(2)聖布
儀式を終えた考助たちは、そのまままっすぐ旅に出るわけではなく、北の街に戻った。
そもそもは、考助が旅に出たいという欲求から今回の話が出たのだ。
神域化はあくまでもおまけである。
・・・・・・という主張を考助がしたときに、シルヴィアたちはジト目を向けていた。
それはともかくとして、考助としては、ただ儀式をするためだけに大陸を一周するのは苦痛、まではいかないまでも面倒になりそうだった。
だからこそ、せっかくなので旅行として楽しもうという趣旨を大事にしたかったのだ。
というわけで、まずは最初が大事という考助の主張のもと、北の街での観光の時間がとられたわけだ。
もっとも、考助の主張に積極的に反対する者は出なかったので、なんだかんだで女性陣も考助との旅行を楽しみにしているのである。
街に戻った考助たちは、のんびりと街の中を見て歩いていた。
「ふむ。北だからといって特徴的ななにかがあるわけではないのじゃの」
街を見てそう感想を漏らしたのは、シュレインだ。
北の街は、北大陸との取引に使われる大きな港があるのが特徴といえば特徴だが、逆にいえばそれだけとも言える。
同じような規模の港は、東西南にもあるのだ。
ただし、その四つの都市にある港が他大陸との取引の多くを賄っているため港の規模はかなりの大きさだ。
シュレインが漏らした感想は、どこにでもありそうな港町という意味で、規模を指したものではない。
そんなシュレインに首を振りながら反論したのが、ちゃっかり考助の隣を確保したシルヴィアだ。
ちなみに、反対側はナナが寄り添うようにして歩いている。
「そんなことはありませんわよ。やはり北大陸の影響が大きいのか、それらしき聖職者たちが頻繁に歩いています」
「・・・・・・む。そうなのか?」
そのシルヴィアの言葉に反応したのは、フローリアだった。
さりげなく周囲を確認するように、視線をあちこちに向け始めた。
北の街が北大陸の影響を強く受けているのは周知の事実だ。
そのもっとも特徴的な光景が、いまシルヴィアが指摘した北大陸から流れてくる聖職者たちだろう。
北大陸は、アースガルドにある五つの大陸の中で、もっとも信仰に熱心だと言われているのだ。
周囲を見回したフローリアは、確かにシルヴィアが言う通り聖職者が多く歩いているのがわかった。
ただし、専門家ではないフローリアには、彼らが北大陸出身かどうかまでは区別がつかない。
フローリアに分かったことは、他の街に比べて聖職者が少し多いかな、ということくらいである。
「確かに聖職者は歩いているが、北大陸の者なのか?」
「ええ。聖布を見ればわかります」
聖布というのは、神官や巫女が着ているローブの上からタスキのように纏う飾り布のことだ。
シルヴィアの言う通り、聖布さえ確認すればその聖職者がどの神を信仰していて、どこに所属しているかがわかるようになっている。
聖職者の間では、聖布は身分証のような役目を果たすこともあるのだ。
もっとも、どこの神殿出身かというような細かいことまでは、その神殿に所属していたことがないと見分けるのは難しいのだが。
そうでもなければ分かるのは、せいぜいがどの大陸から来たかということくらいである。
勿論、ミクセンの三神殿でも、それぞれの聖布を所属している聖職者に渡している。
当然のようにシルヴィアもローブの上に聖布をまとっている。
それを確認したあとに、フローリアがもう一度街を歩いている聖職者の聖布に視線を向けた。
「うーむ。確かに色などの違いがあるのはわかるが、それで見分けているわけではないのだろう?」
断言するように言ったフローリアに、シルヴィアも頷きを返した。
「ええ。色はあくまでも好みです。大事なのは他にありますよ」
そのシルヴィアの言葉に気付いたのは、シュレインだった。
「そうか。神聖文字かの?」
「そのとおりです」
神聖文字は、文字と名が付いているが、どちらかといえば文様のことを指していることが多い。
多くは神殿などの壁に描かれているようなものである。
文様のひとつひとつは意味を持たないが、それらを組み合わせることによって意味が出てくる。
さらに、遥か昔に神々が人に渡された文書などにも使われていたとされている。
シルヴィアは、街を歩いている聖職者の多くが、北大陸にある神殿に刻まれている文様を聖布に飾っているのを見て取っていた。
「・・・・・・そういうわけですから、文様そのものをきちんと知っていないと見分けるのは難しいと思います」
シルヴィアの説明を聞いて、フローリアとシュレインは頷いた。
「なるほどの」
「さすがに神聖文字の文様までは学んだことはないから分かるはずもないか」
シュレインとフローリアが納得したところで、今度はそれまで黙って話を聞いていいた考助が疑問を口にした。
「聖布が聖職者の所属を示すものだということはわかったけれど、シルヴィアのはどうなっているの?」
いまのシルヴィアは、どこかの神殿に所属しているわけではない。
敢えて挙げるなら、アマミヤの塔の第五層にある神殿か、百合之神宮に所属していることになるが、所属を示すような文様を決めたとは聞いたことはない。
シルヴィアから相談されたこともなかったので、そもそも考助はそんなものがあることすら知らなかった。
考助の疑問に、シルヴィアが微笑みながら答えた。
「いま私が着けている聖布は、無所属の聖職者が着けるものです。所属を示す文様はついていませんよ」
「そうなんだ。・・・・・・必要?」
今更といえば今更なのだが、それでもそういったものがあると知った以上、無視することはできない。
そう考えてシルヴィアに聞いた考助だったが、当の本人は首を左右に振った。
「必要ないとは言いませんが、敢えて焦って決める必要はないかと思います。もし決めるのでしたら、きちんとエリス様とお話しなさったほうがよろしいかと思います」
「あれ、そうなんだ」
「はい。所属を示す文様は、神々ごとに決められているものではありませんが、被ってしまうとややこしくなりますので」
「なるほどね」
聖職者たちが着けている文様は、あくまでも神殿や書物として残されている物をそのまま流用しているだけだ。
あくまでも神々から教わっているものを使っているので、どういう法則があって決められているのかは、シルヴィアにも分からない。
そのため、本気で考助が決めるつもりがあるのなら、しっかりと確認したほうがいいというのがシルヴィアの言葉だった。
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途中で並んでいた屋台で買い食いをしたりしながら、考助たちは北の街にあるクラウン支部に入った。
転移門がある町のクラウン支部には、それぞれの町で必要な依頼が貼られている。
そのほうがいちいち転移門を使って塔の中に行く必要がなく、なによりも依頼を管理するうえで、それぞれの町ごとに分けていたほうが便利なのだ。
さらにいえば、そうしたほうがそれぞれの町に定着する冒険者も出てくる。
本部しかなかった頃ならともかく、大陸中に根を張り巡らせた今となっては、全体のことを考えなければならない。
というわけで、その町周辺の状況を知りたければ、やはりそれぞれの支部の掲示板を覗くのが一番いい。
依頼を受けるか受けないかは別にして、旅をするのには、周辺のモンスターの情報をチェックすることは必須の作業といっていい。
考助たちは、掲示板に貼られている討伐依頼を確認しながら、現在の北の街周辺の状況を確認するのであった。
今さら出て来た聖布。
勿論、今回の話に関係するので出しました。
といっても、キーアイテムと言うほど重要なものでもありませんw




