9話 一方的
右手で持っている片手剣を、相手の右肩の方から左下脇へと袈裟切りを行う。
間髪を容れずに、左下にある剣を、そのまま腰を払うように左から右へと振りぬく。
次いで右下腹部から左肩へと袈裟切りの逆方向に振り上げ、更に首を落とす勢いで、左から右へと振りぬいた。
続けてもう一度、右肩から左下脇へと袈裟切りを行う。
「ほう。思ったよりも、やるのではないか?」
「そうですね~」
シルヴィアが開始の声を掛けてから、すぐに動いたフローリアの動きを見たシュレインとピーチの感想だ。
だが、その感想をすぐそばで聞いたアレクは、その感想に答えを返すどころではなかった。
シュレインとピーチの二人は、いつの間にかアレクを挟むようにして立っていた。
ミツキとフローリアの方に気を取られていたとはいえ、これだけ近づかれて気づかなかったのは、初めてのことであった。
一瞬で警戒レベルが上がった。
それも当然だろう。
初めて見る顔の上に、剣を突き付ければすぐに体を刺せるほどに近づけられたのだ。
何より、近づいたことに全く気付けなかったことが、拍車をかけていた。
そんなアレクの内心を余所に、シュレインとピーチの会話は続けられている。
「典型的な騎士タイプか。・・・それにしては、魔法が一度も出てこんな」
「先ほどから剣戟が通じてませんから、そろそろかと~」
そのピーチの言葉に合わせるかのように、今まで剣だけで攻撃していたフローリアが一度間を置いて、一瞬の間に魔法を放った。
「求めるは強大なる炎、炎激!!」
その呪文に合わせて、ミツキの目の前で爆発が起こった。
だが、その時既にミツキはその場所には居ない。
今まで見せた回避から躱されるのを読んでいたのか、それを気にすることもなくフローリアは、続けざまにミツキに向かって魔法を放って行く。
「剣が通じないと見て、魔法主体へ切り替えたか?」
「というよりも、様子を見ているのでしょうね~」
「ふむ。あのレベルなら、わざわざ魔法と剣戟の間を空ける必要もないか」
「はい、そうですね~」
「ところで・・・」
シュレインとピーチは、同時にアレクの方を見る。
「いつまで気を張っておるつもりだ?」
「別にあなたに何かしようなんて、今のところは、思ってませんよ~?」
シュレインとピーチ二人からの「口撃」に、アレクはフッと肩の力を抜いた。
二人に声を掛けられて、思ってた以上に力が入っていたことに気付いたのだ。
「・・・・・・そうか。それで、そなたたちは何者だ?」
「塔の管理メンバーの一人で、シュレインだ」
「私も同じです~。ピーチです」
「そうか。私はこのたび代官を務めることになったアレクと言う」
簡単な挨拶をしながらも三人の視線は、戦闘の方へと向けられていた。
先程から剣と魔法を使って次々とフローリアが、ミツキへと攻撃を繰り出しているが、その何れも全て躱されていた。
「・・・・・・そろそろかの?」
「ですね~」
「・・・・・・何?」
シュレインとピーチの言葉に、アレクは眉を顰めた。
だが、その疑問はすぐに氷解した。
今までの攻撃を続けて来たフローリアの攻撃の手が、止まった。
フローリアを見ると、大きく肩を上下させていたのだ。
「・・・なぜだ?」
フローリアは、今までの攻撃を見ても分かる通り、かなりの使い手であった。
その彼女が、こんな短時間で息を切らせるほど体力を失うとは思っていなかった。
「剣にしろ魔法にしろミツキは、すべての攻撃を綺麗に躱していたからのう」
「あそこまで綺麗に躱されると、失う体力もすごいでしょうからね~」
「しかも意地か何か知らんが、休みなく続けてきたのも問題だのう」
「・・・・・・それだけのことで?」
「ミツキさんが、余裕を持って躱してましたからね~。見た目はそれほど派手に見えませんでしたが、一撃一撃がかなり力の乗った攻撃でしたよ?」
「その全てを躱されるのだから、躱された方は、たまったものではないであろ?」
