(3)子供たちへの教育
自走式馬車の車内に、チリーンチリーンという涼し気な音が響いた。
風鈴の本体に舌が当たって音が鳴っているのだが、その様子をミクが飽きもせずにずっと眺めていた。
いまは、ミクが自分で持っているわけではなく、車内に掛けられている。
最初は手に持っていたのだが、こういうものだと何とか説得して、ぶら下げることができたのだ。
買った当初は、ミクはすぐに飽きるだろうと思っていたのだが、まったくその気配を見せないことで考助も驚いている。
考助が買ってあげたときには、少しだけ呆れた様子を見せていたピーチも、ミクの入れ込みように驚いている。
ミクが、風鈴のなにに夢中になっているのかはわからない。
ただ、少なくとも、ずっと眺めていても飽きないくらいに熱中していることは傍で見ていてもわかる。
ミクが飽きたら譲ってもらおうと考えていた考助は、いまのところその気配がないことに、苦笑しながら言った。
「一体、なにを気に入ったんだろうね?」
「私にもわかりません~」
考助の問いかけに、ピーチは小さく首を振りながら答えた。
「少なくとも、コウスケのように音だけを気に入ったわけではなさそうじゃの」
自分たちの会話はまるで聞こえていないという様子で風鈴を見ているミクを見ながら、シュレインも楽し気な様子になっている。
嬉しそうにしている子供を見ているだけで、気分が弾んでくるのだ。
「そうなのかな? 風に揺れている様子が、見ていて面白い、とか?」
「さてな。・・・・・・案外、別なものが見えているのかもしれんぞ?」
意味深な顔でそういったシュレインに、他の面々の視線が集まる。
「なにかわかったのですか~?」
「・・・・・・さて、どうかな? いまはまだわからない、とだけ言っておこうかの」
口元に笑みを浮かべてそう言ったシュレインに、考助たちは顔を見合わせつつそれ以上の追及は止めた。
不用意に言葉にしてしまえば、不意になってしまう事柄などいくらでもある。
楽しそうな顔になっているシュレインだが、敢えてはっきり言っていないのには、理由があるのだと皆が察したのだ。
一方、早々に風鈴に飽きてしまったセイヤとシアは、馬車の窓から見える風景を楽しんでいた。
前回のときと違って、落ち着いている様子からも体力を無駄に消費していないことがわかる。
意識してのことではないだろうが、結果的にそれがいいことだと分かっていけば、これから先も旅を続けていけるようになる。
こうやって自分の体力と向き合っていけるようになればいいと、大人たち一同は考えていた。
・・・・・・・もっとも、そんな大人たちの目論見は、一瞬にして崩れてしまうのだが。
「とうさま、とうさま! あれはなんですか!?」
「きらきらー」
馬車が森の中を走っている最中に、突然セイヤとシアが、なにかを見つけて騒ぎ出した。
モンスターでも出たのかと、考助は慌ててふたりが差している方向を確認したが、特に珍しそうなものは見つからなかった。
さて、何のことだろうと内心で首を傾げた考助だったが、その隣で息を呑んだのがコレットだった。
「ふたりには、あれが見えているの?」
「あの、ふしぎな光だよねー?」
「みえるよー? ははさまもみえるー?」
なにやら三人で分かり合っている様子に、考助たちにはエルフ特有の何かが見えていることがわかった。
そのため考助たちは、三人の邪魔をしないようにお互いに目配せをした。
勿論、そのことにはコレットも気が付いている。
心の中で感謝しながら、セイヤとシアにエルフの母として教えるべきことを話し始めた。
「あれはね。森の力のひとつよ。あれが見えているということは、ここの森は十分元気だということ。覚えておきなさい」
「はーい!」
「もりさん、元気!」
調子よく答えを返してきたふたりに、コレットはフフフと笑いながら続けた。
「今の色は元気な証拠だけれど、もしあの色が赤であったり、それに近い色だったら病気になっていることもあるから、近くの大人たちに教えてね」
「わかったー」
「もりさんも、病気になるんだねー」
「そうよ。早く治さないといけないから、気が付いたらきちんと教えること。わかった?」
「「はーい!」」
元気よく返事をしたふたりを見て、コレットも満足そうにうなずくのであった。
コレットの教えが終わったあとは、モンスターと会うこともなく、順調に街道を進んでいく。
その間、ミクは変わらず風鈴を見続けて、セイヤとシアは外の風景を見ながら時折コレットにいろいろと教わっていた。
セイヤとシアに関しては、エルフとして森に直結する教えなので、考助が口を挟めることはなにもない。
完全にコレットにお任せの状態になっていた。
ミクはミクで何かを聞いてくるわけでもなく、ジッと風鈴だけを見ているので、これまた考助がすることはなにもなかった。
逆に、よくそれだけ集中力が続くものだと、感心するほどだ。
結局、東の街を出たその日は、一度もモンスターと遭遇することなく次の町に入ることができた。
久しぶりに旅をすることになった子供たちにとっては、ほどよい緊張感が続いて、ちょうど良い感じだった。
予定よりも順調に進んだため、町に入った時間は早めだったが、その日はなにもせずにすぐに借りた大部屋に入る。
子供たちは、新しく入った町を見たがったが、それは考助が駄目だと言って抑えた。
今後もずっと一緒に旅を続けるなら、町の探検(?)で動き回るのは駄目だと教え込んだのだ。
町を楽しむのと旅をずっと続けるようにするのとどちらがいいのかと子供たちに確認したら、素直に旅のほうを選んだ。
そのため、夜食を取るとき以外は、部屋の中でおとなしくしていた。
ちなみに、風鈴は馬車の中に掛けたままにしてある。
宿に持ち込むと、他のお客に迷惑になって取り上げられる可能性があると考助が若干大げさに言うと、ミクは勢いよく首を左右に振りながら、馬車においていくことを主張したのだ。
その考助の説得を聞いていたピーチたちが、ニンマリと笑っていたことに子供たちが気付いていなかったのは余談である。
そして翌日。
少し早めに起きた考助たちは、すぐに町を出発した。
次の村までは、荷馬車であれば一度野営を挟んでから行く場所にあるのだが、子供たちがいるために野営をせずに村を目指すことにしたためだ。
モンスターの出方によっては諦めることになるのだが、始めから無理だと決めつけるのも間違っている。
少し頑張れば間に合うことはわかっているのだから、目指す価値はあるだろう。
そう考えて、モンスターが出ても間に合うように急ぎめで進んでいたのだが、ものの見事に次の村までモンスターが出てくることはなかった。
結果として間に合ったので良かったのだが、疑問も出てくる。
「・・・・・・運、良すぎない?」
東の街を出てからいままで、見事なまでに一度もモンスターと遭遇しなかった。
勿論、絶対にないことではないのだが、考助が言った通りかなり運がいいことには違いない。
「ふむ。・・・・・・たまにはこういうこともあるじゃろう」
「まあ、そうなんだけれどね?」
そんなことを言いつつ、考助はまだ納得のいかない顔をしている。
とはいえ、ここでいくら考えても答えが出てくるはずもなく、結局この場では運が良かったのだという結論になった。
考助たちが、この時の運の良さのいろいろな理由を知ることになるのは、まだ先のことなのであった。
子供たちが頑張っています。
今回は、前回よりも頑張ってついてくることになると思います。
このあとは、旅が当たり前になって、テンションの上げ方も普段里で過ごしているときと変わらない感じになるかとw




