(3)それぞれの思惑
考助たちは、使節団一行が借りている宿の一室に案内された。
そこで改めてデュドネが、考助たちに向かって頭を下げる。
「改めてご迷惑をお掛けしたことを謝罪いたします」
その様子を見て、先ほどまで考助たちに絡んでいた男は、慌てた様子になって言った。
「デュ、デュドネ様! なぜ、たかが冒険者たちに、そのような・・・・・・」
「黙らないか!」
言葉を最後まで言わせずに、デュドネは男を叱責した。
そのデュドネの視線は、はっきりとフローリアへと向けている。
部屋にはいる前からデュドネの視線に気付いていたフローリアは、ようやく思い出したという顔になって、手をポンと打った。
「・・・・・・ああ、そうか。確か、私の退位の式典のときに、王太子の世話役として来ていたか?」
そのフローリアの言葉に、デュドネは驚いたような表情になった。
「覚えていらっしゃいましたか」
「当然だ。と、言いたいところだが、さすがに顔までは覚えていなかったな。どの同行者が付いていたか覚えているくらいだ」
あっさりとそう返してきたフローリアに、デュドネは苦笑を浮かべる。
「いや、それがさすがだと思うのですが・・・・・・」
国王(女王)の退位の式典ともなれば、世界各国から多くの来賓が訪ねてくる。
普通は、それぞれの国の王や王太子程度までは覚えていても、世話役までは覚えているようなものではないのだ。
「なに。大したことではないさ。それよりも、よく私だと気付いたな?」
いまのフローリアは、旅モードになっていて印象が変わるように細工がされている。
変装というほどではないのだが、よほど親しくないと気付かないようになっているのだ。
そのフローリアに、デュドネが真顔で頷く。
「実のところ、はじめは気付きませんでした。ですが、報告で聞いた内容と馬車に掛けられていた紋章を見て、はっきりと確信できました」
「ああ、なるほどな」
そう言いながらフローリアは頷いた。
王太子付きの世話役だったことを考えれば、それなりに間近で自分を見たことがあることはわかる。
それと、王家の紋章のことを気付ければ、いくら印象を変えているといっても気付くことができるだろうと納得できたのだ。
先ほどまでとは打って変わって、内心で思うことはあっても穏やかに会話を続けるふたりを見ながら、男は唖然とした表情で自分の隣に立つ上役にこそこそと問いかける。
「・・・・・・あの。デュドネ様は、あの女とお知り合いなのですか?」
未だに「あの女」呼ばわりを続ける男に、上役はぎろっと睨み付けた。
「静かにせんか! 馬鹿者が!」
静かに怒鳴りつけるという器用な真似を見せた上役は、そう言ったきり男から視線を外して、再びフローリアたちに注目する。
その顔を見てもはや自分のことなど上役の視界に入っていないと理解した男は、戦々恐々とした顔で、フローリアたちを見た。
デュドネの様子を見れば、明らかにフローリアのことを格上扱いしていることがわかる。
そもそもデュドネは、とある王国の公爵家の嫡男だ。
いまデュドネが見せているような態度を取る必要がある相手は、そう多くはないはずなのだ。
逆にいえば、デュドネの態度は、フローリアがそれだけの身分を有しているということになる。
男は、先ほどまでの自分の態度を思い出して、内心で冷や汗を流しているのだ。
そんな男の内心を余所に、フローリアとデュドネの会話は続いている。
「まあ、そんなことはともかくとして、今回の件はどうする?」
フローリアがそう問いかけると、デュドネは表情を引き締めた。
ここから先の会話が、デュドネにとっても重要だと理解しているのだ。
そもそもデュドネが今回の話を聞いたのは、第五層にある高級宿で休んでいるときだった。
男が冒険者を相手に騒ぎを起こしていると、ラゼクアマミヤの討伐軍から聞いたのだ。
それだけで報告が済めば、デュドネも自ら西の街に来るような真似はしなかっただろう。
