(6)人手
屋台『狐の気紛れ』は、初売りから一週間ほどで、噂が噂を呼んで店を開けば人が並ぶまでになっていた。
ちなみに、屋台を開いている場所は、神殿出入り口の脇になる。
最初のころこそ、神殿の傍で屋台なんて、という声も聞こえていたが、売り子のきちんと許可を取っているという説明に、いつの間にか無くなっていた。
今日もいつもの定位置に屋台を移動して、店を開く準備を始めるのと同時にどこからともなく人がやってきて屋台の前に並び始めている。
その様子を見ていたシルヴィアが、横に立つフローリアにこそこそと話しかけた。
「ねえ、フローリア。このままだとまずいのではありませんか?」
どう見ても需要と供給が合わずに、需要のほうがあふれかえっている。
このままだと、いつ暴れるお客が出てもおかしくはないように見える。
普段おとなしい人でも、食が絡むと豹変する人はどこにでもいるのだ。
屋台に関する噂が、フローリアたちの思惑を超える以上の速さで広がってしまったからこそ、起こる可能性がある。
「・・・・・・それはわかっているのだがな。少なくとも調理する人材を増やさないことには、これ以上出すのは不可能だぞ?」
困った表情を隠すこともなく、フローリアが答えた。
現状は、ミツキの指導の手も離れて、エリ一人で賄っている状態だが、誰がどう見ても人手が足りていない。
新しい人手を雇えばいいのだが、考助たちの素性を考えれば、気軽に雇えないのが現実である。
それに、いつまで続けるかわからない屋台のために奴隷を雇うのも忍びない。
いらなくなったから返品するとはいかないのだ。
しばらくその場で悩んでいたふたりだったが、やがてフローリアが決断したような顔になった。
「・・・・・・仕方ない。プロの意見を聞きに行こう」
「プロ? ・・・・・・ああ、確かに、それが一番ですわね」
一瞬誰のことかわからなかったシルヴィアだったが、すぐにその顔が思い浮かんで納得の表情になるのであった。
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第五層の街、その中央にある一際大きな建物は、街が発展するとともにその規模を変えて来たクラウン本部だ。
その建物には、各部門の担当窓口もあり、大きな賑わいを見せている。
フローリアとシルヴィアは、それらの窓口がある扉には向かわず、建物の裏側にある従業員入口へと歩みを進めた。
「通行証をお見せください」
裏口には、当然だが警備員が二名立っている。
フローリアとシルヴィアが近付いてくるのを見て、すぐにそう声をかけてきたが、ふたりが正式な通行証を持っているのを見て、すぐに頷いていてみせた。
「ご苦労様です。――お通りください」
警備員の許可を得たふたりは、ご苦労様ですと声をかけつつ出入り口を通った。
何度か警備に止められつつ、そのたびに許可証を見せながら奥へと進んでいったフローリアとシルヴィアは、とある扉の前で立ち止まった。
「さて、いるかな?」
「アポなしですからね。いなくても仕方ないと思いますよ?」
「それはまあそうだろうな。だが、下手にアポを取っても無理に時間を空けそうだしな」
フローリアの言葉に、シルヴィアは一瞬でその光景を思い浮かべて苦笑した。
「それもそうですわね」
少なくとも考助が相手だと間違いなくそうするだろう。
フローリアたちに関しては、今回の件を知っているので、時間を融通してくれるだろうとは考えている。
また、だからこそアポなしで直接会いに来たのだ。
フローリアがドアをノックすると、扉が開いて中から女性が姿を現した。
「はい。どちら様・・・・・・あら――」
フローリアとシルヴィアの姿に気付いたその女性は、ふたりの名前を口にしそうになって、次の瞬間右手を当てた。
普通に考えれば無作法に当たるのだが、自分たちの正体を知っているのであれば、こういう対応になっても仕方ないという思いはある。
フローリアは、申し訳なさそうにその女性に言った。
「すまないが、シュミットがいたら繋いでもらえないか? ちょっと相談事があってな」
「か、かしこまりました。とりあえずご案内しますので、どうぞ」
フローリアの言葉でなんとか驚きが通り抜けたのか、その女性は気まずそうに中に入るように扉を大きく開けるのであった。
先ほど対応した女性――シュミットの秘書――は、ふたりをちょっとした小部屋に案内してから、少々お待ちくださいと声をかけてさらに奥の部屋に向かった。
そこはシュミットの執務室になっていて、部屋の持ち主であるシュミットがいるのである。
ふたりが別の女性秘書が用意した飲み物を飲みながらしばらく待っていると、シュミットがいつも通りの笑顔でやってきた。
「どうもお待たせして申し訳ありません」
「いや。突然来たのはこっちだからな。むしろ、無理はしていないか?」
「大丈夫ですよ。今日はもう応対予定も入っていませんから」
「そうか。それはよかった」
正確には、書類整理はあるのだが、シュミットほどの地位に就くと突然の来客なんて珍しくはない。
今回のフローリアとシルヴィアほどの強引な手段ではないにせよ、どうしても突発的な事態は発生するものなのだ。
シュミットが忙しいのはわかり切っていることなので、フローリアは余計なことは挟まずに、すぐに本題に入った。
「――――というわけで、いい人材のあてはあるか?」
「なるほど。大繁盛は良いですが、悩ましい問題ですね」
今回の屋台では、大元に考助がいるとばれてしまっては意味がない。
『現人神が広めた料理』と認識されてしまうと、その後の発展が無くなってしまう可能性があるためだ。
そのため、できる限り考助の存在は排除したいのである。
同じような理由で、有名になりすぎているフローリアやシルヴィアも、できるだけ表には出たくない。
出来るだけ口の堅い信用のできる人材は、普段管理層に引き籠っているフローリアたちには出会うチャンスすらなかった。
少しの間首をひねって考えていたシュミットだったが、ふとなにかを思いついたように手をポンと打った。
「ああ、そうです。ヴァンパイアとかイグリッドを使ってみてはどうでしょうか?」
思わぬことを言われたフローリアとシルヴィアは、思わず同時に顔を見合わせた。
「それは・・・・・・考えていなかったな」
「灯台下暗し、でしょうか」
お互いに苦笑しあいながらそんなことを言っていると、シュミットが申し訳なさそうな表情になった。
「駄目、でしょうか。思い付きで言っただけなので、駄目ならこちらでも探してみますが・・・・・・」
「いや。そうではない。いい案なのだが、こっちは考えもしていなかったからな。驚いただけだ」
「そうでしたか」
フローリアの説明に、シュミットはホッとした表情になった。
「・・・・・・ふむ。確かにそれは面白い案だな。打診してみよう。礼を言う」
「いえいえ。この程度でよければ、いつでも力になりますよ」
さっそくとばかりに立ち上がったフローリアに、シュミットは笑顔になりながらそう答えるのであった。
管理層に戻ったフローリアは、早速考助とシュレインにシュミットから聞いた話をした。
「なるほどの。それは考えてもいなかったの。・・・・・・吾から話をしてみよう」
「そうか。手間をかけてすまないな」
「いや、大したことではない。それに、中々面白そうな話だからの」
軽く頭を下げたフローリアに、シュレインは右手を左右に振ってこたえた。
結局、シュレインが里の人間に話を出した翌日には、希望者が殺到することになるのだが、このときはまだ誰もそれを予想していないのであった。
当初予定になかったヴァンパイアとイグリッドが売り子&料理人として登場です。
この先屋台はどうなっていくのでしょうか!w




