(5)常識外の存在(スーラ)
リクが率いる『烈火の狼』は、すでに若手の中では並ぶ者がないと言えるほどの人気と実力を持つようになっていた。
実力だけ見ても、アマミヤの塔の中で活動しているパーティ全体でみても十指の中に数えられるのだ。
いずれはトップに立つのも間違いないというのが、周囲の大方の意見だった。
アースガルド全体でも見た場合、セントラル大陸の冒険者のレベルが一段上にあることはすでに一般的な常識となっていた。
その中でもアマミヤの塔で活動している冒険者たちのレベルが高いこともだ。
そこでトップのパーティとなれば、世界全体でみても強者であることはいうまでもない。
アマミヤの塔に本部を置いているクラウンでトップに立てば、世界中の冒険者のトップに立つことになる。
そう噂されているのも当然の結果だ。
ちなみに、現在あるパーティでこれがトップだと言われているところは無い。
というのも、『烈火の狼』も含めて十番目以内に入れるようなパーティは、どこも横並びで称されることが多いためである。
良く言えば実力伯仲、悪く言えば団栗の背比べといったところだろう。
そんな『烈火の狼』だが、そのメンバーは自分たちがトップクラスの冒険者であることは認めても、実際にトップに立てるとはかけらも考えていなかった。
その理由というのは、
「ほれ。そろそろ休憩も十分じゃろ?」
「そうだな」
彼らに向かってそんなことを言ってきたシュレインとフローリアにある。
「「「「「ふわーい」」」」」
ふたりに急かされて、リクを除いた『烈火の狼』の面々が立ち上がった。
いま『烈火の狼』は、管理層にある訓練場でシュレインとフローリアに稽古をつけられているのである。
『烈火の狼』が、たったふたりを相手に情けない姿をさらしているところを見れば、眉を顰める者は多いだろう。
だが、当の本人たちはいたって真面目に訓練を行っている。
これでも最初の頃よりは、はるかにましになっているのだ。
なぜなら最初はシュレインひとりだけを相手にして勝つことができなかったのだから。
それを考えれば、しっかりと成長しているといえる。
そして、これが『烈火の狼』の面々が、自分たちがトップに立てると考えない理由のひとつであった。
要は、どうあがいても、少なくとも今の実力では太刀打ちできない相手がいることを体の隅々まで教え込まれているのである。
シュレインとフローリアに立ち向かっていく様子を彼らのリーダーであるリクが、少し離れた場所で苦笑しながら見ていた。
リクが離れたところにいるのは、パーティの連携を外側から見るためや戦力のバランスを考えてのことである。
流石にいくらシュレインとフローリアのふたりがいるとはいえ、リクがパーティに加われば、簡単に勝つのは難しくなってくる。
それでは訓練にならないので、敢えてリクは外れているのだ。
ついでにいえば、リクは来ようと思えばいつでも管理層に来てひとりで訓練を受けられるので、敢えて加わる必要が無いともいえる。
本来であれば強者を相手に六人全員での連携を確かめたいところだが、シュレインたちの事情もあるのでそうもいかないのである。
そんなリクのところに考助が近寄って話しかけてきた。
「リク、ちょっと頼みたいことがあるんだけれど、いい?」
「何かあった?」
珍しい考助からの頼みごとに、リクは首を傾げた。
「いや、大したことじゃないんだけれどね。今度冒険に出るときに、一緒に連れて行ってもらえないかと思ってね」
「・・・・・・はいっ!?」
それのどこが大したことじゃないんだと、リクは内心で盛大に突っ込みながら驚きの声を上げた。
考助であれば、わざわざ自分たちのパーティに加わらなくても、コウヒとミツキを連れて行けばどこにでも行くことができる。
なぜそんなことを言い出してきたのかがわからなかったのだ。
そんなリクを見て苦笑しながら考助は、理由を話した。
「いや、単にモンスターの素材がほしいだけなら頼まないんだけれどね。今回はスーラの力が知りたいんだよ」
そう言いながら考助は、自分の頭の上に乗っているスライムを指した。
自分のことを話題に出されたのが嬉しいのか、スーラはそこで嬉しそうに飛び跳ねている。
「その子の? いや、それでも別に俺たちのパーティに加わる必要はないのでは?」
リクがスーラと会うのはこれが初めてだ。
考助がスライムを管理層に連れてくるのは初めてなので、普通のスライムとは違っているというのは理解できる。
ただ、それでもスーラがどれほどの力があるかまではわかっていない。
考助はリクの言葉に頷きつつ、別の目的についても話した。
「いや、そうなんだけれどね。ただ、カーリたちにも見せておいた方がいいかと思ってね」
その説明でリクも考助がカーリたちにとっての訓練の一部であることを察した。
同時に、スーラがその小さな体に関わらずかなりの実力を持っていることも理解できた。
それであるならば、リクとしても断る理由はない。
というよりも、むしろ自分からお願いしたいところだ。
「なるほど。・・・・・・といっても、いまは次に何をするか決まっていないからな。どうしたもんか」
そう言いながら腕を組んで考え始めたリクに、考助が軽い調子で応じた。
「別に難しく考える必要はないんじゃない? 目的はあくまでもスーラの実力を見ることだし。赤字にならない程度に依頼を受ければ?」
「・・・・・・なるほど。確かにそうだ」
考助の場合はスーラの実力確認、リクの場合は自分も含めて仲間たちにスーラの実力を見せること。
それさえ達成できれば、そもそもの目的は果たせるのだ。
それであるならば、難しく考える必要はないのである。
考助の言葉に納得したリクは、このあとのことについて算段するために、しばらく頭を悩ませるのであった。
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シュレインたちとの特訓を終えた翌日。
塔の第四十三層に『烈火の狼』の面々の姿があった。
その階層を遠足気分にできるほどに彼らの実力は上がっている。
勿論それは、セーフティエリアの存在も大きいのだが、それはともかくとして、その彼らをして呆然とさせる事態が目の前で起こっていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・リク」
「言うな。流石にこれは俺も予想外だ」
呆れていいのか驚いていいのかへこんでいいのか、とにかく様々な感情を混ぜ込んだ顔になっているカーリに、リクも渋い顔になって答えた。
いま、彼らの目の前では、第四十三層に出てくるモンスターを相手に、考助の従魔が戦っていた。
アマミヤの塔の第四十三層ともなれば、出てくるモンスターは中級モンスターでも中位くらいのレベルになる。
そのモンスターを相手に、一匹のスライムが渡り合っていることなど、彼らの常識からすれば異常の一言だった。
しかも、ぎりぎりの戦いをしているわけでもなく、ある程度の余裕を持って戦っているのだ。
「・・・・・・父上が俺たちに見せたいと言ったのも納得だな」
「・・・・・・それだけで済ませていい問題でもないと思うわよ?」
呻くようにして言ったカーリに、リクは肩をすくめて見せることで答えを返した。
リクにとっては考助の常識外っぷりは身に染みているので、今更ということになる。
スーラの存在にも驚きはしたが、それだけだ。
ただ、それと同時にカーリの言い分にも十分に納得できる。
結局のところ、リクとしてはそうすることしかできなかったのであった。
今回は考助にではなく、スーラに度肝を抜かされた一同でした。
彼らはまだ、リクのように「考助のそばにいる存在だから」という一言で割り切れるほどの感覚は持っていませんw




