(16)芸
考助は、別荘のリビングでくつろぎながら、くるくると動き回っているサラサを見ていた。
サラサは、クラウンの業務と別荘の管理で忙しいはずなのだが、考助が何かをしようとすると全力で止められる。
それは、考助だけではなく、フローリアたち女性陣の場合も同じだ。
お陰でこうしてコウヒを含めた三人で、まったりと寛いでいるのである。
「うーん。寛げるのはいいけれど、何となく落ち着かないなあ」
他人が働いているのを横目で見ながら、自分だけ落ち着いているのは、なんとなく気が引ける。
管理層にいるときはほとんどそんなことを感じることはなかったのだが、別荘にいるときに感じるのはやはり環境のせいだろうかと、考助は漠然と考えていた。
だが、そんな考助に対して、テーブルの上を拭いていたサラサが、手をピタリと止めて申し訳なさそうな表情になった。
「・・・・・・も、申し訳ありません。お寛ぎのところをうろつかれると邪魔ですね」
そういいながらその場を去ろうとしてサラサを、考助が慌てて止めた。
「い、いや、違うから! そういう意味じゃないから!」
「そうだな。サラサは、コウスケのことは気にせず続けておけばいい」
「で、ですが・・・・・・」
ちらりと視線を向けてきたサラサに、考助は弁解(?)を始めた。
「サラサがいるからということじゃなくて、まだ住み慣れていないという意味だから。うん」
「そうですか」
考助のその下手な言い訳に、サラサは納得したのか、ひとつだけ頷いて再び作業を続けた。
勿論、考助の隣にいたフローリアには、ただの言い訳だとまるわかりで、サラサの見えないところで腕をつねられていたりする。
こうした小さなミスも、まだこの環境に考助が完全には慣れていないからこそ、発生するのである。
フローリアに突っ込まれて反省していた考助は、気になったことをサラサに聞くことにした。
「サラサは、クラウンとこっちで掛け持ちだけれど、きちんと休みは取れている?」
「ええ、勿論です。クラウンは休みをきちんととるようにと厳しく指導されますし、こちらはこちらで週一度は休みが充てられていますから」
別荘の管理とクラウンの休みがかぶるように、きちんと調整されているとサラサは続ける。
表向きこの別荘の管理は、クラウンがサラサを派遣しているという形がとられている。
そのため、スケジュールに関してもばっちりクラウンが握っている。
考助が別荘に来るかどうかは完全にそのときの気分次第だが、必ずサラサがいるというわけではない。
きちんと休みを取っているという言葉に納得した様子を見せた考助だったが、サラサが困ったような表情を浮かべた。
それに気付いた考助が、何かあったのだろうかと問いかけた。
「何か休みで問題でもあるの? 忙しすぎるとか?」
「いえ! とんでもございません! そうではなく、むしろ休みの日に何をしていいのか、未だに分からないのです」
「あー、なるほど。それはあるだろうな」
サラサの言葉に何かを言うよりも早く、フローリアが言葉をはさんできた。
そもそも考助がクラウンを作ったときに、定期的な休みを取るということを導入したため、いまでは週一程度で休みを与えられることは普通に行われている。
だが、それ以前は、休みをとることなど特別な何かが無い限りは、なかったことなのだ。
そのため、休みを取るという習慣が出来たのはいいが、その肝心の休みの日に何をすればいいのか分からない、という者はかなりの数に上っていた。
勿論、家のことを休みの間にやってしまうこともできるのだが、家の修繕など、一度行ってしまえばしばらくはやらなくて済む。
当初は休みができて喜んでいた一般庶民は、逆に稼ぎが減ることになってしまうので、結局自ら進んで別の働き口に働きに出るということも起こっていた。
フローリアが女王だったときから、一般庶民に休みがなかなか定着しないということも問題として挙げられていたのである。
その対策のひとつとして、以前トワが実行している兵陸棋の大会などもあるが、全ての者が興味を示すわけではない。