せいぜいが、直近の部下の誰かを使いにやったくらいだ。
ところが、その騒ぎを起こした相手が、王家の紋章を持っていると聞いた瞬間に、内心で思いっきり悪態をつくはめになった。
王家の紋章を持つということは、たとえ相手が冒険者だろうと直接王族に目通り出来る資格を持っているということになる。
たとえ自分が直接起こした騒ぎでないにしろ、補佐役として連れて来た者たちが、ラゼクアマミヤ国内で騒ぎを起こしたとなれば、今後の交渉にさえ影響を与えかねない。
そう判断したデュドネは、すぐに騒ぎが起こっている西の街に向かった。
その道中で、騒ぎの経緯を聞きながら現場へと急行した。
そして、そこで騒ぎを起こしている相手の中に、フローリアがいることに気付いて、血の気が引く思いをしたというわけだった。
王家に間接的に話が伝わるどころか、王家の人間そのものを相手にすることになったデュドネだが、少なくともここで使節団の活動に影響を与えるような結果にするわけにはいかない。
そう考えたデュドネは、まずは一番の障害を排除することにした。
「まず、今回の騒ぎを起こした者たちは、すぐに本国へと帰らせます。処罰に関しては、私がすぐに決めるわけにはいかないので、のちほど連絡が行くことになると思います」
「・・・・・・ふむ。それで?」
デュドネの提案を聞いたフローリアは、特に表情を変えず続きを促してきた。
そのフローリアの態度を見て、処分が足りないだろうかと一瞬考えたデュドネだったが、内心で首を左右に振った。
どんな場合でも、国家同士の交渉では、一方的に片方が非を被ることはない。
それは、一方がどんなにあくどいことをやっていても、である。
互いに相手に要求するものがあるからこそ、交渉というものが成り立つのだ。
フローリアが自分の要求が何かを聞いていると察したデュドネは、きっぱりと自らの要求を突きつけることにした。
こういった場合は、弱腰で提案しても受け入れられる物もはじかれてしまうことが多いのだ。
どうせ要求するなら堂々としておいた方がいい。
「こちらの要求としては、今回の件を少なくとも表向きには、なかったことにしてほしいです」
「・・・・・・ふむ」
その要求を聞いたフローリアは、考え込むように腕を組んだ。
それからさほどの時間もかけずに、フローリアは頷いた。
「まあ、いいだろう。・・・・・・それだけか?」
「ええ。こちらとしてはこれだけです」
デュドネとしては、ここまであっさりと同意されるとは思っていなかったので、内心で拍子抜けしていたがそれは表に出さずに頷くだけにとどめていた。
あとは、相手がどんな要求をしてくるのか、ということだけだと身構えたデュドネは、次のフローリアの言葉に思わず呆然としてしまった。
「よかろう。では、これで決着だな。今後は、今回の件に関してはお互いに持ち出すことが無ければなおいい」
「・・・・・・・・・・・・え?」
思わず素でそう返してしまったデュドネに、フローリアは小さく笑った。
「そこまで驚くことではないだろう?」
そのフローリアの言葉を聞いて、デュドネは内心でやられたと思った。
フローリアは、最初からこの件をなかったことにするつもりだったことに、今更ながらに気付いたのだ。
元女王が、転移門を使えばすぐに戻れるにも関わらず、この宿に泊まっている時点で旅の最中であることは、想像ができる。
そこから考えれば、この先の旅もなるべく自分のことを隠した状態で続けられるようにしたいのだということは考えつく。
そのために、この騒ぎをお互いになかったことにできれば、その問題もなくなる。
少なくとも使節団を率いるトップとして、それなりに交渉に長けたつもりでいたデュドネだったが、結局フローリアの思惑通りに進んでいたとわかって、フローリアたちがいなくなったところで大きくため息をつくのであった。
ディドネ側の話は、これで終わりです。
次話には、考助たちはさっさと旅立ちます。




