(11)現人神の神獣
神々には、それぞれ神獣と呼ばれる使いがいる。
それは、移動用の乗り物としてだったり、単に愛玩用だったりと用途はいろいろ語られているのだが、どの神にも一種類の神獣がいるというのが常識なのだ。
もともとは地上に存在していた獣たちが、神々の住まう神域で暮らしていくように許されたのを神獣と呼んでいたりもする。
遥か昔には、色々な種族の歴史上の神がいて、その中に神獣と呼ばれるような強大な力を持った獣たちがいたと言われている。
それらの神獣を統べるために神々が手を差し伸べたという話もあるほどだ。
その話の真偽はともかくとして、現在の神殿の教えの中では、女神たちが神獣を従えているのはごく当たり前のことなのである。
一方で、考助の場合は、そもそもの成り立ちからも普通の神からは一線を画している。
そのため、いままでは神獣がいなくとも特になにも言われずに済んできたというわけだ。
というよりも、それ以外に神殿の扱いなどの型破りなことをやってきたので、見過ごされてきたともいえる。
そのため、これを期に神獣を決めてしまおうというのが、ココロの狙いだった。
シルヴィアとココロから交互に話を聞いた考助は、フーンとどうでもいいことのように相槌を打った。
実際、考助にとっては、信仰的な意味で自分に神獣がいようがいまいがどうでもいいことなのだ。
その考助の反応に、シルヴィアが小さく笑ってココロを見た。
「ほら。だから言いましたよね?」
「そうかもしれませんけれど・・・・・・神殿にしろ神社にしろ、神獣を飾らないことはあり得ませんよ?」
考助の反応に微妙な顔になったココロだが、ここで負けてはだめだと己を奮い立たせてそう言った。
神殿や神社におかれる神獣の像は、いわばその建物の守り神的な位置づけで置かれている。
建物そのものを守るのが神自身で、その周辺を守るのが神獣であるという考え方なのだ。
その考え方でいけば、百合之神宮のように建物だけではなく周辺も含めて一帯を神域のように見立てる場合は、神獣の存在は必須といっていい。
その話をココロから聞いた考助は、ようやく納得したような顔になった。
「あ~、なるほど。神域を守るのが神獣の役目なのか」
「それだけではなく他にも役目はありますが、少なくともコウスケさんの神獣にとっては、それが一番の役目になるのではないでしょうか?」
そう説明したシルヴィアも、実際に百合之神宮に神獣を配置することになるとは考えていない。
当たり前だが、世界中にある神殿には、実際に神獣がいるわけではない。
神獣を定めて祀るのは、あくまでも象徴的な意味でしかないのだ。
シルヴィアの言葉に頷いた考助は、別の疑問を持つことになった。
「ということは、僕にとっての大事な場所であるこの塔を守る意味での神獣を考えてもいいということだよね?」
その考助の言葉に、思わずといった感じでシルヴィアとココロが顔を見合わせた。
塔(の階層)を守る神獣というのは、今まで聞いたことはないが、確かに考助の言ったことは間違っていない。
むしろ塔の中にいる眷属たちのことを考えれば、それが正しいともいえる。
「・・・・・・確かに、そうなりますわね」
「そうですね。お父様の場合は、そう考えることもできますね」
そもそも塔を支配している神などいなかったのだから、新しい考え方があってもおかしくはない。
それであるならば、考助の眷属たちをそのまま塔の守り神として祭ってしまうというのもありだというのが考助の考えだった。
ちょっとした思い付きの自分の言葉に、真剣な顔で悩み始めたシルヴィアやココロを見て、考助は内心で少し焦りながら答えた。
「いや、ちょっと待って。今のはただの思い付きだから、そんなに慌てて考える必要はないと思うよ」
「・・・・・・それもそうですわね」
少々先走ったことを考えたと自覚したシルヴィアが、考助の言葉に頷いた。
「それよりも、いまは神獣の話をした方がいいんじゃないの?」
