(7)儀式の影響とおまけ
管理層に戻って一日休んだ考助は、その次の日にはアスラの屋敷に顔を出しに行った。
管理層に戻ってきてすぐに、エリスから神具を通して顔を見せるように交神があったのだ。
「いらっしゃい」
神域に着くなり顔を出した考助に、アスラは笑顔を見せてそう言った。
「なにか急ぎの用事でもあった?」
珍しくエリスを通して交神をしてきたアスラに、考助はすぐにそう聞いた。
交神のときには、いつ来いという指定はなかったのだが、儀式を行った直後だっただけに早めに対応したほうがいいと考えて急いできていた。
考助が若干慌て気味なのは、そのためである。
そんな考助に対して、アスラは小さく首を傾げてから答えた。
「うーん。私にとってはなにかっていうほどじゃないのだけれど、考助はすぐに聞きたがると思って呼んだのよ」
なんとも不穏なその言い方に、考助は思わず顔をひきつらせた。
アスラの言う通り、彼女が大したことはないと考えていても、考助が驚いたことはいくらでもある。
しかも儀式を行った直後だけに、考助の中でいやな予感が膨れ上がっていた。
「・・・・・・えーと。何があったのでせう?」
「なによ、その口調。・・・・・・まあ、いいわ」
一瞬だけ呆れたような視線を向けたアスラだったが、すぐにため息をついてからさらに続けた。
「考助が儀式を行っている最中に、精霊に関して気にしていたでしょう?」
「・・・・・・ああ、うん。あれね」
子供たちが見つけて、コレットがいろいろと調査をしていた思い出しながら、考助は相槌を打った。
「こっちで調べた限りでは、悪い影響はないという判断だったんだけれど、なにかまずいことでも?」
「いいえ。なにか悪影響があるというわけではないわよ」
首を左右に振りながら答えたアスラに、考助は疑問の表情を浮かべた。
「それじゃあ?」
「考助がやった儀式によって、精霊たちがいままでより活性化したことは間違いないわ」
コレットが予想していた通りのアスラの言葉に、考助は頷いた。
そこまでであれば、考助もすでにわかっていたことなので特に気にすることはなかったのだが、問題はアスラがさらに続けてきた言葉だ。
「セントラル大陸一帯を考助が神域化することで、あのあたり一帯は考助の神威で満たされることになったわ」
考助の神威で満たされたということは、その範囲内に住まう生物がその神力の影響を受けたということになる。
勿論、いくら相手が現人神だからといって、全ての生物が平等に同じだけの力を受けるわけではない。
元々大きな力を持っている生物――この場合はヒューマンを始めとした人や亜人、それから魔物などは、さほど考助の神威の影響を受けたわけではない。
だが、そうした魔法的(この場合は神力、聖力、魔力全てを含む)な影響を受けやすい精霊は、今回の儀式で大きな影響を受けていた。
「具体的には、精霊としての力が上がるだけではなく、もともとの力に考助の力が合わさった感じね」
「力が合わさる・・・・・・というと?」
精霊の力が、自分の神威と混ざって増えていることはイメージでわかったが、それがどう問題になるのかがわからない。
相変わらず首を傾げている考助に、アスラがフフと笑って、
「簡単にいえば、ほとんどスピカの力で構成されていた精霊が、考助の力も混ざってより強くなったということね」
「へー。・・・・・・ん? あれ? それって?」
なぜだか考助は、アスラの言葉を聞いて、脳裏に陰陽を表す太極図を思い浮かべてしまった。
白と黒の魂の形が合わさっているような例のあれだ。
スピカの力と混ざっている様子を思い浮かべてしまった考助は、慌てた表情を浮かべた。
「いやいや、それって大丈夫じゃないのでは?」
「なぜ?」
「いや、なぜって・・・・・・」
きょとんとした顔で問われた考助は、具体的な説明ができずに言葉に詰まってしまった。
それを見たアスラは、ちょっとだけ噴き出したあとに、さらに説明を続けた。
「なにを想像したのかはわからないけれど、精霊を構成する力が混ざったからといって、なにか大きな問題ができるわけではないわよ」
