(1)分裂!
その日、いつものようにくつろぎスペースでだらけていた考助は、不思議な感覚を覚えて思わず身を起こした。
考助の突然の動作に、傍にいたコウヒが珍しく驚きの表情を示した。
「主様?」
わずかに警戒したような顔でコウヒが問いかけてきたが、考助はそれに答える余裕はなかった。
通常の五感とは違った感覚で、考助は何かを感じとったのだ。
すぐ傍にいるコウヒがまったく感じ取れていないのは見ればわかるので、明らかに考助を狙っていることはわかる。
ただし、少なくともその感覚には、攻撃的な意思は感じ取れない。
勿論、初めてのことなので、考助の感覚が間違っている可能性もあるが、いまは判断のしようがない。
さて、どうしようかと一瞬悩んだ考助だったが、すぐにそれは解決することになった。
というのもいま受けている感覚が、以前にも経験したことがあると思い出したのだ。
「・・・・・・あれ? もしかしなくても、リン?」
リンは、スライム島に君臨している王者のスライムのことだ。
思わず口に出して答えてしまった考助だが、すぐに肯定の返事が返ってきた。
「いや、一体どうやって・・・・・・ああ、そうか。意思疎通の応用か」
コーたち飛龍とやり取りするときに使っている意思疎通のスキルは、スライムの中にも覚えている個体がいる。
当然のように、スライムたちの王というべきリンも意思疎通のスキルは覚えていた。
ただし意思疎通のスキルは、管理層にまで効果を発揮するようなものではなかったはずだ。
それがこうしてリンが意思を伝えて来たということは、何かそのための方法を見つけたか、あるいは別のスキルを身に着けたということだ。
そう考えた考助は、少し落ち着いてリンと意思疎通を行うことにした。
「それで、何かあったの?」
考助が言葉で対応しているのは、それが一番分かり易いからだ。
下手に感情だけで意思疎通を行おうとするよりもより相手に伝わりやすいのだ。
といっても、傍から見ればただひとりでぶつぶつ言っているだけの怪しい人でしかない。
本来の意思疎通は、飛龍たちのように近くで行うものなので、いまの考助は怪しさ満点だった。
たまたまくつろぎスペースにいたのが考助とコウヒだけだったので、何とか不審人物扱いされるのは免れる考助なのであった。
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シンシスライムのリンが意思疎通を使って管理層にいる考助との連絡を取ったのは、スライム島に来てほしいという要望からだった。
何があったのだろうと内心で首を傾げつつ、考助はすぐにコウヒを伴ってスライム島へと向かった。
そして、考助がリンのいる島の頂点に到着すると、スライムの主が考助へと体当たりをしてきた。
「うわっぷ。嬉しいということはわかったから、とりあえず落ち着こうか!」
危うく倒れそうになった考助は、慌てて踏ん張ってリンの体当たりを止める。
勿論、リンも本気で考助に体当たりを仕掛けてきているわけではない。
もしリンが本気を出せば、考助はそれだけで弾き飛ばされているだろう。
もっとも、その前にコウヒが間に割って入ってその攻撃は阻止されることになるのだが。
いまのコウヒは、また同じようなことをしているなとほほえましい気分で見ているだけだった。
考助の制止で突進をやめたリンは、何かを訴えるようにその場でピョンピョンと飛び跳ね始めた。
「うん。ちゃんと話は聞くから、まずは落ち着こうか」
興奮した様子のリンに、考助は苦笑しながら右手を上下させる。
それを見て考助の言いたいことを理解したのか、リンもその場での飛び跳ねるのをやめた。
「それで? どうしたの、一体?」
スライムのリンは、言葉を話すことはできない。
そのため、はっきりとした会話を行うことはできないのだ。
ただし、リンは考助の言葉の意味をわかっているので、あとは考助がリンのボディランゲージの意味をしっかりと読み取ればいい。
特にリンの場合は、そのボディランゲージが非常に分かり易いため、他の言葉の話せない眷属と違って会話がしやすかったりする。
