(4)森の異変
西の街での騒ぎを起こした考助たちは、翌日には旅立っていた。
トワには連絡をしてあるので、あとはしっかりと処理をしてくれるだろう。
表向きにはなかったことになっているが、デュドネもフローリアからトワに話が伝わるのを止められるとは考えていないようだった。
というよりも、そもそも騒ぎがあったことをなかったことにするには、国のトップが知っていたほうがいいことも多い。
親子という関係がある以上、変に黙っていない方がデュドネにとってもメリットはある。
さすがに騒ぎが起こった翌日に急ぐように旅立つと知ったデュドネは、訝し気な表情になっていたが、本当のことをいえるはずもなく適当にごまかしておいた。
勿論、それでデュドネが完全に納得したわけではないが、不完全な状態で飲み込むことを知っているために、それ以上何かを聞いてくることはなかった。
そんな流れで、考助たちは西の街をあとにしたのである。
対応をトワに任せた考助たちは、大陸北西のケネルセンを目指してひた走っていた。
子供たちもすっかり旅慣れたようで、旅による疲れはほとんど見受けられない。
勿論、家にいるときとは環境が違うのでまったく同じというわけにはではないが、普通に家でくつろいでいるときと同じような状態になっていた。
だからこそ、考助たちはずっと旅に同行することを許可したのである。
もっとも、ミクに関しては、家にいても自走式馬車の中にいても、ほとんどやることは変わらなかっただろう。
暇さえあればストリープを弾いているミクだが、サキュバスとしての訓練時間は、しっかりとピーチに確保されているのだから。
訓練をきちんとしなければストリープを取り上げると言われれば、ミクとしてもサボるわけにはいかないのだ。
その一方で、セイヤとシアはコレットから精霊術についての訓練を受けている。
ただし、訓練とはいっても、精霊との接し方や会話の仕方などを教わっているので、ふたりにとってはどちらかといえば言葉の通じない友達と会話をするための言語を教わっているような感じだろう。
どちらも楽しそうにコレットから話を聞いたり、実践したりしている。
付け加えれば、ストリープを弾きまくっているミクと同じように、自分たちもなにかできることがあることがわかって、心のつかえが取れたようにもなっていた。
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子供たちと旅をするのが日常の一部となりつつあった、ある日のこと。
シュレイン、シルヴィアと一緒に薪を拾いに行っていたセイヤとシアが、慌てた様子で考助とコレットの傍に近寄ってきた。
「とうさま、森がおかしいー」
「かあさま、精霊さんのいろがへんなのー」
そう言ってきたふたりを見た考助は、コレットと顔を見合わせた。
そして、すぐにシュレインとシルヴィアに視線を向ける。
だが、考助に視線を向けられたふたりは、首を左右に振った。
「吾には特におかしなところは感じなかったの」
「私もです」
「でも、変だったもん!」
考助は、シュレインとシルヴィアの言葉に慌てたように付け足してきたセイヤの頭を撫でてあげた。
「別に疑っているわけじゃないから、少し落ち着こうか。・・・・・・コレット?」
「うーん・・・・・・」
考助から視線を向けられたコレットは、子供たちの言葉をしばらく考えてから首を左右に振った。
「駄目ね。情報が足りな過ぎて、判断できないわね。これから現場に行ってみるわ」
森の奥といっても、子供たちが薪拾いできるほどの距離だ。
さほど遠くはないだろうと考えて、コレットはそう提案して、同じことを考えた考助はそれに同意した。
コレットは子供たちとともに、様子がおかしいという場所に向かった。
一応、迷ったりしないようにシュレインもついてきているが、そこは子供といえどスピリットエルフの血を引いたふたりだ。
少しの迷いも見せずに、ずんずんと森の奥に進んでいく。
「・・・・・・こんなに奥に進んだの?」
既に、薪を拾う程度でそこまで進む必要はないところまで来ているのに、子供たちは歩みを止めるどころか、さらに進んでいる。
