(7)考助の認識
神獣にした三種の眷属が、以前と比べて進化の割合が高くなったと判明してから数日後。
考助はくつろぎスペースで腕を組んで考え込んでいた。
「うーーーーーーーーーーーーーーむ」
「・・・・・・なにをそんなに悩んでいるんだ?」
ついに耐え切れなくなったフローリアが、うなり声を出し続ける考助に問いかけた。
「いや、ちょっとした疑問なんだけれどね?」
「うむ」
「なんで神獣に指定しただけで、進化する割合が増えたんだろう?」
その問いかけに、フローリアは一瞬虚を突かれたような顔になり、考助と同じように腕を組んだ。
「・・・・・・・・・・・・確かに言われてみればそうだな」
「だよね?」
そう言いながら少しだけ首を傾げた考助に、フローリアは大きく頷いた。
考助の眷属である狼、狐、スライムが、神獣として指定された途端に進化する割合が増えたことは別に構わない。
神の庇護の下で、その能力を大きく伸ばせるような影響を受けたと考えれば、ありえない話ではない。
神だからという一言で片付けてしまうのも問題がある気もするが、この世界ではそういったことがあっても不思議ではない。
問題は、考助が言ったとおり、その前のことだ。
考助が自分の神獣を決めたのは、その場での軽いノリだった。
それもあくまでも、シルヴィアとココロが話し合っていた内容に、軽く了承しただけだった。
何かの契約の儀式を交わしたわけでもなく、世間一般に公表したわけでもない。
それにも関わらず、眷属たちが呼応するように進化しだしたというのが、考助もフローリアも納得いかなかったのである。
考助とフローリアは、ふたりでしばらく悩んでいたが、やがて諦めたようにフローリアが首を左右に振った。
「・・・・・・駄目だな。材料が少なすぎて答えは見つかりそうもない」
「・・・・・・そうだね」
フローリアの言葉に、考助が渋々といった感じで頷く。
「そういうわけだから、悩むのはやめて先生に答えを聞きに行こうか」
「仕方ないね」
そう言いながら吹っ切ったような顔になった考助を見て、フローリアは苦笑を浮かべるのであった。
「・・・・・・と、いうわけで、答えを教えてください。先生」
考助はそう言いながら目の前の人物に向かって、頭を下げた。
その隣ではフローリアも茶番に付き合うようにして、同じような格好になっている。
そして、当然というべきか、いきなりふたりに頭を下げられたシルヴィアは、意味が分からずに目を白黒とさせた。
「ええと・・・・・・、どういうことでしょうか?」
なんとかそう切り出したシルヴィアに、頭を上げた考助とフローリアが真面目くさった顔で、先ほどの疑問を口にした。
考助から話を聞いたシルヴィアは、納得した顔で頷いた。
「なるほど。そういうことでしたか」
「はい。そういうことです。というわけで、答えを教えてください。先生」
先ほどと同じ言葉を繰り返した考助に、シルヴィアはニッコリと笑顔を向けた。
「わかりませんわ」
「・・・・・・はい?」
あっさりと言い放ったシルヴィアに、考助は思わず点になった目を向けた。
「正確には、ある程度の予想は立ちますが、それが本当に正解かどうかはわかりません」
「あー、そういうことか。納得」
シルヴィアの回答に、考助は何度か頷いた。
いくらシルヴィアでも、神に関わる全てのことを知っているわけではない。
ましてや、新しく生まれたばかりの神の神獣に関することまで詳細を知っているはずもないのである。
むしろ、ある程度の推測ができるほどの知識があることのほうが、一般的に考えれば驚愕できる事実なのだ。
そのことを知っているフローリアが、頷いている考助を横目で見ながらシルヴィアに言った。
「それでもかまわないから予想とやらを教えてくれないか?」
フローリアの言葉に、シルヴィアが頷きながら答えた。
「ええ。といっても大したことではありません。恐らくですが、コウスケ様が三種の眷属を『神獣』であることを認めた時点で、世界がそれを認めたのかと思います」
「・・・・・・・・・・・・はい? そんなことで?」
思った以上の大雑把な答えに、考助は目を丸くした。
だがそれに対して、フローリアは納得したような顔になった。
「なるほどな。そういうことか」
「あくまでも推測ですが、恐らくは間違っていないかと」
「そうであろうな」
ふたりで納得し合っているシルヴィアとフローリアに、考助が割って入った。
「いや、ちょっと待って。本当にそんな単純なことで?」
「コウスケはそんなことを言うが、神というのはそういうものだと思うぞ?」
「そうですね。フローリアの言う通りです」
慌てる考助に、ふたりが何を言っているんだといわんばかりの表情になってそう言ってきた。
目を大きく見開いた考助に、フローリアがため息をつきながら続けた。
「コウスケの出自を考えれば致し方ないのだろうが・・・・・・それにしてもいつまでたってもこちらの考え方には染まらないな」
「それは仕方ないでしょうね。というよりも、だからこそ現人神として存在しているのかもしれません」
シルヴィアの言葉に、フローリアは大きく目を見開いた。
「なるほど。そう考えたことはなかったな」
考助がこの世界に来てから早二十年。
普通で考えれば、とっくにアースガルドの考え方に染まってもいいはずだが、シルヴィアの言った通り、考助は相変わらず染まり切っていない部分が多くある。
それがいいことなのか悪いことなのかは別にして、そのことが考助を現人神としているのだというのが、シルヴィアがいま言ったことだった。
それはあくまでもシルヴィアの推測でしかないが、言われてみればフローリアにも納得できることではある。
しみじみとした顔で自分を見て来たフローリアとシルヴィアに、考助は焦った表情になった。
「・・・・・・ええと? つまりはどういうことでせう?」
ふたりの視線になんとなく居心地の悪さを感じた考助は、誤魔化すように視線を逸らす。
それを苦笑しながら見たフローリアは、首を左右に振って答えた。
「まあ、コウスケは今のままでいいということだな」
「そういうことですね」
何故かシルヴィアとフローリアにそう言われた考助は、曖昧な気分のまま頷くのであった。
戸惑う考助を余所に、フローリアが話題を元に戻した。
「とにかく、シルヴィアが言った通り、考助の認識によって眷属が変化を起こしたということでいいだろう」
「いや、待って。本当にそれでいいの?」
どうにも納得のいかない考助が、フローリアの言葉に疑問を口にする。
だが、シルヴィアがため息とともに続けた。
「仕方ありません。そもそも私たちには確認する方法などないのですから。・・・・・・もし本気でお知りになりたいのでしたら、直接聞かれた方がいいですよ?」
勿論、誰に確認するのかは言うまでもない。
「あ~、それはまあ、そうだよねえ」
彼女たちに答えられないことであれば、他の誰にも答えられないだろう。
だからといって、安易に質問するのは考助としても気が引けるのだ。
勿論、どうしても知りたいことであれば聞いた方がいいのはわかるが、今回の件に関しては、絶対に知らなければならないことでもない。
さてどうしたものかと悩む考助に、シルヴィアもフローリアもそれ以上は何も言わなかった。
どちらもあとは考助次第だと考えているのだ。
結局考助は、悩んだ末にアスラへと連絡を取った。
アスラから返ってきた答えは、「(シルヴィアの推測で)間違っていないわよ」というものだった。
アスラの答えを聞いたときは、どうしてそうなるんだと問い詰めたくなったが、結局その場ではなにも詳しいことは聞かずにその場は引き下がるのであった。
相変わらずの考助でした。
進化については、考助の意識していないところで、眷属たちに(変な?)力が流れ込んでいると考えていいです。




