(10)店の名前
結局、カレー教室は、参加者希望多数により複数回行われることになった。
さらに、希望者数が多かったことに加えて、もう一度参加したいという者も多かったためである。
その目的は様々だったが、特に断る必要はないので複数回の参加も「可」とした。
ただし、順番待ちとまではいかないまでも、二回目以降の参加は、初回の参加者よりも後回しになった。
そもそもの目的が多くの人に広めることなので、これは当然の措置である。
とはいえ、エリが教えることができる数にも限りがあるので、きっちりと覚えてもらってそこからさらに広めてもらえれば、ということも大事になってくる。
一応、最後の締めには、ぜひとも他の人にも伝えるように言ってあるのだが、それが浸透するかどうかはまだ不明だ。
なにしろ、覚えたレシピはまだまだ珍しいものなので、それだけで商売のタネになる。
屋台はずっと続けることは伝えてあるので独占することは不可能だが、それでもしばらくの間は稼ぐことができるだろう。
なによりも、第五層にこだわって屋台なり店を開く必要もないのだ。
場合によっては、塔の外に飛び出して稼ぐこともできる。
今回覚えたレシピをどうするかは、その人次第なのだ。
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カレー教室を開いてから約一カ月。
翌日の準備をしていたエリのところに、サラサがとある人物(男)を連れてきていた。
その男は、緊張した表情で、口をもぐもぐさせているエリを見ていた。
「――――うーん・・・・・・」
「どう? 私が食べた限りでは、十分合格点だと思うのだけれど」
ゆっくりと隠された味まで見極めようとして食べているエリに、サラサが男に代わって聞いてきた。
男――――シゲンは、緊張しすぎで口を開くこともできない様子だ。
エリが開いていたカレー教室でレシピを学んだシゲンは、この日自分が作ってきたカレーを食べてもらいたいと、わざわざ屋台まで訪ねてきたのである。
そして、そのカレーを一口食べて気に入ったサラサが、わざわざ家まで連れて来たというわけだ。
「そうですね。よくできていると思います」
頷きながら答えたエリに、シゲンはあからさまに明るい表情になり、
「で、では、お店(屋台)で出すことを許してもらえますか?」
これがシゲンの本題だった。
もともと屋台で軽食を出していたシゲンだったが、エリたちが作るカレーにほれ込んで、教室に参加していた。
わざわざ許可を取らなくても構わないと受講した皆に伝えてあるのだが、彼にとってはエリの許可を得るというのが重要なことだったのだ。
だが、エリは少し考え込むような表情になった。
「お店を出す出さないは自由にしていいと言っていましたよね?」
「は、はい。そうですが、店の名前を使わせてもらえないかと・・・・・・」
「そういうことですか」
シゲンの言葉に、エリは小さくため息をついた。
この世界には、のれん分けのような制度はないが、似たようなものはある。
ミアが考助から新しく塔をもらったときに、リトルアマミヤと名付けたのは、その制度の考えをもとにしている。
要するに、同じ名前ではなくもとになっている店の名前にさらに何かを付け加えて、子孫のような関係にあることを示すのだ。
シゲンが求めているのがそういうことだとわかったエリは、首を左右に振った。
さすがにこれは自分が決めている範囲を超えていると判断したのである。
「申し訳ありませんが、私にはそれは決められません」
エリがそういうと、シゲンは顔をしかめた。
駄目だと言われたと思ったのだ。
それを見たエリは、それをわかったうえで、さらに続ける。
「名前をわけていいのかどうか、私から確認いたしますので、少し待ってもらっていいですか?」
そのエリの問いに、シゲンはバッと顔を上げた。
完全に道を断たれたわけではないと理解したのだ。
「は、はい! お願いいたします!」
そう言いながら頭を下げたシゲンに、エリは「許可が下りるかはわからない」と念を押して、翌日また来るように伝えるのであった。
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エリから報告を受けたフローリアは、早速考助に話をした。
「んー。いいんじゃない?」
「いいのか?」
あまりに軽い調子で返してきた考助に、フローリアが驚きで目をぱちくりとさせた。
本来であれば、店の名前は大事にするものなのだ。
「いや、だって、そもそも屋台を作った理由は?」
「・・・・・・ああ、そうか。それを考えれば確かにそうだな」
考助の感覚では、それこそのれん分けというある世界から来ているので、認められれば同じ名前を付けることさえ抵抗がない。
もちろん、のれん分けと完全に同じにするのであれば、味が守れているのかという厳しい条件は必要なのかもとは考えてはいるが、似たような名前を付ける程度でそこまで厳しくすることはない。
さすがに、カレーとして認められないようなものを出されれば困ることになるが、そうでないのなら問題ないのである。
より多くの儲けを出すのであれば考えられないような対応だが、そもそも料理で儲けようと考えてないからこその考え方であった。
「まあ、一応名前を引き継ぐのであれば、無差別に許可を出すのではなく、一定のルールは作ったほうがいいかもしれないがな」
「それはそうだね。まあ、その辺はむしろフローリアが得意でしょう?」
味に限らず、付ける名前とかのこともあるので、どちらかといえば、契約内容の問題になる。
契約書自体は考助だって作れなくはないが、この世界のルールに強いわけではないので、やはりフローリアに頼るのが一番なのだ。
「得意か不得意かと言われれば得意だが、そこまで詳しいわけではないぞ?」
「それはそうだろうけれどね。むしろ、今回の場合は、そんなに細かい内容は必要ないと思うよ?」
考助だって、この世界の契約書くらいは見たことがある。
「そうか?」
「だって、下手に契約で縛るとそれこそ本来の目的が果たせなくなるでしょう?」
強かったり細かかったりする契約で縛ってしまえば、委縮してしまって自由な発想ができなくなる可能性だってある。
だからこそ、敢えて厳しく契約で縛るのではなく、緩めにしたほうがいいというのが考助の考えだった。
「ふむ。確かにそうかもしれないな。その辺のことも含めて、しっかりと考えてみようか」
考助の言葉に納得したフローリアは、何度か頷きながら考えごとをするように天井を仰きながらそう言うのであった。
フローリアは、他のメンバーと話し合いながら数日かけて契約内容を決めて行った。
ただし、契約といっても考助が知る穴をつかれないように事細かく決めているようなものではない。
にもかかわらず時間がかかったのは、初めての契約になるので慎重を期したためである。
こうして出来上がった契約をもとに、味に関してはすでに合格をもらっていたシゲンが、第一号の認定者となった。
ちなみに、店を出す場合は、狐を意味する「ソロ」を含めた名をつけることになっている。
ただし、勝手に「ソロ」の名を使う店が出てくることになるため、認められた名前の登録制度ができることになるのは、また後の話である。
これで「ニホン料理」普及活動に関する一連の話は終わりです。
ときどき状況報告とかはあるかもしれませんが、まとめて書くことはないでしょう。タブン。
次は要望のあった閑話になります。