一撃で決めるつもりで続けた攻撃の全てが、躱されるのだ。
見た目以上に、体力を奪われる。
対するミツキは、笑顔を浮かべているだけで、息を乱している様子は欠片もなかった。
「あら? もう終わり?」
ミツキのその言葉に、言われたフローリアは歯を食いしばった。
「だ・・・誰が、終わりだと、言った・・・!!」
「そう? だったらさっさと来てね。ちゃんと全部躱してあげるから」
フローリアは、ミツキを睨み付けたがすぐに動くことはしなかった。
身体の方は、特に問題ない。
確かに急激に体力を失ったが、まだ剣も振れるし、魔法とて魔力を失ったわけではないので、すぐにでも使える。
だが、このまま行ったとしても、また同じように躱されるだけなのは分かりきっている。
攻撃しようにも、どうすればミツキの体に、攻撃を当てられるかすら全くイメージが出来ないのだ。
攻めあぐねているフローリアに対して、ミツキが視線を向けたまま言った。
「・・・もう来ないの? それじゃあ、私が攻撃するわよ?」
「なっ・・・!?」
まさか攻撃してくるとは思っていなかったフローリアは、すぐに防御の構えを取った。
だが、次の瞬間には体が宙を舞い、ついで地面に向かって叩き付けられた。
「・・・・・・グッ・・・!?」
受け身ですらまともに取れなかった。
「・・・フローリア!!」
それを見たアレクが、フローリアの方へ駆け寄ろうとしたが、結界に阻まれて近づくことが出来なかった。
「あらあら、駄目ですよ~。まだ戦闘継続中ですから」
「なるほど、あの娘のあの態度は、お主の教育のせいというわけか」
「・・・・・・なんだと!?」
シュレインとピーチの方を振り返ろうとしたアレクだったが、振り返ることが出来なかった。
正確には体を動かすことが出来なかった。
「・・・何をした?」
「この手合わせが終わるまでの間、体を縛らせてもらうからの」
「ちなみに、こちらの声は届いていませんからね~」
「すぐにほどけ!」
激昂したアレクだったが、言われたシュレインは涼しい顔をしていた。
「何故?」
「何故だと? フローリアが、あんなことに、なっているのにっ・・・・・・!?」
怒ったまま言葉を続けようとしたアレクだったが、言葉を発することが出来なかった。
それを見たピーチが、ほっとしたように頷いていた。
「よかったです~。うまく調整できたようですね」
「今なら、そなたの魅了の力も上手く使えるのではないか?」
「どうでしょうね~? あまり興味はありません」
「まあ、今のそなたであれば、そう言うだろうの」
「勿論です~」
二人の会話の意味も分からず、さらには動くこともできず、話すことさえ封じられたアレクは、ピーチの方を睨み付けた。
「あらあら~? 私を睨んでも何も解決はしませんよ?」
「そうよの。そもそもあの娘が、今あのようなことになっているのは、そなたにも責任の一端があるのにのう」
どういうことだ、という思いを込めて二人の方を見るアレク。
「まあ、今はまだあちらの様子を見届けようではないか?」
「そうですね~。貴方への説明は、もう少し待ってくださいね」
シュレインとピーチは、そう言ってアレクの視線を見事にスルーした。
いまだ起き上がってこないフローリアに、ミツキが声を掛けた。
「いつまでそうしているつもり? 大したダメージは与えてないはずよ?」
ミツキのその言葉に、起き上がったフローリアは憎憎しげに見て来た。
「あら。そんな顔をしても意味がないわよ? それともいつも助けてくれるお父様が来てくれなくて、寂しいのかしら?」
「・・・馬鹿にするな!!!」
ミツキの挑発に、再度乗ってしまったフローリアは、それに気づくことなくミツキへと向かって行くのであった。
2014/5/11 10話との矛盾点を修正するために、ミツキとフローリアの会話を修正しました。
2014/5/24 誤字修正




