8話 挑発
フローリアは、自身に与えられた部屋のベットの上で落ち込んでいた。
先ほどまで、アレクに叱られていたのだ。
勿論考助に対する態度の事で、である。
もし他の者がその場面を見ていたとしたらこれが説教?、と首を傾げただろうが、アレクとフローリアにとっては間違いなく説教であった。
現にフローリアは、こうしてベットの上で反省をしている。
「・・・・・・あー、もう。何をやっているかな、私は」
フローリアがこうして反省しているのは、考助を軟弱者と思っていることではない。
それを不用意に、言葉にして発言してしまったことだ。
それがきっかけで、コウヒという虎の尾を踏んでしまった。
思ったことをすぐ言葉にできるのは、フローリアの美点であるが、欠点でもある。
先程のこともそれが発端で、下手をすれば命に関わるような事態になったかもしれない。
アレクからも説教ついでに、そう指摘された。
フローリア自身もその性格のことは理解しているのだが、なかなか治すことが出来ないでいた。
そもそも加護持ちと言う立場を抜きにしても、生まれてから今まで、フロレス王国の王族として過ごしていた。
先程のコウヒの様に、直接的にぶつかってくる者はいなかったのだ。
「・・・・・・それにしても・・・」
ふと先ほどのコウヒの動きを思い出して、フローリアはブルリと体を震わせた。
正確には思い出せたのは、剣を抜く前の姿と自分に剣を突き付けた時の姿だ。
いつの間にか動いていて、目の前に剣を突き付けられていた。
いつ剣を抜いたのか、どうやって剣を突き付けたのか、全く見ることが出来なかった。
剣の腕には、それなりに自信があったフローリアだったが、全く手も足も出ないというのは、剣を突き付けられたあの瞬間に分かった。
ついで浮かんできた感情は、憧れや羨望といったものだった。
反射的に、あのような言葉を発してしまったが、心の中ではあの一瞬で魅せられていた。
自分の剣が目指す先は、あそこにあると。
気付けばフローリアの頭を占めているのは、コウヒのあの美しい姿であり、先ほどまでの反省はどこかへ飛んで行ってしまったのであった。
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翌日。
フローリアを訪ねてきた者がいた。
それは、ミツキであった。
昨日の話をコウヒから聞いて、少し思う所がありわざわざ考助に断って会いに来たのだ。
ミツキを初めて見たフローリアは、思わず目を見張った。
コウヒを見た時もそうだったのだが、これ以上ないというほどの美しさに目を奪われた。
まさか、コウヒに並び立てるほどの美貌を持つものがいるとは思わなかった。
若干動揺した心を落ち着けて、フローリアはミツキを見据えて言った。
「私に用があるということだが?」
「ええ。少し神殿まで来てほしいのよ」
「・・・・・・え?」
何のために、と思ったフローリアだ。
現在の神殿は、クラウンの本部としての他に、行政機関の役割も兼ねている。
当然、フローリアの父であるアレクも現在は、神殿で仕事に取り掛かっているだろう。
だがわざわざ自分が神殿に行く理由が、思い当たらなかった。
首を傾げたフローリアに、ミツキはクスリと笑って言い放った。
「ちょっとね。手合わせをしてほしいと思ってね。でも目立つ場所でやって、あなたが弱いと勘違いされるのも良くないでしょう? だから人気の少ない場所を選べる神殿に来てほしいのよ」
そのミツキの分かり易い挑発に、フローリアは剣呑な表情になった。
「・・・・・・ほう。私が弱いと思われるほど、やられると?」
「コウヒの動きに全く反応できなかったのに、反論できるとでも?」
ミツキのその言葉に、激昂しかけていたフローリアの頭が、冷静になった。
「・・・・・・なんだと?」
「あら。コウヒとの実力の差を理解できるだけの頭はあったのね」
ここに考助がいれば、普段のミツキとの差に戸惑いを覚えただろう。
ミツキは明らかに、わざとフローリアを挑発しているのだが、残念ながらそれを指摘する者はこの場には居なかった。
「・・・・・・いいだろう。お前の挑発に乗ってやる」
ミツキをにらみつけたフローリアだったが、当の本人はどこ吹く風でそれを受け流している。
「そう。じゃあ、行きましょう」
ミツキはそう言って、フローリアを連れて神殿へと向かったのであった。
神殿の地下には、一般の者達には知られていない部屋がある。
もともと冒険者たちが、訓練をしたりするために追加でいくつか作ったのだが、その部屋の一部は一般開放していない。
地下にある部屋のすべては、強力な魔法でも耐えられるような作りになっているのだが、一般開放していないその部屋はそれ以上に頑丈になっている。
その部屋の目的は、コウヒやミツキがある程度の力を解放しても大丈夫なように、という名目で作られた。
ちなみに、当然ながら|(?)二人の能力を全解放して耐えられるほどの強度は持っていない。
コウヒもミツキもほとんど考助のそばを離れることは無いので、その部屋が使われることはなかった。
ようやくその部屋が、日の目を見ることになった。
まあ、どちらかと言うと、他人の目を避けるため、という理由の方が大きいのだが。
その部屋に、今はミツキとフローリア、アレクとシルヴィアがいた。
シルヴィアは、審判と言う名目で相対している二人の間にいる。
アレクは、ミツキがフローリアを連れてくる間に、シルヴィアが呼んだのだ。
「それでは、始めますわ」
シルヴィアがそう言って、部屋の片隅にある装置を起動した。
するとミツキとフローリアを取り囲むように、結界が起動した。
これでシルヴィアが許可するまでは、結界の中にはミツキとフローリアの二人以外が干渉することは出来なくなった。
ちなみに、結界を張る技術もその装置も、さほど珍しいものではない。
お金さえ出せば、ある程度の物は作ることが出来る。
とはいっても今張られているような規模の物、となると極端に少なくなるのである。
「これで、少なくとも貴方であれば、全力を出しても周囲に影響を与えることはありませんわ。存分に力を出しなさい」
シルヴィアはそう言って、フローリアの方を見る。
そして、続けてミツキの方を見て、
「ミツキはお願いですからきちんと力を抑えてください。くれぐれもこの上にある神殿を吹き飛ばさないように、お願いしますわ」
「わかっているわよ」
シルヴィアの念の押し様に、ミツキは笑いを堪えるように答えた。
「ところで治癒に関しては、期待してもいいのね?」
「出来ることと出来ないことがありますわ」
「それは分かってるわよ」
「それなら大丈夫ですわ」
ミツキとシルヴィアの会話に、フローリアとアレクは疑問が浮かぶが、残念ながら質問することは許されなかった。
シルヴィアが開始の号令をかけたのである。
「それでは、始めてください!」
戦闘シーンは、次回に引っ張ります。すいません。
2014/5/24 誤字修正




