(7)成長による弊害
アスラとの交神を終えてから何日か経ったある日のこと。
管理層にココロが来ていた。
だが、そのココロは、考助と対面するなり大きく目を見開いていた。
「お父様、一体どうされたのですか?!」
突然そんなことを言ってきたココロに、考助は一度隣にいたシルヴィアと顔を見合わせてから苦笑した。
「あら。やっぱりそんなにはっきりわかるほどだだ洩れになっているんだ」
考助がそういうと、シルヴィアはすでに考助が自分自身に変化が起こっていることに気付いているのだと理解できた。
一応未だに、かなりの気を使って考助に対しては気づいていないふりをしていたのだが、あまり意味のないことになってしまった。
とはいえ、これまでの間、考助自身が周囲を気にせずにいろいろと考える時間ができたので、無駄だったというわけではない。
考助と女性陣がお互いに気を使った結果が、これまでと変わらない生活を続けられる理由にもなっていた。
とはいえ、すでにセントラル大陸に聖域を作ってからひと月経っているが、まだ考助の昼寝の習慣(?)は続いている。
これだけ変化が続けば、ちょっとした問題も出てくる。
その最たるものが、いまのココロの反応だった。
先ほどの考助の言葉から、もう隠していても仕方ないと判断したシルヴィアが、頷きながら考助の問いに答えた。
「そうですね。だだ洩れというほどではないですが、聖職者が近付けば、まず感じられるでしょうね」
ココロやシルヴィアが考助から感じているのは、現人神として発揮されている考助自身から感じられる神威だ。
体の不調が起こる前までは、人前に気軽に出られるようにと抑えられるように調整していたのだが、急激な変化にその調整が上手くいかなくなっている。
変化が終わって安定さえすれば、また以前のように神威を完全に隠すことも可能になるのだろうが、日々神威が大きくなっているいまはそれが難しい。
考助が気付いた最初の頃はきちんとやっていたのだが、数時間で意味がなくなってしまう。
こまめに調整すればいいのだが、さすがに数時間ごとにやるのは面倒になって、いまでは一日ごとに神威を抑えるようにしているのである。
シルヴィアの言葉に、考助は考え込むような表情になった。
「うーん。管理層で生活している分にはそれで問題ないと思っていたけれど、ココロがここまではっきり感じるのであれば、少しは考えないといけないかな?」
数時間ごとに調整しなければならない面倒さに考助が顔をしかめたが、シルヴィアが首を左右に振った。
「それはやめておいた方がいいかと思いますわ。いま、無理に神威を抑えたりすると、逆にそれが不調を招くかもしれません。あくまでも推測ですが」
「一日ごとに抑えていても不調とかは感じていないから大丈夫だとは思うけれどね」
確かめるように体を動かしながらそう答えた考助に、シルヴィアは考えるような顔になった。
「神々にとっての神威というのは、私たちにとっての呼吸と同じようなものと聞いています。安定しているときにはともかく、不安定な状態で無理やり抑えるのは、やはりいいこととは思えません」
「呼吸って、それは少し大げさ・・・・・・でもないのかな?」
シルヴィアの例えは、生体が活動するうえで必要としているという意味ではなく、ごく自然に意識せずに行っているということだ。
息を止めるのは勿論、意識して呼吸を遅くしたり速めたりすれば、特殊な訓練をしていない限りは疲れてしまう。
体が健康な状態ならともかく、いまのように急激な変化を起こしているときにそんなことをすれば、なにが起こるかわからないというのがシルヴィアの主張だった。
勿論、シルヴィアは神ではないので、神々から伝わってきた過去からの伝聞などによる知識だが、考助自身も自らの持つ神威について詳しく知っているわけではない。
軽々しく大丈夫と言う気にはなれなかった。
「・・・・・・仕方ない。エリスあたりに聞いてみるか」
「そのほうがいいかと思います」
考助の言葉に、シルヴィアが安心した表情で頷いた。
結局、神のことは神に聞くのがいい、というよりも、聞くしかないのである。
