(2)お掃除屋
リンから預けられたスライムは、スーラと名付けた。
手乗りサイズのスーラは、どこかの階層に放すわけではなく、管理層に持ち帰ることにした。
せっかくリンが呼び出してまで考助に預けてきたのにスライム島に放すようでは意味がないし、他の階層だと分裂したばかりでは生き残れるかどうかわからなかったためだ。
そして、管理層に戻った考助の手の上に乗るスライムを見たシュレインが一言、
「なんだ? 今度はスライムの素材でも使って何かやるのかの?」
「いや、違うから。スライム島のリンが、自分から分裂したのを寄越してきた」
シュレインもリンのことはわかっている。
ただし、そのリンが何の目的でそんなことをしたのか分からずに、首を傾げた。
「リンが? それはまた、なぜだ?」
「さあ? さすがにそこまでのことはわからないよ」
意思疎通のスキルとボディランゲージで、ある程度の会話が成立するとはいえ、細かいことまで分かるわけではない。
リンも考助にスーラを渡した時点で満足したのか、詳しい説明をしようとはしなかった。
そのため、考助もリンの目的まではわかっていないのである。
そもそもスライムと意思疎通を図れるだけでもおかしなことだと思い出したシュレインは、納得した表情になった。
「それもそうか。それにしても・・・・・・随分と小さいの」
スライムとしては別に珍しい大きさではないが、リンから分裂したにしては小さい。
基本的にスライムの分裂は、等倍になるものなのだ。
「確かにね。でも、単にそういう種族もいるっていうだけじゃないかな?」
「まあ、現に目の前にいる以上、そうなんじゃろうな」
そもそもリンの種族でさえ、一般に知られているものではない。
それを考えれば、分裂の仕方が違ったとしても何の不思議もない。
誰もが良く知るはずのモンスターでさえ、初めて知ることは多くある。
それは、考助もシュレインも塔の管理、もっといえば多くの眷属を見てきてわかってきたことだ。
リンの目的については考えても仕方ないと切り替えたシュレインは、別のことを考助に聞くことにした。
「それで、やはりこやつは管理層で飼うのかの?」
シュレインは、そんなことを言いながら右手の人差し指でプスリとスーラを刺した。
軟体生物らしくシュレインの指はめり込んだ。
唐突なシュレインの行動にもかかわらず、スーラは逃げることすらしなかった。
普通のスライムであれば逃げ出してもおかしくはないのだが、それすらしないということは、スーラが普通とは違ったスライムだということがわかる。
考助は、それを確認しながらシュレインの問いに頷いた。
「それが一番いいしね」
「そうだろうの。これだけ小さいと放したあと探すのも大変だろうし」
「ああ、そうか。それもあったか」
名前を呼んですぐ来てくれればいいが、そうでない場合は、探すのも大変になるのだ。
ふたりが話をしている間に、スーラは考助の手からぴょんと肩に飛び乗った。
そして、そのままの勢いで考助の頭の上に移動してきた。
普通であれば、頭の上に着地したときにそれなりの衝撃があるはずなのだが、不思議なことに考助はそれをほとんど感じていない。
勿論、触れている感覚はあるので、スーラが頭の上にいることはわかっていた。
例えていうなら、羽毛が頭の上に落ちてきているような感覚だ。
ただスーラがいることは、対面で話をしているシュレインの視線が、考助の頭の上にあるのだから間違いようがない。
何とも愛らしいスーラの仕草に、シュレインの顔がフッと和らいだ。
「この様子を見る限りでは、他の者たちも問題なく受け入れるじゃろうな。・・・・・・だが、早めにクロには会わせておいた方がいいと思うがの」
「言われなくてもわかっているよ。このあとに行くつもりだった」
眷属であれば、スーラが同じ眷属であることはすぐに見分けることができる。
だが、クロの場合は、眷属ではないのできちんと教え込まないといけないのだ。
各階層に住んでいる眷属ならともかく、管理層で生活することになるスーラは、事故が起こったりしないように考助がクロの前に連れて行く必要がある。
白狼王のテンがいるため滅多なことは起こらないが、それよりも先に考助が教え込んだ方が速いのだ。
「そうか。だったらここで無駄話をする必要もないかの」
シュレインはそう言いながらちらりと視線を考助の神域に行ける場所へと向けた。
なによりも先にクロのところに行くべきだ考えているのが、それだけで分かる。
もっともそれは考助も同じことだ。
「まあ、無駄かどうかはともかくとして、早い方がいいのは確かかな?」
「そうじゃの」
考助の言葉に頷きを返したシュレインは、早速とばかりに歩き出した。
何の目的があるのかは不明だが、考助と一緒に見届けるつもりなのだ。
考助としても別に止める必要性も感じられなかったので、素直にシュレインのあとに付いていくのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
クロとの対面を無事に果たしたスーラは、当然のように他の女性陣に受け入れられて管理層で過ごすようになった。
その結果、考助たちが予想していなかったことがあった。
「・・・・・・これは便利だね」
「そうだの」
考助の言葉にシュレインが頷き、シルヴィアが首を傾げた。
「少し考えれば分かることでしたが、なぜ誰も思いつかなかったのでしょうね?」
「まったくだ。世にはテイマーたちもいるだろうに」
若干あきれたような口調で言ったフローリアの視線は、忙しそうに管理層の床を這いまわっているスーラがいた。
スーラは、この数日ですっかり管理層のアイドルと化していた。
愛玩動物といった感じで受けいれられていたスーラだった、その間に管理層でちょっとした異変が起こっていた。
最初に気付いたのは、管理層全体の清掃を請け負っているコウヒだった。
コウヒはスーラがいる部屋が、妙にこぎれいになっていると考助に申告してきたのである。
ここ数日スーラは、考助がいるところには大抵ついてきていた。
といっても、考助の作業や休んでいるところを邪魔することはなく、部屋のどこかでごそごそとしていたり、一緒に休んでいたりしていた。
考助にしてみればそれ以上のことはなく、特に気に留めてもいなかったのだが、コウヒの言葉でその認識を改めることになったのだ。
そしてこの日、部屋にいるスーラが何をやっているのかということを突き止めるべく、皆で監視をしていたのだ。
その結果、部屋がきれいになる実に単純な理由が分かったのである。
「・・・・・・お掃除屋、か」
ぽつりと呟かれたフローリアの言葉に、全員が頷いた。
自然の中で最弱の代表であるスライムだが、それと同時にどこにでも発生してありとあらゆるものを食すことで知られていた。
その性質からフローリアが言ったふたつ名がつけられていたりするのだが、それはどちらかといえば不名誉な扱いで使われることが多い。
だが、その名前も今の光景を見ている限りでは、別の意味でつかわれることになりそうだ。
彼らの目の前で一心不乱にごそごそと動いていたスーラは、人の手では届かないようなところに潜り込んでは、その場所をきれいにしていたのである。
勿論、スーラにしてみれば食事の一環でしかないかもしれないが、それでもその結果を知った考助たちにしてみれば、十分すぎるほどの能力だ。
何しろ、普段誰もいない部屋に放し飼いにしておけば、自動的に掃除をしてくれるということに他ならない。
勿論、食べたら駄目なものなのか、スーラにきちんと区別できるのかどうかなどの問題はある。
本当に今の状態で放置していていいのか、しっかりと見極める必要があると考助は目の前で動くスーラを見ながら考えるのであった。
タイトルで誰のことかすぐにわかりますよねw
今まで書いていたようで書いていなかった(はず)の話でした。
書いていたらごめんなさい。