「そうでした。・・・・・・それで、お父様、ではなく、現人神様はなにか思い当たりはありませんか?」
実の娘から現人神呼ばわりされた考助は、内心でむず痒さを覚えながらも首を左右に振る。
「そう言われても、そもそもどんな条件で神獣になるのかも分からないしなあ。思い当たりといえば、ナナくらいしかいないよ?」
ナナは、そもそも種族として神獣になっている。
考助の使い(?)として扱われても、むしろ大喜びするのがナナなので、選んだとしても文句はないだろう。
そう考えての考助の言葉だったが、シルヴィアが首を左右に振った。
「コウスケさん、先ほども言った通り、この場合の神獣というのは、あくまでも象徴的な意味合いです。別に種族で神獣になっている必要がありません」
「あとは、ひとつに絞る必要なないですね。というよりも、百合之神宮の配置を考えれば、三種類くらいはいたほうがいいです」
シルヴィアとココロ、それぞれの助言に、考助はお手上げのポーズをとった。
「そうなってくると、僕じゃあ選べないよ。そもそもどういったのが神獣となっているのかも分からないんだし。ふたりに任せる」
結局そう言って丸投げしてきた考助に、シルヴィアとココロは半分呆れ、半分納得したような表情になった。
このまま考助に選ばせようとしても話が進まないと考えたシルヴィアは、自分が考うる提案を考助にすることにした。
「神獣は、なにもひとつの個体、種族に絞って選ばれているわけではありません。ですから、コウスケさんの場合も、狼とか狐とかを選ばれた方がいいですわね」
「それは私も考えました。でも、あとひとつが思い浮かばないです」
シルヴィアの言葉に、ココロも同意を示しつつ自分の意見も述べた。
別に三種類にこだわる必要はない。
だが、繰り返しになるが、百合之神宮のことを考えれば三種類いたほうが望ましいというのがココロの考えだった。
それはシルヴィアも同じことで、もう一種類は何が良いかを考え始めている。
シルヴィアの顔を見た考助は、すでに狼と狐は決まりでいいのかと心の中で考えていた。
考助としても、自分の神獣候補としてどれかを必ず上げろと言われれば、そのふたつは間違いなく上げただろうからそれに対しての文句はまったくない。
問題なのは、ココロが言っている通り、三種類目をなににするかということだ。
塔の中で召喚している眷属は、ゴブリンやスライム、飛龍など他にもたくさんいる。
ただし、その中で三番目を選ぶとなると中々に難しいのである。
三人が、揃って首を傾げて頭を悩ませる中、自己主張するようにピョンピョンと飛び跳ねているスーラが考助の視界に入った。
「・・・・・・スライムかあ・・・・・・」
考助がそう言ったっきり、三人はしばらく黙っていたが、やがてお互いに顔を見合わせた。
「・・・・・・・・・・・・やっぱりそう思う?」
考助が確認するようにそういうと、シルヴィアとココロも頷いた。
そもそも考助は、塔の階層のひとつを丸々使ってまで、スライムのための島を作るほどだ。
そんなことをするのは、世界広しと言えど考助以外にはいないだろう。
それに加えて、リンという普通ではありえないスライムも考助の眷属として存在している。
そうした諸々のことを考えれば、ゴブリンなどの眷属もいるにはいるが、スライムは考助の神獣としてはらしい種族といえるだろう。
何よりも、シルヴィアが知る限り、他の女神たちの中にスライムを神獣として選んでいる者がいないというのも大きなポイントだ。
もし考助がスライムを神獣として認めれば、スライムにとっては初めての快挙となる。
「そういうわけで、スライムでいいでしょうか?」
「私は構いません」
「僕も反対はしないよ」
三人の意見が一致したところで、三番目の神獣が決定することとなった。
ちなみに、悩んでいる考助の視界にスーラが飛び込んできたのがただの偶然なのか、それとも狙ってのことなのかは、このあとも誰にも分からないままなのであった。
まさしく神のみぞ知る、です。




