(9)小さな演奏会
その日は、適当な場所を見つけて野営をしていた。
いつもと違う様子だったのは、ミクがストリープの演奏を夕食後に披露したことだ。
考助たちにとっては、練習でも何度も聞いているので目新しくはなかったのだが、違っていたのは別の聴衆がいたことだ。
野営地には考助たちだけはなく、他に三組の行商たちがいたのである。
その中のひとりが、夕食後に練習中のミクの音に導かれるように近寄ってきた。
「うるさかったですか?」
相手から何か言われるよりも先に、考助がそう問いかけると、相手が右手をパタパタと振った。
「いやいや、違う違う。ストリープの音が聞こえて来たから珍しいと思ってね」
「ああ、なるほど」
モンスターが寄ってくる可能性があるので、野営地で音を出す者はほとんどいない。
それに加えて、かさばるうえに高価なストリープを用意してまで旅に出る者は少ないのだ。
ただし、その男性が近寄ってきた理由はそれだけではなかった。
「まだ小さいのにしっかり弾けているからね。せっかくだから近くで聞かせてもらおうと思ったんだよ」
そう言われてピンと来た考助は、疑問に思ったことをそのまま口にした。
「もしかしなくても、学園の卒業生?」
その問いかけに一瞬だけ驚いた表情になったその男性は、一度だけ頷いた。
「ああ、まあね。・・・・・・といっても、街貴族の三男坊なんだけれどね」
現在、セントラル大陸では、以前からいる貴族とラゼクアマミヤの王家が正式に任命した貴族の間で、明確な区別がされていた。
そして、以前からそれぞれの町を仕切るためにいた貴族のことを街貴族と呼んでいるのである。
戦争のないセントラル大陸で街貴族の三男ともなれば、ほとんど相続の目はないといっていい。
そのため、多くの場合は学園で学んで専門職に就いたり、目の前の男のように冒険者として身を立てて行くことになる。
セントラル大陸では取り立てて珍しい話ではない。
「そうでしたか。・・・・・・よろしければ、聞いていきますか?」
「・・・・・・いいのかい?」
一瞬間をあけてそう聞いてきた男に、考助は首を縦に振った。
「構いませんよ。よろしければお仲間も呼んできてください」
「それは・・・・・・」
何かを言いたそうにした男を止めた考助は、それを止めて続けた。
「見張りのことなら心配いりませんよ。それよりも、ミクのために聞いてあげてください」
いままでミクは、考助たちにきかせるだけで、他人を意識して弾いたことはない。
折角のチャンスだと、考助は考えたのだ。
少し考えて了承の意を示した男は、仲間を呼ぶために自分の仲間たちのところに行ってすぐに戻ってきた。
護衛の最中であることは違いないので、雇い主である商人がついてきているのは当然だろう。
そして、彼らは一様に音を出しているのが、小さな子供だったということに驚いていた。
ストリープを弾いていることもそうなのだが、それよりもミクほどの小さな子供が旅をしていることにたいしての驚きだ。
それだけではなく、他にもセイヤやシアまでいる。
それを見るだけで、普通の感覚では不思議の塊だろう。
転移門を使って別の町に移動するならともかく、子連れで旅をすることが一般的でないことは、彼らの反応でもよくわかる。
身内を除けば大勢の前でストリープを弾くことになるのは初めてのミクは、最初のうちは緊張していたようだったが、すぐにそれも慣れてしまったようだった。
考助は、この図太さ(?)は一体どっちの血だろうなどと、演奏を聞きながらどうでもいいことを考えていた。
それはともかく、ミクはいままでにない聴衆の前でしっかりと一曲弾ききることができた。
聞いていた人たちから送られる拍手に、両頬を赤くして笑みを浮かべているのを見れば、ミクが興奮していることはよくわかった。
ペコリと頭を下げたミクは、ストリープを腕に抱えたまま小走りで考助に近寄ってきた。
「ととさま、うまくいった!」