幸いにして、今回のリンの伝えたかったことはすぐにわかった。
というのも、首を傾げた考助の前で、リンがいきなり小刻みにプルプルと震え出したのだ。
「えっ!? ちょっと待って」
何かの病気でも発症したのかと焦った考助だったが、リンが震え出した理由は三十秒ほど経ってから判明した。
その時間で震えが止まったリンは、いきなりニョンと瘤のような物を考助に向かって生やしたのだ。
そして、その瘤がいきなりプツンとリンから別れたのである。
どこかで見たことのあるようなその光景に、考助は思わず目をぱちくりさせながら分かれた方の瘤(?)に向かって手を差し出した。
「あ~。これはもしかしなくてももしかするのかな?」
瘤(?)を受け取った考助がそう声をかけると、リンが嬉しそうに先ほどとは違った震え方をした。
いま考助が持っている物は、間違いなくリンの分身というべき新しいスライムだった。
考助は、この世界のスライムが分裂によって繁殖していることを知っていた。
だが、その光景を目の当たりにするのは実は初めてだったりする。
以前にそうこぼしていたことをリンは覚えていたのだ。
そのうえで、わざわざタイミングを合わせて考助を呼んだのが考助にも分かったのだ。
念のため考助は、手の上に乗っている新たに誕生したスライムを左目で確認したが、間違いなくリンと同じシンシスライムだった。
身体はリンと比べて小さいが、反則的なスキルもしっかりと持っていた。
「・・・・・・わざわざ分裂するところを見せてくれたんだね。ありがとう。それで、この子はどうすればいい?」
考助は、手に乗ったままのスライムをリンに向かって見せながらそう聞いた。
その考助に向かって、リンが今度は体を左右に大きく揺らした。
流石にそれだけだと考助も意味が分からずに首を傾げる。
それを見たリンは、次にそっとスライムを持っている手に、体を寄せてきた。
「・・・・・・主様に持っていてほしいと言っているのでは?」
考助の後ろで様子を見ていたコウヒが、リンの仕草と今の状況を見てそう言ってきた。
「えっ!? そうなの? だって、この子は、リンの子供みたいなものだよね?」
コウヒの推測に驚きの表情になった考助だったが、対するリンはぴょこぴょことはねた。
それは、以前から決めていた肯定の仕草だった。
要するに、リンが考助をこの場に呼んだのは、単に分裂するところを見せるためだけではなく、分裂したスライムを考助に譲るためだったのだ。
「うーん。そうか。この子をね・・・・・・」
さてどうしようかと腕を組んだ考助を、リンがジッと見てきた。
その視線は、自分が余計なことをしたのではないかと不安になっているようなものだった。
それに気付いた考助は、リンを安心させるように笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。別に迷惑だと思っているわけじゃないから。ただ、この子をどこで飼おうかと考えていたんだよ」
スライム島で飼うのであれば、わざわざ考助に渡された意味がなくなってしまう。
かといって、他の階層に放すのも不安がある。
悩む考助に、コウヒがそっと助言してきた。
「管理層で飼うしかないのでは?」
「やっぱりそれしかないよねえ。僕はそれでいいんだけれど、他の人たちはどう言うかな?」
そう言って首を傾げた考助に、珍しく(?)コウヒが踏み込んだことを言ってきた。
「心配されなくても、いつものことだと思われるだけだと思います」
「うぐっ」
そのコウヒのきっぱりとした答えに、考助は反論できずに言葉に詰まるのであった。
分裂したスライムは、元の親が持っているスキルと同じスキルを持っています。
勿論、成長系のスキルは、その前段階のスキルになっていたりしますが。
ちなみに、シンシスライムのスキルは何を持っているのか、いまは敢えて考えていません。この世界で物理無効とか魔法無効とか持っていたりすると、最強どころではなくなってしまいますから、悩みどころですw




