(17)自分のペースで
くつろぎスペースにあるテーブルの上にミアが突っ伏しているのを見た考助は、前にも見たことがあるような光景だなと思った。
「なに、また振られでもした?」
「ち、違います! いきなり何を言うのですか!」
考助の言葉に勢いよく上体を起こしたミアは、何を言うんだという顔になり、さらにそのままの勢いで続けた。
「そもそも、私は振られたことはありません! 単に、好みに合う人がいないだけです!」
「ふーん。そうなんだ」
慌てた様子でそう言ったミアに考助は軽く返事を返した。
だが、そのミアをからかうように、小さな笑い声が部屋の中に響いた。
「ふむ。振られるのと意中の人がいないのとでは、どれくらいの差があるのだろうな?」
「母上!」
どちらも同じようなものだろうと言外に告げるフローリアを、ミアがキッとにらんだ。
そんなミアに対して、フローリアはどこ吹く風で肩をすくめた。
「いくら私を睨んでも、素敵な恋人はできないぞ?」
さらにそう追い打ちをかけたフローリアに、ミアは反論をしようと口を開いたが、ため息をつくだけにとどめた。
「はあ・・・・・・もうその話はいいです」
いつもならこの程度のことで諦めたりはしないのだが、あっさりと反論を諦めたミアを見て、フローリアは内心で訝しんた。
その上で、本当に何かあったのではないかと一瞬だけ疑念にかられたのだが、それは次のミアの言葉で霧散することとなる。
「・・・・・・何をどうやっても塔の管理が上手くいかないので、落ち込んでいただけです」
ミアがテーブルに突っ伏していたのは、リトルアマミヤの塔の運営が上手くいっていないためだったのだ。
相変わらず塔のことしか考えていない娘を見て、フローリアはミアに相方ができるのは、まだまだ先のことになりそうだとため息をつくのであった。
そのフローリアを横目で見ながら、ふたりのやり取りを黙って見ていた考助が、ミアに問いかけた。
「うまくいかないって、何かあったの?」
「なにもありません。・・・・・・だからこそ、悩んでいるのです」
リトルアマミヤの塔のレベルは、三になったところだ。
実は、塔の攻略を終えてから三になるまでは、さほど時間をかからずに上がっていた。
だからこそミアは、次のレベルに上がるのもそこまで苦労はしないだろうと考えていたのである。
ところが、現実はそう甘くはなかったということだ。
次のレベルに上がる気配は全くなく、それどころか、最近は神力の収入も落ち込んでいる。
減っているわけではないのだが、増えてもいないというのが現在のリトルアマミヤの塔の現状なのだ。
「下手なことをすると、神力がなくなってしまって身動きが取れなくなってしまいますし、本当にどうすればいいのかわかりません」
「あ~。それはねぇ」
塔の運営をしていくうえで、何よりも重要なのが神力だ。
神力さえあれば何でもできるが、逆にいえば神力がなくなれば何もできなくなってしまう。
召喚した眷属が安定してモンスターを倒せるようになればいいが、そうそう簡単にはいかないのだ。
その理由のひとつが、
「・・・・・・初期でもらえた神力が、少なすぎなのです」
考助がアマミヤの塔の運営を開始したときは、転移門を新たに設置したり動線を入れ替えたりと、かなりの神力を使っていた。
それもこれも、初めに残っていた神力がかなりの量だったためだ。
考助の場合は、初めて攻略した塔がアマミヤの塔だったため、それくらいは当たり前だと思っていた。
だが、のちになって四属性の塔や聖魔の塔を攻略したときに、その認識が誤りだと気付いた。
アマミヤの塔の運営で最初の頃に多くのことができたのは、間違いなく初期の神力が多かったためだった。
恐らく、アマミヤの塔にあった初期の神力が、他の塔と同じような量だったとすれば、考助もいまのミアと同じような状況に陥っていた可能性はある。
ただし、もしそうなっていたとしても、考助には最後の手段があったので、ただ黙ってちまちまと溜まっていく神力を待つだけということにはなっていなかっただろう。
落ち込むミアを見て、考助はその最終手段を使うかどうか、確認することにした。
「・・・・・・そんなにつらいんだったら、コウヒとミツキを貸し出すけれど?」
ふたりをリトルアマミヤの塔の上層階にまで派遣して、そこで上級モンスターの狩りをさせれば、当面の神力を稼ぐことは可能なのだ。
考助のその提案を聞いたミアは、一瞬だけ目を見開いて驚きの表情になったあと、プルプルと首を左右に振った。
「それは駄目! おふたりは、私なんかが自由に使っていい存在ではないです!」
「う~ん。それはそれで気にしすぎだと思うけれど」
考助は苦笑しながらそう言ったが、相変わらずミアはとんでもないとばかりに首を振っている。
そんな考助に対して、それまで黙って話を聞いていたフローリアが、呆れたように口をはさんできた。
「コウスケも無茶を言うな。ふたりを自分の自由に動かすなんて、私も遠慮したいところだぞ?」
考助にとっては身近で頼りになるコウヒとミツキは、他の者たちにとってはあくまでも代弁者という認識なのだ。
勿論、普段から管理層で接している分、気楽に話をしたりしているが、それはあくまでも日常での生活を円滑に行っていくために必要なことだ。
コウヒとミツキはあくまでも考助のためだけに動く存在というのは、考助と当事者ふたりを除いた管理層に出入りしている者たちの共通の認識だった。
フローリアは、二十年以上一緒に過ごしてきたからこそ、なお一層そうした思いを抱いている。
「うーん。気にしすぎだと思うけれどなあ」
考助はそう言いながら護衛のために傍に立っていたコウヒを見た。
視線を向けられたコウヒは、特に表情を変えることはなかった。
そのふたりを若干苦笑しながら見たフローリアは、更に続けた。
「まあ、とにかく、コウヒとミツキに関しては、最終手段とすればいいだろうさ。ミアだって、まだまだ試すことはあるのだろう?」
「勿論!」
フローリアの言葉に乗っかるように、ミアは勢いよく頷いた。
単に沈んでいた気分に任せて愚痴を言っていたのだが、その勢いに乗ってコウヒかミツキに借りを作るようなことはしたくはない。
もっとも、コウヒとミツキは考助のいうことはなんでも喜んで聞くので、ミアが借りだと考えるのは一方的なものでしかない。
それでも、代弁者を好きにしていいとは思えないのだが、それは致し方のないことだろう。
なにしろ、この世界において代弁者とは、神に次ぐ存在なのだから。
そういう意味では、現人神である考助はさらに自由にしていい存在ではないのだが、そこはそれである。
血の繋がった存在に対して距離を置くのもおかしいし、何よりも考助本人がそういう態度を嫌がるのは目に見えている。
まだ心配そうな顔を向けてくる考助に、ミアはばつが悪そうな顔になって横を向いた。
「あまりにも変化がないから、少しだけ落ち込んでいただけだから、そこまで心配しないでください」
「そう? それならいいけれど・・・・・・」
「いいんです! どうせ長丁場になることは分かっているんですから。・・・・・・たまにはこういうこともあります」
短期間で塔のレベルの最高まで上げてしまった考助は、例外中の例外だ。
なによりミアは、自分が父と同じように神と呼ばれる存在になれるとはかけらも考えていない。
それならば、自分のペースで思うようにやって行けばいい。
改めてそう思うミアなのであった。
山あり谷ありです。
今さらですが、ミアもマイペースでやっていく決意をしました。(今までもそうでしたがw)




