(6)進化の割合
現人神にとっての三種の神獣が決まったからと言って、考助の生活になにか大きな変化があったわけではない。
強いて言うなら指定した三種の眷属のところに行くと、いままで以上に熱烈歓迎を受けるようになったくらいである。
それもごくわずかな変化で、考助自身はまったく気付かずに、久しぶりに一緒に眷属の拠点を訪ねたピーチから言われて、ようやく思い至ったくらいの変化だった。
常に考助と一緒にいるコウヒとミツキが分かっていなかったので、むしろ気付けたピーチのほうが変化に敏感だったと言える。
それもピーチに言わせれば、「むしろしばらくぶりだったから気付けたのだと思います~」ということになるのだが。
それはともかくとして、神獣の決定は考助にとってその程度のことでしかなかったし、これからもそうだろうと勝手に思い込んでいた。
そんな考助の甘い考えは、シルヴィアたちと話をしてからひと月後に打ち砕かれることになるのであった。
その変化に真っ先に気付いたのは、当然というべきか、意外というべきか判断に悩むところだが、ピーチであった。
シルヴィアが最初でなかったのは、ピーチの勘が鋭いという種族の特性が活きた結果だ。
子供を乳母に預けて自身の管理する塔を見てきたピーチが、首をひねりながら考助に問いかけてきたのだ。
「・・・・・・コウスケさん、北東の塔に眷属の召喚をしましたか~?」
「いや? 特になにもしていないけれど?」
ここ最近の考助は、アマミヤの塔にも召喚陣の設置は行っていない。
ましてや、他の塔に手を出すほど時間的な余裕があるわけでもない。
当然、北東の塔に召喚陣を設置するなんてことはしていなかった。
「そうですか~」
考助の返答にピーチは首をひねった。
その様子に気付かないほど、考助も鈍くはない。
「なにかあったの?」
「はい~。・・・・・・気のせいかもしれませんが、眷属たちの進化する割合が増えているような気がしたのです」
「はい?」
ピーチの申告に、考助は思わずといった感じで目が点になった。
考助が塔の管理をするようになってから既に二十年以上が経っている。
そのため、眷属たちの進化の度合いも、それぞれの種族によってある程度の範囲で予測ができるようになっていた。
具体的に例を出せば、灰色狼の場合は、三~四割程度が進化するというのが経験上の数値だった。
これは、召還を行った狼だけではなく、自然に生まれて来た狼を含めた数値だ。
もしかしたら、なにかの設置物を増やすことによって、その割合も変わってくる可能性もあるのだが、残念ながらいまのところ劇的に増やすものは見つかっていない。
結果として、進化に関してはこれ以上の変化はないだろうというのが、メンバーたちの共通の見解となっていた。
勿論、割合を増やすなにかが無いか、ずっと探し続けられてはいるが、見つかっていないのが現状だ。
ピーチの報告は、その現状を覆すものだったのである。
一瞬ピーチがなにを言ったのか理解できなかった考助だったが、すぐに驚きの表情になった。
「ほんと!?」
「はい~。ここ数年は上位種の割合は変化がなかったのですが、いま確認したらどうにもそれが増えているようなんです」
「それ、どこ! いますぐに行こう! ・・・・・・あ、時間は大丈夫だよね?」
すぐにでも北東の塔に行こうと立ち上がった考助だったが、ピーチを振り返って確認した。
ピーチが忙しいのは考助にもわかっているのだ。
「勿論、大丈夫ですよ~」
そんな考助に対して、ピーチは笑顔を浮かべて頷くのであった。
ピーチが考助を案内したのは、北東の塔の狼がいる階層だった。
階層に散らばっている狼をまんべんなく確認した考助は、唸るようにして呟いた。
「・・・・・・確かに、増えているね」
「やはりそうですか~」
考助が出した結論に、ピーチも安心して頷いた。
道具をつかってきちんと種族を確認していたが、見逃しであったり勘違いがあった可能性もあったのだ。
「大体六割程度は、上位種になっているよね?」
「そうですね~。私が確認したときもそんな感じでした」
