(6)神域の今後
「よし。戻ってきたー。お疲れ様!」
考助は、転移門を使って管理層に戻って来るなりこれまでずっと一緒に旅をしてきた面々に向かってそう言った。
「ようやく戻ってきたの」
「しばらくぶりの長旅でしたね」
「いまはまだ達成感のほうが強いから疲れたという感じはないがな」
シュレイン、シルヴィア、フローリアが順番にそう答えて来た。
勿論、コウヒとミツキもいるが、ふたりはいつものように黙ったまま考助たちを見ている。
そんな彼らを管理層で出迎えたのは、前もって戻ると連絡を受けていたミアだ。
「お帰りなさい」
「おー。ただいま。ミクの様子はどうだった?」
ミアは相変わらずミクのストリープの教師役をやっているので、今日も見に行くと連絡を受けていた。
「特に前と変わっていないですね。相変わらず熱中しています。あののめりこみ方は、魔道具を作っている父上を思い出します」
「ハハハハ。まあ、なにかに熱中できるということはいいことじゃない?」
笑ってごまかした考助に、ミアはため息を返してきた。
そんなミアに、今度はフローリアがからかうように言ってきた。
「そなたも人のことは言えないだろう? 管理層に籠っていろいろやっている姿は、コウスケと瓜二つだぞ?」
実の母親からの指摘に、ミアは「ウッ」と呻いてからピンと右手の人差し指を天井に向けて立てた。
「そこはほら。なにかに熱中できるということは、素晴らしいということです」
誰かさんの台詞をそのままそっくり引用したミアに、他のメンバーは声を上げて笑った。
いつもやっているようなやり取りを終えた考助たちは、荷物を片付けたあとにくつろぎスペースへ集合した。
さすがに今日はもうなにもする気が起きないので、皆でゆっくりと休むつもりなのだ。
各々がそれぞれの部屋で荷物を片付けたあとに、全員が部屋に集まったところで、ミアが考助に問いかけて来た。
「ずいぶんと派手なことになったみたいだけれど、大丈夫なのですか?」
ミアは塔の中にいたので、直接神々の降臨を見たわけではない。
ただ、サキュバスの里で話は洩れ聞いていたのと、たったいまフローリアから笑いながら教えてもらっていた。
中途半端な状態で情報を入手しているからこそ不安になったといってもいいだろう。
「まあ、神々の降臨が派手じゃないというつもりはないけれど、むしろ神域化したことをきちんと知らせてくれたという意味では、ありがたいかな?」
考助にしてみれば、セントラル大陸を自身が神域化したことについて、変な噂が独り歩きするよりはよほどましだと考えている。
考助は、神域化をしたことについて、なにか具体的に人々の生活に関わるような働きかけをするつもりはない。
そもそもの出発点は、塔の持つ攻撃力と防御力をミアに渡して、神としての影響力を差別化しようとしたのだ。
そういう意味では、神々が直接出張ってくれたことは、プラスになるにせよマイナスになることはない。
考助の考えを聞いたミアは、難しい顔になって小さく首を傾げた。
「言っていることはわかりますが、そうそう上手くいきますか?」
結局のところ相手(主に国)があることなので、そんなに都合よく神域と塔の機能の分離を認めるかという言葉に、考助は小さく笑った。
そして、考助がその疑問に答えるより先に、シルヴィアが答えた。
「この場合は、上手くいかないと駄目なのですよ」
「え? どういうことですか?」
「ミアは、実の父親が現人神ということで、神と距離が近いので理解しづらいのでしょうが、普通は神々というのは畏敬の念の対象になります」
アースガルドの世界に住まう者たちにとっては、ごく当たり前のことを言い出したシルヴィアに、ミアは目をぱちくりとさせた。
そんなミアに、フローリアが笑いながらちょっとした答えを話した。
「今回コウスケが神域に指定したのは、塔の守備・攻撃範囲よりも内側なのだよ」
「え、それって・・・・・・。あ、ああ! そういうことですか」
