(3)スーラの不思議な生態
スーラは、テーブルの上に置かれた小さなモンスターの肉やら素材のかけらなどのところにまでプニプニと動いていき、すぐ傍まで来るとひょいと体の中に取り込む。
スライムには発声器官はもとより、はっきりとした口が存在しているわけではない。
獲物の近くまで行って体全体で覆いかぶさることにより、体内に取り込んで消化していくのだ。
それだけならごく普通に知られた知識とまったく変わらない。
わざわざスーラの餌となりそうな物を用意してまで、考助たちが見たかったのはそのことではない。
「・・・・・・うーん。見事に避けているね」
「そうだな。どういう基準になっているのだ?」
うなるような考助の言葉に、フローリアも感心したように頷いている。
いまふたりの視線の先にあるのは、もぞもぞと動きながら考助たちにとってのゴミを食しているスーラとそのあとに残された素材だ。
スーラは謎の基準によって、しっかりと考助たちにとって必要な素材だけを避けるようにしながら、ゴミとなる物だけを消化していっているのだ。
「大きさ・・・・・・はどう考えても違うしなあ」
置かれた素材の中には、スーラが消化中の素材よりも小さな希少素材もある。
スーラはそれには手をつけずに、しっかりと避けて移動しているのだ。
「素材の中に内包されている魔力、とかでしょうか?」
自信なさげにそう言ったのはシルヴィアだ。
ただ、その様子を見ても正解だと思っていないのは明らかだ。
「間違いではないけれど、正解でもないといったところかな?」
考助としてもシルヴィアが言ったことは考えていたが、それだけで正解だとは思えなかった。
見守っている全員で首を傾げながらスーラを観察していたが、考助はふとあることを思いついた。
「スーラ。ちょっとおいで」
考助がそう呼びかけると、スーラはすぐに食事を取りやめてポヨンポヨンと移動してきた。
飛び跳ねながら寄ってくるその姿は愛らしいの一言だが、実はスーラがいつの間にか覚えていた方法だった。
それ以前は、ズリズリと這いずりながらの移動だった。
そして、考助の傍まで寄ってきたスーラは、最後にピョンと考助が差し出した手の上に乗った。
考助の手の上でプルプルと震えているその姿は、まるでそこが自分の定位置だと主張しているようにも見える。
もっとも、実際にスーラがそう考えているかどうかは分からないのだが。
考助は、右の手のひらの上にスーラを乗せたまま、テーブルの上にあった希少素材を左手で取ってスーラの傍に寄せた。
スーラは、考助が左手を傍に寄せても何の反応も示さなかった。
だが、考助が一言「これは食べてもいいよ」と声をかけると、嬉しそうに(?)左手に飛び乗りその希少素材を食べ始めた。
「・・・・・・食べたね」
考助は、そう言いながら、お食事中のスーラを邪魔しないようにテーブルの上に乗せた。
「許可があれば食べるのか」
「食べられないというわけではなさそうですね」
スーラがどう選別しているのか益々分からなくなり、フローリアとシルヴィアも悩ましい表情になる。
「単純に、人の目に付かなそうな端っこにある物だけを食べているわけじゃないだろうしねえ」
「いまの結果を見る限りではそうだろうな」
「私たちに必要な素材も避けているので、主であるコウスケさんの思考を読んでいるというわけでもなさそうですし」
考助たちは、一度それぞれの顔を見回してからウーンと唸った。
その状態で一分ほど経ってから考助は諦めたように首を左右に振る。
「だめだ、やめた。いくら考えても分からなさそうだ。スーラは、部屋のお掃除屋さん、それでいいじゃない」
あっさりとした考助の言葉だったが、フローリアもそれに同調するように頷いた。
「それもそうだな。何か実害があるわけでもなさそうだしな」
「何かあったとしても、この様子だときちんと教えれば、大丈夫そうですしね」
シルヴィアも割とあっさりとそう納得してしまった。
実際、スーラのエサの選別方法を知ったからといって、自分たちの生活に大きな影響があるわけでもないのだ。
別に無理して突き止める必要性もないのである。
ちなみに、スーラは妖精言語のスキルを持っているため、シュレインやコレット辺りに聞いてみるということもできなくはない。
それを敢えてしていないのは、今までやっていた調査が暇つぶしだったからだ。
三人が割とあっさりと諦めたのもそのためである。
結局、スーラの餌選別方法は、このあとも分からず仕舞いのまま謎の生態のひとつとして放置されることとなるのであった。
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「ご存じなかったのですか!?」
考助から話を聞いたシュミットは、そう言いながら目を丸くした。
実は、クラウンではスライムを使って部屋の清掃に役立てる方法は、割と早くから研究されている分野だったりする。
そのため、すでに一部のスライムは商品化されて、売り出されていたりするのだ。
「いや、全然知らなかった。クラウンはいつから気付いていたの?」
「それこそ以前に、コウスケ様がスライムを素材用として飼えないかと提案されたときです」
「あー、あったね、そういえば」
考助自身はすっかりそのことを忘れていたが、確かにシュミットが言った通りスライムを飼うように提案したことはある。
「きっかけは、スライムの飼育方法を研究していく段階で、飼っていた厩舎が妙にきれいになっていることに目をつけたそうです」
きっかけとしては、考助たちとまったく同じだった。
スライムがいる部屋がきれいになっていることとふたつ名を思い出せれば、その両者を結び付けることは簡単だ。
考助たちでなくとも有効利用しようと考えるのは、当然のことだろう。
シュミットにしてみれば、考助が今更そんなことを言い出すことに驚いているが、同時に納得できることでもあった。
「たまには上級モンスターだけではなく、ありふれたモンスターに目を向けてもいいのでしょうね」
「まったくもってその通りですね」
シュミットの言い分には考助も苦笑するしかない。
塔の管理を始めたばかりの頃はともかく、いまの考助の周りには高位ランクのモンスター(眷属)しかいない。
低級モンスターの生態について知る機会など、ほとんどないのだ。
もっとも、スーラに関しては、持っているスキルを考えれば低級モンスターに区分するのは間違いなのだが。
折角の機会とばかりに、シュミットはスライムの別の活用方法も考助に話すことにした。
勿論、単に話をするだけではなく、それらの話をすることによって、考助らしい発想をすることに期待しているのだ。
「あとは、まだ研究段階ですが、田畑の管理に使えないか生産部門で実験されているようです」
「あ~、なるほど」
考助は、ゴブリンたちがスライムを使った農法を確立しているのを思い出しながら頷く。
それを見ながらシュミットは、考助にも何か思い当たることがあるのだと察した。
それでもそれ以上深くは聞こうとしない。
それが、今までの考助との付き合いで培ってきたシュミットにとっての処世術なのだ。
もっとも単純でもっともよく知られていると言われているスライム。
そのスライムでさえ、まだまだ未知の部分があり、人にとっても役に立てることが多くある。
考助は管理層に来たスーラを見て、改めてそう思うのであった。
ちなみに、スライム(スーラ)の形は敢えて指定していません。
ご想像にお任せいたしますw