正確な数を数えたわけではない。
ただ、考助とピーチのふたりが同じように感じたということは、ほぼ間違ってはいないだろう。
そうなると幾つか気になって来ることがある。
「・・・・・・この階層だけかな?」
「いいえ~。別の狼がいる階層も同じでした。ただ、他の眷属は変わっていないようです」
ピーチのその言葉に、考助は首を傾げた。
「狼だけ? それはまた、どういうことだろう?」
他の階層でもまんべんなく割合が増えているのであれば、塔全体で何かがあったのだと推測できるのだが、狼だけとなるとなにか他の要因が考えられる。
ただし、狼の階層だけに特別に何かの設置物を置いたということは無い。
ひとしきりその場所で原因を考えていた考助だったが、なにも思い当たらずに首を左右に振った。
「・・・・・・駄目だな。まったくわからないや」
そう言いながら諦めたようにため息をついた考助に、ピーチがおずおずといった様子で考えを切り出した。
「あの~、もしかしたらなのですが・・・・・・」
「え? なに? 何か思い当たるものでもあるの?」
考助の問いかけに、ピーチはコクリと頷いた。
「はい~。最近狼は、コウスケさんの神獣に定めましたよね?」
そのピーチの言葉に、考助は一瞬だけ虚を突かれたような顔になった。
「・・・・・・あ~、そんなこともあったね。そういえば」
そんなことを言った考助だったが、別に神獣を決めたことを忘れていたわけではない。
まさか眷属の進化に影響するとは、かけらも考えていなかったのである。
「そうなると、北東の塔だけじゃなくて、全体的に確認したほうがいいのかな?」
「そうですね~」
狼を神獣に定めたことが進化に影響を与えているのだとすれば、当然他の塔でも同じような変化が見られるはずだ。
そう考えた考助の言葉に、ピーチも同意して頷くのであった。
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結論からいえば、ピーチの予想は間違っていなかった。
北東の塔の確認を終えた考助は、すぐにアマミヤの塔で眷属たちの様子を調べた。
ただし、アマミヤの塔は階層が多い上に眷属の数も多いので、全てをまんべんなく調べたわけではない。
数日かけて、神獣に指定した狼、狐、スライムの上位種の割合を調べて、その他の眷属もいくつか抜粋して調査した。
その間に、女性陣には他の塔で同じように進化の割合を見てきてもらっていた。
その結果として、神獣に指定した三種の眷属が進化の割合が増えているという結論に達したのである。
「うーん。これは予想外だったけれど、喜ぶべきなのかな?」
微妙な表情でそう言った考助に、シルヴィアが不思議そうな顔で首を傾けた。
「上位種が増えているのですから喜ぶべきことではないのでしょうか?」
「ああ、うん。そのこと自体は、僕も否定しないよ。でもさ、進化の割合を増やすのに神獣を定めることが必要って、ひどくない?」
この考助の言葉にシルヴィアはますます意味が分からないといった顔になった。
それを見た考助は、さらに説明を続ける。
「だって、塔の管理をするのに眷属の進化は、ほぼ必須と言っていいのに、それを楽にするためには神になっている必要があるんだよね?」
その説明を聞いたシルヴィアは、ようやく考助がなにを言いたいのかが理解できた。
「・・・・・・すでにコウスケ様は神となっているのですから、それはあまり考えても仕方ないと思います」
「いや、まあ、そうなんだけれどね」
シルヴィアの言葉に、一応納得しつつ頷いた考助だったが、その表情はどうにも納得のいかないようなものなのであった。
ただ神獣を定めただけで終わるわけはありませんでしたw
ちなみに、最後に考助が(*´з`)ブー垂れていますが、塔を管理していくうえで進化種をどうやって増やしていくかが重要なので、そもそも神様になっていることは前提条件にはありません。
あくまでも、塔にとっては神獣指定による割合の増加はおまけ要素です。