ちょっとしたヒントですぐに考助の狙いを導き出したミアは、さすがといったところだろう。
「例えば他国がセントラル大陸にちょっかいを出してきたとして、ミアが塔の機能を使って攻撃したとしても、そこは僕の神域の範囲外だから無関係ですと言えるというわけ」
「それって・・・・・・ほとんど詐欺ですよね」
なんとも呆れたような顔になって言ったミアに、フローリアが鼻で笑い飛ばした。
「なにを言っておる。国同士のやり取りでこんなことは日常茶飯事だ。というよりも、この程度で済むのは、アマミヤの塔の機能があるからだぞ?」
「ごもっともですねー」
曲がりなりにも王女として生まれて教育されたミアだからこそ、フローリアの言い分にも納得できる。
「それに、神域の範囲についてはちゃんとトワに伝えておいたからね。どうやって他国に伝えていくのか、その辺のこともしっかりと考えてくれるはずだよ」
考助としては、神域と塔の防衛範囲のふたつをわざと表に晒すことで、他国が突撃を躊躇することを期待している。
もっとも、今回の件をどう扱うかは、完全にトワ、ひいてはラゼクアマミヤにお任せとしている。
「他人事ですねー」
「そうだね。というか、そうしないと、今度こそ突っ込まれるしね」
ミアの若干あきれたような言葉に、考助は完全に同意した。
ここで考助が口出しをしてしまうと、現人神はラゼクアマミヤには関与しませんよいう意味で作った神域が、意味を失ってしまう。
それだけは、考助としても避けたいのだ。
そこまでして考助が政治に口出しをしないようにしているのは、人の寿命を超えて統治が可能になる神が直接人を支配するのは駄目だという考えがあるためだ。
だからこそ、これまで考助は一貫してそういう態度を貫いてきたし、ミアもそのことは十分に理解している。
考助の言葉に納得の顔で頷いたミアに、今度はフローリアが呆れたような顔になって言ってきた。
「他人事のように言っているが、今回の件は、むしろミアの方が巻き込まれる可能性が高いんじゃないか?」
「えっ!?」
思ってもみなかった言葉に驚くミアに、フローリアはやっぱりかとため息をついた。
「国がどう公表するかにもよるが、アマミヤの塔の力に関しては、ミアに任せることになるわけだからな。直接狙ってくる者が増えると思うぞ?」
「あっ!?」
以前から塔の権限の一部はミアに渡してある。
そのことをついて、ラゼクアマミヤから見て中の人も外の人も、ミアから情報を得ようと接触を図ってくるだろう。
ようやくそのことに思い至った様子のミアに、フローリアは再びため息をついた。
「どうでもいいが、ミアは塔にこもりすぎていろいろと危機感をなくしていないか?」
以前のミアであれば、この程度のことはすぐに思い至っていたはずだ。
それが、いまのミアを見ている限りでは、どうにもその危機感をなくしてしまったように見える。
さすがにこれは言い訳できないと考えたミアは、しょんぼりと項垂れた。
そんなミアの頭に、考助がポンと右手を乗せた。
「まあ、大事になる前に気付けたんだから良かったんじゃないかな? なにかにのめり込むことは悪いことじゃないけれど、だからといって他をおろそかにしていいというわけじゃないからね」
「・・・・・・・・・・・・ハイ」
考助のフォローに、ミアはそう言いながら小さく頷いた。
それを見て、これまで黙っていたシュレインがいたずら小僧のような笑みを浮かべて混ざってきた。
「うむ。さすがにコウスケがいうと、説得力があるの」
「うわっ!? ここでそう落とすか!」
これまでのことを引き合いに出してきたシュレインに、考助がわざとらしく大げさな反応を返した。
勿論、その場にいた他の者たちもシュレインと考助の狙いはわかっていたが、その場は大きな笑い声に包まれるのであった。
ようやく管理層に戻ってきた考助たちでした。
次はアスラの神域に行って報告、でしょうか?




