(10)道楽
ミクの演奏の感想を聞いたあとは、自走式馬車についても話をした。
考助が話を聞こうとしたのではなく、向こうから話を振ってきたのだ。
「それにしても、あれが噂の馬車かい? 本当に馬がいないんだね」
考助たちよりもあとにこの場所にきた男は、自走式馬車が動いているところは見ていない。
ただ、考助たちが乗る馬車には馬がいないので、目の前にあるものが噂の馬車だと気付いたようだった。
「まあ、そういうことですね。それにしてもそこまで噂は広まっていますか?」
考助としては、意図して噂が広まるように仕向けた所もあるが、ある程度のところで止まっていると考えていた。
商売の噂には明るい商人はともかく、一冒険者にまで自走式馬車を一目見てすぐに答えられるようなところまで広がっているとは思っていなかった。
もちろん、噂が広まっていること自体は、目的を考えれば歓迎すべきことだ。
問題は、どういった内容で噂が広まっているかだ。
考助の問いかけに、男は肩をすくめながら答えた。
「広まっているさ。少なくとも護衛の依頼を引き受けている冒険者は、大体聞いているんじゃないか?」
「そうね。夜の暇つぶしにはちょうどいい話題だもの」
男のあとを引き継いで、女性もそう付け足してきた。
「なるほど。暇つぶしの話題ですか」
野営をする際は見張りを立てるのは当然として、その間の時間は暇になる。
人数が少ない場合はひとりで立つことも多いが、こうして他のパーティと一緒になれば、合同で立つこともある。
そうしたときの話題として、旅の間に聞いた様々な噂話が役に立つのだ。
「なにしろ、馬なしで走れる馬車など話題としてはもってこいだからね。それに、次々と新しいことも発信されていたからね」
「次々に?」
意味が分からず首を傾げる考助に、男が笑いながら言ってきた。
「ああ。馬なしの話から始まって、その速さ、極めつけはその値段だ。あの馬車を狙って、有名な商会が撃沈したって話も聞こえてきていたな」
護衛の依頼を受けている冒険者であれば、どこの商人ギルドの人間が尊大であるとか、小さなギルドだがあそこは良いとか、そう言った噂はいくらでも流れる。
いくら金払いが良くても、そうした悪い噂を流された商人ギルドには、良い冒険者が付かないのは当然といえる。
商人には商人、冒険者には冒険者の噂というのがあるのだ。
男の話を聞いて、目論見通りに言っていると確信した考助は、内心でほっとしながら、せっかくなので気になった話題について聞いてみることにした。
「そうですか。それにしても、そこまで有名な商人ギルドの名前が上がっているのですか?」
「いや、さすがに私が聞いた噂では、具体的な名前までは伏せられていたさ。ただ、名前は上がってなくても大体どこかはわかるように伝わっているが」
どこどこの町を拠点にしているとか、何々の商品を運んでいたとか、内容によって具体的なギルド名を出さなくてもわかることもある。
冒険者の間で伝わる噂ではそうした形で、依頼人の立場を守るというお題目が掲げられているのである。
勿論、まったく守られていないのは、承知の上だ。
それに、基本的に名前が伏せられて広まる噂と言うのは、悪い噂のほうだ。
いい噂は、商人ギルドとしても咎める理由がないので、放置されるのが基本である。
男性からいくつかの商会の噂話を聞いた考助は、フムフムと頷きながら話を聞いていた。
「なるほど・・・・・・。それなりに有名なところも狙っていたのですね」
「それはね。これだけ噂になっていれば、手に入れただけで知名度も上がるだろう? 一種の箔付けの意味もあるだろうさ。まあ、それは全部無駄になったわけだが」
大陸中に広まっている一品を手に入れることができたとなれば、それはそのまま商人ギルドにとってのステータスとなる。
逆にいえば、失敗したという噂は、そのまま悪い意味での笑いを提供することになってしまうのだ。
「商人ギルドの中には、所詮冒険者と侮っているところもあるからねえ。トップクラスの冒険者がどれくらい稼いでいるのかわかっていないのよね」
そう言葉をはさんできた女性に、男性も同意して大きく頷いていた。
トップクラスの冒険者ともなれば、大手の商人ギルドのギルドマスターにも劣らない稼ぎがある。
そうしたことを知らないで一流のギルドと名乗っても、冒険者たちからは嘲笑される対象にしかならないのである。
基本的に噂に上がってくるような商人ギルドは、そうした事情があるため考助としても噂の段階ではじかれていてほっと一安心といったところだ。
それよりも考助には気になることが別にあった。
「それはともかくとして、それこそ超大手のギルドは名前が上がっていませんね」
いままで上がっていた商人ギルドは、一般にも名前の知られている大手といっていいところばかりだったが、本当の意味での大ギルドは存在していない。
理由はなんとなく予想はしているが、他の人の意見も聞きたくて、考助はあえてその話題を出してみた。
「ああ、それはあれだろうね。そもそもそんなところは、無理して買わなくてもいいだろうからね」
「そうね。それに、それ以上に大手になると、一台だけの特殊な馬車を買う意味もないでしょうし」
その予想通りの答えに、考助は内心で満足しつつ、表では納得したように頷いた。
「なるほど。確かに言われてみればその通りですね」
「大手はそれだけ多くの荷物を扱っているからねえ。特殊な荷物を運ぶために狙ってくることもないわけではないだろうが・・・・・・」
噂に聞いた自走式馬車の値段を思い出した男は、首を左右に振ってさらに続けた。
「まあ、本当に噂通りの値段であれば、手を出してくることはないだろうな」
その言葉に、考助は興味を引かれたような顔になった。
「ほう? それはなぜでしょう?」
その考助に向かって、男は肩をすくめながら答えた。
「どう考えてもあの馬車は道楽の域を出ていないからだ」
きっぱりとそう返してきた男に、考助は苦笑を返すことしかできなかった。
考助たちが使っている自走式馬車は、少なくとも表から見える範囲では、出るスピードや快適性など通常の馬車と比べて優れている面はいくらでもある。
ただし、それらに加えて噂で流れている値段が付け加えられると、道楽と言われても仕方のない面が出てくる。
そもそもこの世界の住人たちが旅をするのは、商売のためや護衛のためで、あくまでも仕事上での理由なのである。
勿論、中には観光のような目的で旅をする者もいるが、それはいま男が言ったように道楽の一種なのだ。
そこから考えれば、快適性を求めて金銭に糸目をつけずに作ったと言われている自走式馬車も道楽のひとつだと言われても仕方のないことなのである。
ついでにいえば、考助も自分が趣味に走って作ったと十分に理解している。
だからこそ、自走式馬車を道楽の産物だと言われても、笑うことしかできないのである。
自走式馬車に戻った考助は、シュレインたちからも話を聞いて、噂がどのように広まっているかを確認した。
その結果、基本的には商人も広まっている噂は、大差はないことがわかった。
勿論、商人側は商売に絡めた話の伝わり方がしているので、細かいところは違っているが、その辺は別に考助たちにとってはどうでもいい。
それよりも、大筋では考助たちが狙っていた通りになっているので、一安心といったところだった。
このままでいけば、なんとか旅の終わりまで無事に走り切ることができるだろうと胸を撫で下ろす考助なのであった。
自走式馬車は間違いなく考助の趣味の産物です。