「そうなの?」
「そうよ。逆に、スピカの力が減っていたのなら問題が出たかもしれないわ。でもそうではなく、考助の力の分が増えただけだもの。要するに、世界を構成する力が増えただけなのだから、歓迎することはあっても排除する理由はないわ」
考助の儀式が、世界全体の力を落とすようなものであれば、とっくにアスラは止めていただろう。
だが、そんなことはないとわかっていたので止めることはしなかった。
その上で、精霊の力が増えたことは、アスラにとっても予想以上の良い出来事だったのである。
アスラの言葉にホッとした表情を浮かべる考助に、アスラはもう一度クスリと笑って続けた。
「ただ、いま言ったように、考助の現人神としての力が増えているから、影響力はいままで以上に大きくなるでしょうね」
「あ~・・・・・・うん。それはまあ、儀式をすると決めたときから、なんとなく想像できていたよ。・・・・・・ただ、具体的に、そこまでの影響が出るとは思っていなかっただけで」
「そうよねえ。あれは私も予想外だったわ。いえ、予想はできたのだけれど、無意識のうちに考えることを放棄していた、という方が正しいかしら」
アスラのその言い回しに、考助も納得した様子で頷いた。
「それはあるかも」
「まあ、具体的にどんな影響が出てくるのは、詳細がわかるのはもう少ししてかしらね。考助の神威がもっと馴染んでからじゃないと、表に出てこないものもあるでしょうし」
「そうなんだ?」
先ほどから同じようなことを繰り返している気がする考助だが、こればかりは仕方ない。
変に曖昧に返事をするよりも、いまのうちにきっちりと聞いておいた方がいい。
「そうよ。それに、これもあくまでも予想だけれど、精霊ほど顕著に変化することはないと思うわ」
「そうか。それはよかった」
考助としても自ら行った儀式で、世界に大きな変化をもたらすつもりはない。
精霊が起こした変化だけでも、十分にお腹いっぱいなのだ。
考助の儀式についての話を一通り終えたアスラは、「ところで」と前置きをしてから考助へと視線を向けた。
「貴方の子供のひとりだけれど、また面白い力の発現の仕方をしているわね」
敢えて名前を言わなかったアスラだったが、考助はすぐに誰だか思い至りその名前を口にした。
「ミクのこと?」
「ええ。技術自体はまだまだなのに、もう複数の女神から注目されているわよ?」
一点突破型は強いわね、と続けたアスラに、考助は少しだけ考えるように首をかしげたが、すぐになにと比べているのかピンと来た顔になった。
「もしかして、ココロよりも多い?」
「あの年齢からすれば、だけれどね。ココロの場合は、広く万遍なくだから色々と制約があって時間がかかるけれど、ミクの場合は芸術系だけだからね。範囲が狭い分、縁も結びやすいのよ」
「へー。そんなものなのか」
「そんなものよ。もっとも、どっちも一般的な基準からすれば、突き抜けているのだけれどね」
苦笑しながらのアスラの言葉に、考助は肩をすくめた。
「それはもう今更だからいいよ。それよりも、変なちょっかいはかけていないよね?」
「それは勿論。それこそ、エリスたちが頑張って抑えているわ。具体的にどうこうするには、まだまだですからね」
腕も心も伴っていないと続けたアスラに、考助はホッとしたような顔になった。
「ただ、加護を与えるくらいは許してほしいわね」
「条件さえ整っていれば、それは問題ないよ。というよりも、親の権限で抑えるつもりはないよ。それは、これまでと同じ」
「そう。それだったらなにも問題ないわ」
本来であれば考助の同意を得る必要のないことまで同意を得ているのだが、考助とアスラは、それには気付かないふりをして笑いあった。
子供の成長が楽しみなのは、なにも考助やピーチだけではないということが、今回の訪問で改めて分かったのであった。
ミクに関してはおまけ扱いになってしまいましたが、どちらかといえば、考助もアスラもそっちの方が興味が強かったりしますw
儀式の影響は、世界に変な(マイナスの)影響さえ与えなければいいのです。




