕で名をあげていただろう。
そうではなく、自分が負けたときには、誰かが一方的に入ってきて、それ以上の状況になることが無かった。
だからこそ、今の状況では、どうすればいいのか全くわからずに、ただ立ち向かっていくしかできなかったのだ。
「・・・やっぱりね。まあ、別にそれを責めるつもりはないけれど、ね。でも、これからは、あの父親がいつでも止めてくれるとは、限らないのだから自分できちんと言葉を発して、あがきなさい」
「・・・・・・・・・ああ、そうする」
散々痛めつけられたせいなのか、今のフローリアには、ミツキの言葉がすんなりと自身の中に入り込んで来たのであった。
「さて・・・」
ミツキが一言そうつぶやいて、改めてフローリアの方を見た。
「なぜこんなことをしたのか、と言うことだけれどね」
次の瞬間、ミツキからフローリアに対して『殺気』が向けられた。
「・・・・・・なっ!?」
思わず身を固くしたフローリア。
今までは、こんなあからさまな気配は向けられていなかった。
それが、はっきりと分かる形で向けられていた。
先程までの記憶もよみがえり、体がガタガタと震え始めた。
それでも、先ほどのミツキの言葉を思い出して、必死になって言葉を紡いだ。
「・・・・・・ど、どういうことだ?」
「本当にわからないの?」
ミツキのその言葉に、フローリアは必死に考える。
今は、分からない、と答える場面ではなく、自分で答えを探すべきだとわかった。
とは言え、ミツキを怒らせるようなことを、自分は何かしただろうか。
そもそもミツキとフローリアは、今日初めて顔を合わせた。
接点も今まで一度もないはずだ。
それでも必死に考える。
実際に面識はなくても、何かミツキを怒らせる何かをやらかしているはずだと。
会ったばかりであるが、ミツキが初対面の相手に無駄に殺気を放つような人物ではないことは、先ほどのやり取りでわかった。
ミツキを怒らせるようなこと、と考えてふと、最近同じような状況になったことを思い出した。
コウヒに、剣を突き付けられた時のことだ。
そもそもあの彼女は、なぜ自分に剣を突き付けたのか思い出した。
そこまで思い出して、ようやくなぜ自分がこの状況になったのかが、よくわかった。
同時に先ほどのやり取りの意味も分かった。
「・・・・・・済まなかった!!」
「あら、なんの事かしら? いきなり謝られても分からないわ」
「前に、コースケ殿に対して、私が暴言を吐いたことだ」
さすがにここまでされれば、ミツキが考助に対してどう思っているか、察することができる。
その相手に対して、自分がどういう言葉を吐いてしまったのかという事もだ。
その言葉を聞いたミツキの殺気が少し弱まった。
「・・・それだけかしら?」
フローリアは、首を振った。
「・・・いいや。あの時の私を一言も謝罪させずに、そのまま引き下がらせた父のこともある」
だからこそ、わざわざアレクをこの場に連れてきて、この状況を見せたのであろう。
今のフローリアの言葉で、ミツキの殺気は完全に収まった。
「それで? 次は、何をすればいいのかわかるかしら?」
「無論だ。何とかコースケ殿に対してつなぎをしてもらって・・・・・・」
謝罪を、と続けようとしたフローリアを、ミツキが苦笑して遮った。
「違うわよ」
「・・・え!? いや、しかし・・・」
暴言を吐いた相手は考助である。
その考助に対して、謝罪をするべきだと思ったのだが。
「謝る相手が違うわ。そもそも、考助様は欠片も気にしていないわ。わざわざ蒸し返す必要はないわよ」
さすがにそこまで言われれば、誰に何をすべきかすぐに理解できたフローリアであった。
「・・・・・・ああ。なるほど。・・・コウヒ殿にもきちんと謝罪したい。できれば、つなぎをしてもらえないだろうか?」
そのフローリアの言葉に、ミツキは満足げに頷いた。
「正解よ。・・・つなぎは大丈夫よ。でも気を付けなさいね。あの人は、私程甘くはないから。今度対応を間違ったらこの程度では済まないわよ?」
どんな目に遭わされるのか、想像したフローリアは一瞬身震いをした。
あの剣速を思い出すだけで、どれほどの力量かは理解することが出来る。
「ああ、わかってる。私とて、もう一度虎の尾を踏む様な趣味は持っていないつもりだ」
「そう。それならもうあなたに言うことは無いわ」
ミツキはそう言って、フローリアに対してもう一度頷いた。
そして、今度はそのままアレクの方へと歩いて行ったのであった。
思ったより長くなってしまっているフローリア編です。
次はアレクがミツキの標的(?)です。
2014/5/11 誤字脱字修正
ミツキの会話を修正
2014/6/19 誤字脱字訂正
 