考助とシルヴィアの会話で、なんとなく状況を理解したココロが、首を傾げながら聞いてきた。
「いままで一日ごとで大丈夫だったのですから、いまさら変える必要はないのでは?」
そのもっともらしい問いかけに、考助はため息をつきながら答えた。
「そうだね。これから先、いまの変化が安定するまで、管理層に誰も来ないと断言できるんだったらね」
「それは・・・・・・ありえないですね」
考助の言葉に、ココロが首を振りながら答えた。
そもそもココロが管理層に来たのは、考助に会わせたい者たちがいたからだ。
いまの状況を知ってそれは無くなってしまったが、こればかりはどうしようもない。
そんなことを考えていたココロに、今度はシルヴィアが問いかけた。
「それで、ココロはなにをしに来たの? コウスケ様になにか用があったのですよね?」
「そうなのですが、いまの話で先延ばししたほうがいいかと考えました」
そのココロの答えに、シルヴィアはやっぱりという表情になった。
ココロがこれまでやってきたこととタイミングを考えれば、なんの目的で来たのかは大体推測はついていたのだ。
それが、いまの答えで完全にわかった。
「先延ばし? なにかあったっけ?」
逆に考助は、わけがわからずに首をかしげていた。
そんな考助に、シルヴィアがたった一言告げた。
「百合之神宮の件ですよ。恐らく、それぞれの神社に務める巫女の選定が終わったのでしょう?」
「はい。何人かには絞ったので、あとはお父・・・・・・いえ、現人神に判断してもらおうかと思いまして」
「ああ、そういうこと」
そういえば、そんな話も進行していたかと思い出した考助は、納得して頷いた。
「でも、さすがにこの状態で会うのはまずいよなあ」
神威がダダ漏れの状態で会うと相手を委縮させてしまうと考えての考助の言葉だったが、なぜかシルヴィアが首を左右に振った。
「いいえ。むしろちょうどいいかもしれません」
「シルヴィア?」「お母様?」
意外なシルヴィアの言葉に、考助とココロが同時に首を傾げた。
「今回来る巫女たちは、各神社に常駐することになる者たちです。せっかくですから、この機会にコウスケ様の神威に直接触れておいた方がいいと思われます」
<巫女>としての言葉に、考助は考え込むような表情になり、ココロはなるほどという顔になった。
「うーん。言いたいことはわからないでもないけれど、本当に必要かな?」
「はい。現人神はあくまでも神。その原則を忘れないためにも、必要だと考えます」
シルヴィアが心配しているのは、普段の考助しか知らない巫女たちが、なにか大きな間違いを起こすのではないかということだ。
神威を出していない考助は、本当にただのヒューマンのようにしか感じず、そんな勘違いをする可能性がある。
シルヴィアとしては、塔の中で過去に起こったような悲劇が繰り返されてほしくはないのだ。
神々の怒りというのは、たとえ考助本人が許したとしても、別の神から起こることもある。
そうした例は、それこそ各神殿に伝わる文献にいくらでも残っている。
そんな間違いを起こさないようにするには、やはり考助の神威に直接触れるのが一番いいのである。
シルヴィアが考助にそんなことを力説すると、考助は渋々ながら今の状態で会うことを認めた。
できることなら神としてあがめられるような状態は避けたい考助だが、塔の未来のためと言われれば同意するしかない。
考助が、塔のことを持ち出せば、最終的には動かざるを得ないとわかっているシルヴィアは、さすがというべきだろう。
そんなシルヴィアを見て、ココロが表情に出さずに内心で感心していたことを、考助は最後まで気付かなかった。
考助がいなくなったあとの母子の会話
コ「あれでダダ漏れではないのですか?」
シ「そうよ。だてに神々から認められているわけではない、といことでしょうね」
コ「は~。なんというか・・・・・・いろんな意味で、えっと・・・・・・鈍い、ですね」
シ「なにを言っているのですか。そこがいいのですよ?」
コ「・・・・・・・・・・・・いきなりのろけないでください」




