(3)教師
セイヤたちと一緒に南の街を見回っていた考助は、フローリアから連絡がきたあとに、待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせ場所に到着した考助は、満面の笑みで抱えるようにしてとある楽器を持っているミクのところに歩いて行く。
「ミクは、それを選んだか」
ミクが持つ楽器を見ながら、考助はそう言いながらミクの頭をなでる。
「うん! なんかね、音が好きだったの!」
ミクはそう言いながらその楽器―ストリープの弦をピンと鳴らした。
ストリープは、竪琴の一種で貴族や豪商などの金持ちに好まれている楽器だ。
その理由は単純で、他のものに比べて楽器自体が非常に高く、辻芸人などが手を出せるような値段ではないのだ。
ただし、その分音域の多さや音の広がりなど、他のものと比べて段違いになっている。
値段を気にせずに音だけで選んだ結果だが、すでにミクは良い楽器を選ぶだけの耳を持っているということになる。
ミクがストリープを選んだときに、フローリアは内心で驚いていたりする。
考助は、ミクの頭をなでるのをやめて、ひょいとミクを抱き上げた。
「そうか。音が好きだったのか」
「うん!」
元気いっぱいに返事をしたミクに、考助は笑顔を向けた。
「そうか。良かったね」
「うん!」
ミクは、考助は抱き上げられたままでも大事に楽器を抱えている。
嬉しそうに笑っているその顔を見ているだけで、考助も嬉しくなってきていた。
考助がミクを地面に下ろすと、ミクはピーチのところへと駆け寄って行った。
ピーチはちょうどコレットと話をしていたので、必然的にセイヤたちにその楽器を見せることになる。
嬉しそうに楽器を見せるミクだったが、セイヤもシアも楽器自体にはさほど興味を向けているようには見えない。
セイヤとシアは、それよりも珍しい物を買ってもらったということに反応を示していた。
ふたりの口から聞こえてくるのは、「いいなあ」とか「ずるい」というもので、「同じものが欲しい」というのは無かった。
ちなみに、ふたりは当然のように母親におねだりしているが、適当にあしらわれている。
買わないとは言っていないが、ミクのように夢中になれるものが見つかれば買うというような躱し方だ。
いまのところふたりには、そんなに夢中になれるようなものはないので、結果的におあずけということになる。
考助は、子供たちの反応を横目で見たあと、フローリアに視線を向けた。
「で、実際のところはどうなの?」
才能はあるのかと先走ったことを確認してきた考助に、フローリアは苦笑を返した。
「いくらなんでも気が早すぎだ。好きな楽器を選んだだけで、そんなものがわかるわけもない」
「それはそうか」
ぺろりと舌を出した考助に、フローリアが今度は呆れたような視線を向けた。
「あまり変な期待はかけるなよ? 特に、本人の前で余計なプレッシャーは、厳禁だからな」
子供によっては、親がプレッシャーをかけつつ伸びることもあるが、それはあくまでも例外だ。
大抵は親が余計なことをすれば、子供の興味が離れて行くのは常である。
フローリアの言いたいことを理解した考助は、苦笑しながら頷いた。
「わかっているよ。とりあえずミクには、楽しんでもらえれば十分だよ」
子供の娯楽にしては、ストリープはかなりの金額がするのだが、考助にとっては大した金額でもない。
普通の家庭の親たちが知れば目を剥くような事実だが、あれだけ喜んでくれれば、考助としては十分である。
「そうか。それならいいのだ」
考助の言葉に嘘はないと判断したのか、フローリアは頷いた。
フローリアとしては、それこそ女王の時代から才能ある子供だと紹介されて、のちに見なくなった子供たちは山ほど見てきている。
ついでにその親も一緒に見てきているので、どういう状態で潰れているのかもなんとなく想像はできる。
考助もミクを追い込んでまで育てようなんてことは、欠片も考えていない。
だからといって、完全放置して育てるつもりもない。
「それで? 楽器が決まったのは良いとして、どうやって覚えさせるの?」