満面の笑みを浮かべてそう言ったミクを見れば、本人にとっては満足のいくできだったことはわかる。
「そう。上手くいったか」
「うん!」
大きく頷いたミクの頭を撫でた考助は、ひょいと持ち上げる。
「よし。それじゃあ、今日はもう中に入って休もうか」
「つかれてないよー?」
不思議そうな顔になって首を傾げるミクに、考助は笑いながら答える。
「ハハハ。そうかもね。でも、明日も早いから今日は休んだ方がいいぞ?」
「わかったー」
考助の言葉にミクはそう答えて素直に頷く。
それを確認した考助は、ミクを抱いたまま自走式馬車へと向かって歩きだした。
考助は、興奮状態で目を輝かせているのを落ち着かせてから、車内にいたコウヒにミクを任せて外へ出た。
ミクの演奏を聞いた感想を聞くためだ。
そのために、考助はわざわざ先ほどのような場を設けたのだ。
ミクを馬車に送り届ける前に待っているように言ってあったので、他の者たちはまだ残っていた。
「いかがでしたか?」
考助がそう問いかけると、先ほどの街貴族三男の冒険者は隣にいた女性と顔を見合わせた。
それを見た考助は、聞き方が悪かったかと内心で反省してから苦笑しながら付け足した。
「お世辞とかは別にいりませんよ? 単に、これから先の育て方の指針にしたいだけなので」
別におべんちゃらが聞きたくて、わざわざこんな会を開いたわけではない。
ミクの演奏がどうだったのか、第三者の率直な意見を聞きたかったのだ。
ピーチを始めとした女性陣も、別の場所で他の人たちと話をしているが、それぞれが受けた印象を聞いているのだ。
考助の言葉に男性冒険者と女性冒険者は納得した顔になり少しだけ笑顔になった。
「なるほどね。そういうことか。それなら・・・・・・彼女が話をするよ」
「ちょっと、丸投げ!?」
女性冒険者は、男性冒険者を一睨みしつつ、少し考えてから考助に向かって話し始めた。
「そうねえ。あの年齢の子供にしては、しっかりと基礎もできていて音もしっかり押さえているようだし、先が楽しみといったところかしら?」
その女性の言葉は、考助がいまの段階でミクの演奏自体の印象とさほど変わらなかった。
勿論、この女性はミクがストリープを弾き始めてから半年と経っていないことは知らない。
もし知っていれば、いまの評価も上方修正されるかもしれないが、それは大したことではない。
考助が知りたかったことは、別にある。
「そうですか」
考助がそう言って頷くと、本当に本音を聞きたかったと理解したのか、女性はさらに付け加えて来た。
「ただ、なんというか・・・・・・技術そのものはまだつたないと思えるけれど、不思議なほど引きつけられるのよね」
「ああ、なるほどそういうことか。最初にここに来たときもそう感じたんだ」
女性の言葉に、男性も納得したように何度も頷いた。
そしてそれは、考助が聞きたかったことでもある。
「もし、いまのまましっかりと技術も身につけて、色々な曲が弾けるようになれば、素晴らしい奏者になると思うわ」
「そうだね。私もそう思うよ」
ふたりからのその感想を聞けた考助は、娘の演奏を褒められた父親の顔になった。
「そうですか。貴重な意見、ありがとうございます」
「いいのよ。久しぶりにストリープの音を聞けて楽しかったし」
「そうだね。私もできれば、こんなところで演奏しても大丈夫だと言えるくらいの腕になりたいね」
そういった男性は、子供に自由に曲を弾かせている考助たちが、冒険者としてかなりの腕前を持っているのだと予想していた。
男性の予想は正しいのだが、考助はそれには直接答えず、ただ「頑張ってください」とだけ返すのであった。
ミクの演奏を聞いた第三者の意見でした。
はっきりと魅了の力だとは気付いていませんが、普通の演奏とは違うと感じ取っています。
プロの演奏家ってこういうものなのかもしれませんね、とBGMにクラッシックを聞きながら考えていましたw