たったひとつのゲームで、休日のすべてをつぶす者は、ほとんどいないのである。
フローリアの話に、サラサも同意するように頷いている。
ちなみに、フローリアが今この話をしたのは、サラサといういい見本がいる状態で話せば、考助が興味を示していい案を出すのではないかという考えもあったりする。
そんなフローリアの打算に気付かないまま、考助は「なるほどね」と相槌を打ってから考え込み始めた。
「でも、休日を楽しむ手段と言ってもなあ・・・・・・。ああ、そういえば、デートをする場所がないという問題もあったか」
つい先日シルヴィアと行ったデートのことを思い出した考助の呟きに、フローリアが反応した。
「いや、デートの場所といっても、普通は買い物に出たりどこかの景色を楽しんだりするくらいじゃないのか?」
「そうですね。他に何かあるのでしょうか?」
フローリアに同調しているサラサを見て、考助は思い出すように言った。
「いやほら。街の広場で、なにがしかのパフォーマンスをやったりしているだろう? あれだってちゃんとやれば、十分楽しめるようになると思うんだけれど?」
「広場でというと・・・・・・あれか? 楽器を鳴らして、小銭を稼いだりするような・・・・・・」
「そうそう。それそれ」
「いや、だがあれは・・・・・・確かにそこそこ楽しめるだろうが、ずっと見ているのは疲れると思うぞ?」
考助の認識ではストリートパフォーマンスと呼ばれるものは、この世界にもあるにはある。
だが、あくまでも小銭稼ぎというレベルで、せいぜい街をぶらついている一般庶民が、ふらりと立ち寄るくらいである。
街道にモンスターが出てくるこの世界では、旅芸人もいるにはいるが、考助から見てもさほどレベルが高いとは言えない。
長い期間をかけて技を昇華させるということができない以上、仕方のないことでもある。
だが、そうした芸を極めている者が全くいないわけでもないのだ。
「そうなんだけれどね。例えば、フローリアだって招かれた夜会とかでレベルの高い演奏を聞いたりすることはあるだろう?」
突然飛んだ考助の話に、一度首を傾げたフローリアだったが、すぐに頷いた。
「ああ、それはあるな。そうした者は、よく招かれたりしていたが」
貴族などは、たびたび夜会を開いたりするので、腕のいい楽器奏者を抱えていたりはする。
そうした者たちの中には、目をみはるほどの技巧者もいたりするのだ。
ちなみに、フローリアはすっかり忘れているが、彼女が舞う演舞も同じようなものだ。
「だからさ、そうした人たちがきちんと人前で披露できるように、ちゃんとした場所を用意してあげればいいんじゃないの? それこそ、闘技場みたいに」
軽く言った考助の言葉に、フローリアが目を見開いた。
考助にしてみれば今更過ぎることなのだが、この世界にはなぜか舞台や演劇ホールといったものが無い。
休みがない一般大衆に、そうしたものが受け入れられる余地がなかったからというのもあるだろう。
貴族たちが舞や音楽を楽しむのは、基本的にホールのようなところで行われる場合だけで、きちんとお金を取って運営されているような場所はないのである。
「そのようなものが・・・・・・」
「いや、そもそも闘技場があるのに、そういった場所が無い方が、僕にとっては不思議なんだけれど」
「いや、確かに言われてみればそうなんだが・・・・・・いや、いまはそのことはいいのではないか? とにかく、もう少し詳しく聞かせてくれ」
妙にやる気になっているフローリアを見て、考助は半分苦笑しつつ頷いた。
毎日とは言わなくとも、数日おきに演劇とかが行われるようになればデートにも困ることも少なくなる。
どういったものができるかは分からないが、それができたあとは今度は美術館辺りを提案しようかなどと、張り切っているフローリアを見ながら考助はそんなことを考えるのであった。
演劇ホールか、音楽ホールか、両方の用途に使えるものか、どういったものを作るかは、これからフローリアがトワやシュレインたちを交えて話し合うことになります。
が、話として形にするのはここまでです。