少しばかり非難するような視線を向けて来たコレットに、シュレインは肩をすくめた。
「仕方あるまい。子供といえど、其方の血を引いておるのじゃぞ? 本気で森の中を走られたら、捕まえるのは中々骨が折れる。それに、危ない気配は感じなかったからの」
少しでもモンスターの気配を感じれば、どんな手段を使ってでも子供たちを止めただろうが、そんな気配は感じなかった。
暴走した子供たちを止める手段はいくらでもあるが、いささか乱暴になるので、できれば使いたくないというシュレインとシルヴィアの意見が一致した結果、かなり奥まで進むことになったのだ。
「・・・・・・そう。これは、戻ったらお説教ね」
シュレインたちのせいというよりも、子供たちの暴走のせいと知ったコレットは、小さく笑みを浮かべた。
「ほどほどにの」
口元は笑っていても目は笑っていないコレットを見て、シュレインは走りながら肩をすくめるという器用な真似をして見せてそう答えた。
子供たちが歩みを止めたのは、コレットがお説教の決意をしてから二、三分ほど過ぎてからだった。
「かあさま、ここですー」
「いまもへん!」
子供たちが周囲をきょろきょろと見回しながらそう言うのを見たコレットは、自身も辺りを見回した。
さらりと見た感じでは、コレットにもおかしなところは感じなかった。
だが、子供たちにふざけている様子はない。
コレットは意識を高めて、精霊をより深く確認できるように集中した。
こうすれば、世界樹の巫女として訓練を受けているコレットにも、他のエルフたちでさえ見ることができないものまで見ることができるようになる。
それでも、子供たちの持つ能力には敵わないのだが。
ようやく周囲の状況を深く把握できるようになったコレットは、その光景を見て内心で息を呑んだ。
「・・・・・・これは、確かにおかしいわね」
不用意に言葉を外に漏らしてしまったコレットに、子供たちが反応した。
「やっぱりへんだよねー」
「精霊さん、さわいでいるよー」
しまったと思ったときには遅かった。
コレットは、慌てて子供たちにフォローを入れることにした。
「少し落ち着きなさい。このくらいであれば、よくあることなのよ。本当になにか起こっているかどうかは、もっときちんと調べないとわからないわ」
「そうなのー?」
「のー?」
揃って首を傾げる双子に、コレットは頷いた。
「そうなのよ。だからいったんとうさまのところに戻りましょうね」
コレットはそう言ってからシュレインへと視線を向けた。
本格的に森の様子を調べるならば、もっと時間をかけないとわからないため、一度考助に報告したほうがいいと判断したのだ。
そのコレットの意図を察したシュレインは、なにも言わずに黙って頷いた。
キャンプ地に戻ったコレットは、子供たちのいないところで考助に報告をした。
「うーん、なるほど。だったら、はっきりさせるまでに、どれくらい時間がかかる?」
儀式の最中である考助としては、できるだけ長時間同じ場所にはいたくはない。
二、三日なら構わないが、それ以上となると確実に儀式に支障が出てくる。
「それこそ調べてみないとわからないわ。せめて半日は時間が欲しいわね」
「なんだ。その程度でいいの?」
もっと時間がかかると考えた考助は、拍子抜けした顔でそう言った。
「勿論、場合によってはもっとかかることもあるわよ。半日は必要最低限、といったところね。それに、せっかくの機会だから、子供たちにもいろいろ教えられるし」
そのコレットの言葉を聞いた考助は、即決した。
「そういうことなら、とりあえず今夜はここに泊まって行こうか」
「・・・・・・いいの?」
「一晩くらいなら構わないよ。子供たちのためにもなるし」
考助が笑ってそう答えると、コレットも同じように考助へと笑みを返すのであった。
森の異変に気付いた子供たち。
気合を入れてそれを確認したコレット。
危険があるのかどうかは、まだわかりません。
ちなみに、気合を入れて精霊を見ることに集中したコレットですが、普通のエルフはそんなことできませんw
長年エセナとともに修行してきた成果ですね。
 




