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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第2章 塔のあれこれ(その19)
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閑話 合格

 フローリアが主体となっている屋台の補充要員を決める面談会場で、アダは少し呆れた様子で周囲を見ていた。

 二日前、ヴァミリニア城のお偉い人から、第五層の街で活動するための人員を募集することが通達された。

 この通達に、イグリッドの若者たちは色めき立った。

 なにしろ、これまでイグリッドにとっては、『外』の物と接する機会は同じ塔の階層に存在する観光地でしかなかったのだ。

 それは、これまでの過去の歴史から、安全面を考慮しているので不満を持っている者はほとんどいない。

 だが、若い者たちの中には、ときに過剰なほどの自信を持つものがいて、さらにそれを表に出す者もいる。

 勿論そうした者たちは、ヴァンパイアの戦いを専門する者たちに抑えられている。

 たとえば、安心しきって街の中で過ごしているときにさらって見たり、それでも強情なことを言う者にはモンスターの前に連れて行ったりだ。

 結局、イグリッドが戦いには向かないことを痛感してそうした声は抑えられることになるのだが、それでも心のうちにあるわずかな不満が消えるわけではない。

 だからこそ、そんな思いを持っている者たちは、狭き門であることを理解して、観光地の職を求めて多くの者たちが集まるのだ。

 

 今回の募集は、そうした職を求める者たちにとっての絶好の機会だ。

 アダにとっては、出産によって辞めざるを得なかった職をもう一度得る機会になる。

 別に妊娠・出産をしたからといって観光地に再就職できないわけではない。

 ただ、観光地への職は、多くの若者たちが目指す場所でもあるので、いままで再就職することは遠慮していたのだ。

 今回応募しようとしたのは、条件の中に「過去に観光地に務めた経験があること」とあったためである。

 しかも勤務地が今いる塔の階層ではなく、アマミヤの塔の第五層の街というのだからアダにとっても魅力的な職場に見えた。

 その条件を見た瞬間に、若者云々という思いが吹き飛んでしまっていたのは、やはりアダもまだまだ外の世界と触れ合いたいと考えているということだ。

 

 そんなアダだったが、会場に多く集まっている者たちの会話を聞いて、内心でため息をついていた。

 というのも、

「やったべ~。やっとわしにもチャンスがきただ!」

「なにを言うとるだか! 受かるのはわすだ!」

「はんっ! あほいうなや! おまえんらなんぞが受かるはずがなかべ!」

 等々。

 集まった者たちが、方言丸出しでしゃべくり倒していた。


 イグリッドの者たちが方言を使うのは、愛すべき特徴だとアダも考えている。

 だが、今回はあくまでも屋台で使われる人材の募集なのだ。

 たとえ希望が料理人という裏方だったとしても、田舎丸出しで対応していいわけではないのだ。

 少なくともアダが観光地で勤めていたときは、そう厳しく教わった。

 付け加えれば、どこで見られているのかわからないのだから、常に他人の目を気にするようにとも言われていた。

(たとえ開始の合図が無がぐでも、会場にぎだどぎから面接は、はじまっとるべ)

 心の中でそんなことを考えて、誰と話す場合でも自分自身は方言を使わないようにしようと決めた。

 

 そう決めたあとに、一度落ち着いて会場を見回すと、ふと自分と同じように緊張感を持って会話を行っている者たちに気付いた。

(募集内容にわざわざ経験者云々を書いていたのは、そういう意味があっただか)

 会場の様子を見れば、なんとなく今回の条件にある裏も理解出来る気がした。

 自分たちは気付いていないが、周囲のどこかで誰かが見張っていてもおかしくはないとわかったのである。

 そして、そのアダの予想は正しかった。

 現に、会場の見えないところでは、何人かのヴァンパイアたちが、集まっているイグリッドの様子を窺っていたのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 面接のときは、できる限り宿でお客と対応しているように相対していた。

 アダが希望しているのは調理担当だが、第五層の街という環境で仕事をする以上、まったく他の人間と会話をしないなんてことはあり得ない。

 それに、そもそも料理だけをして引き籠っているのであれば、わざわざ外の世界に出ようなんてことは考えなくてもいいのである。

 ヴァミリニア城下の街にだって、料理に携わる仕事はいくらでもある。

 第五層の街で働くという事、そしてその中で自分がどう行動していくのか。

 自分が言いたいことはきちんと伝えられたと、面接を終えたアダは考えていた。

 勿論、面接中は、できる限り標準語と敬語を使って話していた。

 