極論すれば、ストリープは好きなように弦をはじくだけで音が出る楽器だ。
ミクに対してなにもせずに放置すれば、ただ弦をはじいて音を出すだけで満足することになりかねない。
そのためには、やはり教育というのが必要になる。
「そうだな。とりあえず、ミアにでも来てもらおうか」
「ミアに? ・・・・・・そういうことか」
ミアは、というよりも、ラゼクアマミヤの学園を卒業した者は、ストリープを基礎教養のひとつとして学んでいる。
そのためフローリアとシルヴィアの子供たちは、最低限ストリープを弾くことができるのだ。
中でもミアは、人並み以上の腕前を持っていたりする。
もちろんそれは、あくまでも人並み以上であってフローリアの踊りほど、人並み外れているわけではない。
それでも、基礎を教えることくらいはできるだろう、というのがフローリアの考えだ。
考助が頷くのを見て、フローリアは唐突に視線をずらしていった。
「もっとも、ミアが長い期間塔を離れるかは疑問だが・・・・・・」
「ああ・・・・・・それは・・・・・・」
フローリアの懸念に、考助も苦笑を返すことしかできなかった。
今のミアは、自分の塔の管理をすることに熱中していて、他のことに目を向ける気配がないのだ。
「まあ、私としては、ミアが塔以外のことに目を向けてくれればいいという考えもある」
「それは僕も同意」
考助は真顔で頷いてからフローリアと顔を見合わせて笑うのであった。
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フローリアは考助が来るまでの時間を無駄にするような性格をしていなかった。
考助がミクたちと合流してさほどの時間も待たずに、ミアがやってきたのだ。
「お父様、なにか用事があると聞きましたが、なんでしょうか?」
ミアが開口一番にそう聞いてきたので、考助はフローリアがなにも言っていないことを理解した。
「あ、うん。そうだね。というか、アレを見てもらえれば分かると思うんだけれど?」
アレ、と言いながらミクを見た考助に合わせて、ミアも視線をそちらへ向けた。
ふたりの視線の先には、嬉しそうにストリープを抱えて立つミクの姿があった。
「・・・・・・あ~、ハイ。なんとなく、言いたいことはわかりました」
「うん。まあ、そういうわけだから、頼んでもいいかな?」
「わかりました」
考助からの頼みごとを断るはずもなく、ミアはすぐに了承してきた。
ただし、ミアはそう答えたあとに、ちらりと視線をフローリアへと向けたのだが、考助はそれを見なかったことにしておいた。
そのミアは、自分を呼び出したフローリアを見た。
「ところで、楽器はあるのでしょうか?」
「使わない物を持ち歩いているはずはないな」
ミアは、さっくりとそう返してきたフローリアを呆れたように見た。
「あのですね。楽器もなしにどうやって教えろというのですか?」
「うん? 旅に出るのは明日からなのだから、いまから取りに行けば間にあうだろう?」
その言葉で、ミアは考助とフローリアが自分に何を望んでいるのかを悟った。
「あの、それは、もしかしなくても、旅の最中に教えろということしょうか?」
交互に自分とフローリアを見てくるミアに、考助が頷きながら答えた。
「まあ、そういうことだね。こういうことでもしないと、ミアは塔から出てこないだろうし」
「ミアねえさま、いや?」
断ろうとしたミアに先んじて言った考助と寂しげな顔でそう聞いてきたミクに、ミアはぐっと言葉に詰まった。
ミアは、ミクにストリープの演奏方法を教えるのが嫌なわけではない。
「・・・・・・わかりました。とりあえず、塔に戻って楽器を取ってきます」
結局、ミアはそう言ってこれから先の旅に同行することに、同意をするのであった。
なにか、最後のほうでミアはいやいや教師役を押し付けられた感じになってしまいましたが、そういうわけではありません。
急に話が来たことと塔から離れるように動いたのであろうフローリアに、色々言いたいことを飲み込んでいるだけです。
その矛先が考助には向かないのは、ミアらしいということでw




