(1)きっかけ
アマミヤの塔の制御室にあるモニターで、各階層の様子を見ていた考助は、画面端っこに出ているアラートを見つけて眉をひそめた。
そして、そのアラートをタッチして出て来た拡大画面を確認して、ため息をつく。
「・・・・・・またか」
その呟きに反応して、同じように隣でモニターを操作していたミアが考助の画面をのぞき込んできた。
「あらあら。随分と熱心ですね」
「熱心て・・・・・・いやまあ、向こうの立場からすればそうなんだろうけれどね」
考助は、そう言いながら呆れたような視線をモニターに向ける。
考助とミアが見ている画面には、編隊を組んで移動する船が映し出されていた。
セントラル大陸周辺に張られている結界に反応して、アラートとして表示されたのである。
実はこうしたことは初めてのことではなく、月に何度かは起こっている。
しかも、相手は一国一組織ではなく、複数の国や組織でだ。
そのこと自体には、特に考助は怒りのような感情を持つことはない。
なんとか現状を打開して、自国にとって有利に進めるように考えるのは、それぞれの立場からすれば当然のことだからだ。
ただし、だからといって完全に無視するわけにもいかず、いちいち対処することになるのが煩わしく感じるのである。
いまのセントラル大陸周辺にある結界は、完全に船の航行を妨げるようなものではない。
そんな結界を張ってしまえば、せっかく塔から得た素材の輸出を妨げてしまうことになる。
ラゼクアマミヤが行う貿易を、全て転移門からするようにすれば、海を経てのやり取りを考えなくても済むようになるのだが、現状大陸外にある転移門はさほど多くはない。
そのため、全ての貿易を転移門だけで賄うのは不可能だ。
そうなれば、どうしても船を使っての貿易は必要不可欠になる。
結果として、結界に関しては航行を完全に妨げるようにするのはできないということになる。
基本的に軍船は、商船と違って乗る人数が多くなる。
勿論、限りなく人数を少なくして商船に近づけることはできなくはないが、そのような船で大陸の都市を攻めて落とせたとしても、長期間の維持をすることは不可能だ。
それではそもそも攻めてくる意味がないので、そんな運用をしている国家はほとんどないのである。
そのため、結界に反応するひとつの要素として、ひとつの船に乗っている人数が多い場合、というのを条件のひとつとしている。
今回も反応したのは、その条件に引っかかったためである。
画面を見てため息をついた考助は、横にいるミアの肩をポンと叩いた。
「というわけで、よろしく」
「ハア。仕方ありませんね。兄上に知らせてきます」
以前は出入り禁止になっていたミアも、いまは解除されて自由にトワと会うことができる。
そのため、他国が結界にちょっかいを出してきた場合は、ミアが対処するようになっているのだ。
ただし、対処といっても、やっていることはトワへの連絡係なのだが。
ちなみに、ミアの前はミカゲを通してサキュバスに連絡を取ってもらっていた。
ため息をつきながら席を立ったミアは、面倒そうな顔になりつつも急ぎ足で転移門のある部屋へ向かうのであった。
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ミアが報告に行ってからしばらくして、トワと一緒にミアが戻ってきた。
「・・・・・・またですか」
画面で艦隊を確認するなりトワがそうつぶやいた。
いま画面上に映っている船は、以前も同じようにこの辺りを航行したことがある国の所属船だったのだ。
「うん。まただね。それぞれの国での情報交換も行われているのかな?」
「それは間違いないでしょうね」
いまは一国だけの所属船が、結界ぎりぎりのところを動いているが、他にも同じようなことをしている船はあった。
それらを考えれば、どのあたりで反応があるのか、詳細を調べているのは考助にもわかる。
建前上、ラゼクアマミヤはあくまでも考助の息子であるトワが治める国であって、現人神そのものが治めているわけではない。
もしこれが、考助が直接治めている神の国であれば、こうした敵対行為になるかならないかのぎりぎりの見極めなどしてこない。
いまのラゼクアマミヤには、その建前があるため神の国であるとは言えないのだ。
そのため、こうした行為が行われるようになってきていた。
しかも、最近ではその見極めのやり方もだんだんと大胆になっている。
以前に考助が塔の機能を使って脅しをかけたときとは、ラゼクアマミヤという国のあり方も変わってきていることが見透かされているのだ。
ここで考助が動いてもかまわないのだが、それをすると今度は建前が崩れてしまう。
できれば今後のことを考えれば、その建前を崩したくはないというのが、考助の本音だ。
ラゼクアマミヤ以外の国は、こうした隙をついてきて内情を探っているというのが現状なのだ。
トワの言葉に考助は顔をしかめた。
ラゼクアマミヤは人の治める国なので、自分が直接手を出したくないとは考えていても、いまのような状態も面白くはない。
勿論それは考助だけではなく、トワも含めたラゼクアマミヤの関係者も思っていることだ。
「・・・・・・うーん。とりあえず、塔の権限の一部をミアに渡そうか」
考助の提案を聞いて、トワとミアが首を傾げた。
「というと?」
「結界と攻撃に関する権限をミアにあげれば、実際に使ったとしても建前には引っかからないよね?」
塔の兵器を動かせるのが、現人神ではなくその娘であるミアであると公言しておけば、ラゼクアマミヤの神が治めているわけではないという建前と同じ状態になる。
それであれば、実際はどうであれ神が直接動いたわけではないと言い訳することができるようになる。
難しい顔で腕を組んでいたトワだったが、やがて緩く頷いた。
「・・・・・・確かにそれであれば、ある程度はけん制することができますね」
トワはそう言いながらミアへと視線を向けた。
その視線を受けてミアも小さく頷いた。
「私は別に構わないのですが、父上は本当にそれでよろしいのですか?」
「もともと結界とあの武器は、他国への牽制のために使っているだけだからね。別に権限をミアに移すくらい問題ないよ」
権限を移すと言っているが、考助が完全に使えなくなるわけではない。
それに、現状では考助が使えない兵器になっている。
そんなものを、後生大事に自分ひとりだけで抱え込んでおくつもりはないのだ。
塔の兵器に関する権限をミアに与えるということで話がまとまり、トワが多少安心したようにホッと息をついた。
そんなトワに、考助がふと思いだしたように、以前から考えていたことを話した。
その話を考助から聞いたトワとミアは、絶句した表情になった。
「そ、そんなことが可能なのですか?」
「うーん。やってみないと分からないというのが、本当のところかな? それに、実際にやるとなると許可も取らないといけないだろうし」
「それは、そうでしょうが・・・・・・」
トワは、そもそもそんなことを考えつくのがおかしいと言いたげだ。
そして、横で話を聞いていたミアも似たり寄ったりの顔になっている。
「まあ、実験的な意味合いも強いからね。上手くいったら儲けもの」
「そんなノリでやるようなことではないです!」
思わずといった感じで、勢いよく言ったトワだったが、考助はそっと視線を外した。
折角の機会なので、やってみたいという思いの方が強いのである。
その考助の様子を見たミアは、ポンと兄の肩を叩いて言った。
「兄上、諦めましょう。こうなった父上は、誰にも止められません」
「わかっています。とりあえず言ってみただけです」
そう言いながら頷き合う兄妹ふたりに、考助は見なかったことにするのであった。
新章スタートです!
今回はセントラル大陸をめぐってみようかと思っています。
どれくらい長くなるかは、今のところ不明ですw
今話は、旅立ちの序章といった感じで、理由づけになります。