 面接のあと、自分の合格を聞かされたアダは、半分信じられない思いで勧められた椅子に座っていた。

 自分以外にも前に観光地が働いていた者はいたし、態度がきっちりしていた者もいた。

 合格を聞いたときは、まさかという思いのほうが強かったのだ。

 そして、その気持ちを未だに引きずっている。

 合格を言われて椅子に座っている他の者たちもアダと同じような顔をしているので、似たような心境なのだろうと想像していた。

 ちなみに、今回はイグリッドだけで面接を行い、合格したのは四名になる。

 

 緊張しながら部屋で入っていると、中にふたりの女性が入ってきた。

 ひとりは馴染みがない人だったが、もうひとりは、イグリッド、ヴァンパイアであればだれでも知っている女性だ。

 アダを含めた四名は、シュレインが入ってきたのを見て、慌てて椅子から立ち上がった。

「待たせてすまなかったの」

 そう前置きをしたシュレインは、すぐに本題に入った。

 まずは隣に立つ女性の紹介から入り、アダたちが行う業務の細かい内容まで話し出した。

「・・・・・・フローリアが元女王だからといって変に緊張する必要はないからの。あくまでも今回の業務上の上司でしかない」

「そうだな。むしろ、其方たちには、変に遠慮せずにいろいろと相談してほしい」

 アダはフローリアの言葉に、無理です! と思ったが口にはしない。

「まあ、そうは言ってもいきなりは無理だろうから追々慣れてもらえればいい」

 フローリアは、四人の表情を見回しながらそう言って苦笑した。

 

 

「今回はアマミヤの塔の第五層での調理担当として募集したが、ふたりはそこではなく塔の特別な場所で、しばらく新しい料理の習熟を図ってもらう」

 そんなことを言い出したフローリアに、四人のイグリッドは顔を見合わせた。

 そして、嫌な予感がしたアダが、恐る恐る口を開いた。

「あの・・・・・・塔の特別な場所とは?」

「あ~・・・・・・うむ。行けばわかる」

 口を濁した上に、はっきりとした答えを得られなかったことに、アダの嫌な予感はますます大きくなった。

 その場にいるイグリッドの視線がシュレインに集中したが、なぜかご愁傷さまと言いたげな顔になっていたのが印象に残った。

 

 結局場所についてはそれ以上の言及がないまま、メンバーが分けられた。

 幸いにして、アダは第五層の担当になり、もうひとりの同僚となる女性と手を取り合って喜んだ。

 ただ、その喜びは一瞬で地に落ちることになる。

「あ~。喜んでいるところ済まないが、勤務先については一カ月ほどで交代になるからな。そのあとも状況次第だが、交代勤務になると考えていてくれ」

 そのフローリアの言葉に、特別チーム(?)の顔が晴れやかになったのは言うまでもなかった。

 

 一喜一憂しているイグリッドを見てニヤニヤしていたフローリアは、持ってきていた包みの中をごそごそとし始めた。

「最後になるが、これを必ず身に着けるようにしてくれ」

 そう言って四人に手渡したのは、イグリッドの誰かが装飾したと思われる腕輪だった。

「片方はともかく、第五層に行く者たちは、かどわかされる可能性もあるからな。その腕輪は、それを防止する機能が付いている」

 その言葉に、アダを含めた四人は、真剣な表情でその腕輪を見つめた。

 観光地で働いていたときも似たような物は身に着けていたが、今回の腕輪はそれよりも機能が上になっている。

 特に、不意を突かれたときの反撃機能はついていなかった。

 さらにいえば、第五層から転移門を使おうとすればすぐにばれる上に、位置情報も持っているので、どこに隠されていてもすぐにわかるようになっている。

 第五層で活動することになるイグリッドにとっては、必須の魔道具といえるのだ。

 

 腕輪をきっちりと装着したあとは、業務内容の細かい話に移った。

 その際に、現人神コウスケと直接対面することになったイグリッドたちが固まってしまったのは、致し方のないことであった。

閑話第二弾。

本編で書かなかった補足が含まれております。

腕輪に関してはあっさりと書きましたが、色々と多機能です。


固まった四人を見て、考助が密かに傷ついていたのは、別の話。

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