(9)加護持ちの現状
サラサに加護を渡し終えた考助は、笑ってシルヴィアを見た。
「・・・・・・とまあ、こんな結果になったけれど、どうかな?」
「まあ、おおむね満足できる結果でしょうね」
「うわっ。お母さん、厳しい」
考助の冗談めかした言葉に、シルヴィアは小さくため息をついた。
「私が厳しくしないと、割と周りが甘いですから。コウスケさんも含めて」
「あ、そう来るんだ」
考助は、墓穴を掘っておきながら、しまったという顔になった。
ココロに関しては、甘いという自覚があるだけになおさらだ。
「当然です。それに、ことさら厳しくしているわけではありませんよ?」
「ふむ。その心は?」
「自分では手に余ると考えて、リリカの力を借りたのはまあいいでしょう。ただ、神殿にいる時点でサラサを説得できたなら満点を上げたと思います」
しっかりと今の自分の力を把握して、交渉が失敗しないように出来たのは、シルヴィアとしても満足ができる結果だった。
ただ、できることなら慌てることなくひとりですべての交渉を終わらせてほしかったというのが、シルヴィアの本音だった。
シルヴィアの言葉に納得したように頷いていた考助だったが、ふと何かに気づいたような顔になった。
「というか、サラサに加護を与えることは、前提なんだ」
考助がココロに言った時点では、サラサに加護を与える結果になるかならないかは好きにしていいとのことだった。
だが、今のシルヴィアの点数は、加護を与えることが前提になっている。
「それはそうです。神々の実情はともかくとして、組織としての神殿は、加護持ちをどれくらい抱えているかがそのまま力になりますから」
世界中で見てもさほど多くはない加護持ちは、だからこそ神殿の評価を上げるうえで大きな意味を持つ。
セントラル大陸はともかくとして、他の大陸では、大きな影響力を持っている神殿ほど加護持ちがいるのは、当然だった。
勿論、歴史的に見れば、加護持ちがまったくいない時代というのもあった。
考助がこの世界に現れるまでは、少なくとも表向きに発表されている加護持ちの数は、両手で数えられるほどだ。
それは、歴史的に見ても少ない数である。
考助が現人神になってからは、考助自身が与えた分もあるが、他の女神たちも考助とのつながりを利用して与えているらしいので、それなりの数になっている。
もっとも、彼らがそれを公表しているかどうかまでは、考助もシルヴィアも把握していない。
敢えて女神たちから聞くというようなこともしていない。
聞けば教えてくれるだろうが、わざわざ波風を立てるような真似をするつもりは、考助にはなかった。
ただ、それでも今の考助にも確実に予想できることはある。
「まあ、まず間違いなく加護持ちは増えているだろうから、シルヴィアがそう考えているんだったらそれでいいと思うけれどね」
正確な数までは把握していない考助だが、いま言ったように増えていることだけはわかる。
それは、ヒューマンに代表されるような「人」だけではなく、モンスターを含めた動物・植物全般を含んでのことだ。
そもそも考助自身が、自分の眷属たちにバシバシ加護を与えているのだから、間違いようがない。
勿論、考助が言ったのは、そうした眷属たちを含んだものだけではなく、いわゆる「人」だけに限ってのことでもある。
その微妙なニュアンスを考助から感じたシルヴィアは、ピクリと眉を動かした。
「・・・・・・増えますか」
「だろうね。神々にもいろいろと事情があるだろうし」
アースガルドとのつながりを得るために一番の方法は、加護を与えることだ。
考助の感覚では、アスラの神域にいるすべての女神たちが、何らかの形で加護を与えたがっているというのは感じている。
現状ではすべての女神が加護を与えているわけではないだろうが、条件さえそろえば、いつでも与える用意はあるだろう。
考助の言葉を聞いたシルヴィアは、少しの間考え込むような表情になっていた。
もし、本当に加護持ちが増えるのであれば、神殿の動きが活発になるのは間違いない。
特に、考助の周囲に加護持ちが増える可能性が高いので、注意する必要がある。
それは、考助本人の加護に限らず、他の女神たちの加護も同じだ。
今のところ加護持ちが発見されたという報告はないが、出てきてもおかしくはない状況だ。
考助の加護であれば、塔で保護すると強弁しても何とかなるだろうが、他の女神の加護となるとそれも難しくなる。
もし、本当にセントラル大陸内で加護持ちが増えるのであれば、何か対策が必要になるかもしれない。
考え込み始めたシルヴィアを見て、考助がちょっとした助言をした。
「対策をいろいろ考える必要はあるだろうけれど、そもそも加護持ちが見つかっていない状態で具体的に考えるのは不可能だと思うよ?」
「そうですか?」
「うん。だって、加護を与えたからといって、それが表に出てくるとは限らないから」
それこそ考助の左目の力で見れば一発だろうが、加護を持っているかどうかなど、見た目で分かるわけではない。
クラウンカードには記載されることになるが、本人の意思で消すことは可能だ。
もし、それを出しっぱなしにしていてばれた場合は、本人の不注意でしかない。
加護を与える神も、そうした注意点はしっかりと伝えるだろう。
加護を与えたことを神託で伝えることも多いが、それこそフローリアのときのような例があるので、女神たちが神託を与えることを慎重になっているのも確かだ。
結果として、加護持ちであることが発覚する可能性は、以前よりも低くなっていると考助は考えていた。
考助の考えを聞いたシルヴィアは、もう一度考え込むような顔になった。
「今までとは違った考え方が必要になりますか」
「まあ、そうなんだけれどね。それに、そもそもそんなことを考えるのは、無駄になるかもしれないよ?」
「どういうことでしょう?」
「だって、ラゼクアマミヤで保護すればいいだけだから」
あっさりとそう言った考助の言葉を聞いて、今まで黙ってふたりの話を聞いていたフローリアが苦笑しながら口をはさんできた。
「そこで出てくるのか」
「まあね。一番分かり易いし」
国家として加護持ちを保護する政策を打てば、集まりやすくなる。
神殿が口出ししてくることはあるだろうが、基本的にセントラル大陸では一部を除いて考助が主神とするのが主流となりつつある。
他国から攻められることがないラゼクアマミヤは、加護持ちにとって格好の逃げ場になり得る。
フローリアのときのように管理層に匿わなくとも、第五層の街で過ごしてさえいれば、例えば誘拐などをすることもほとんど不可能になる。
あとは、加護持ちの者たちが、それを良しとするかどうかだけなのだ。
ただし、そうした考えは、あくまでも加護持ちを主体にしたものだ。
「コウスケが言いたいことはわかるが、いくら戦いが起きないからといっても、対外的にはいろいろ問題があるぞ?」
「まあ、それはそうだよね」
物資の輸出入を止められたり、あるいはラゼクアマミヤと仲良くしている国に圧力をかけることだってあるだろう。
そうしたことから言うほど簡単ではないことは、考助にもわかっている。
ただ、手段としてそういう方法があるということを言いたかっただけだ。
女神たちから加護を与えられた者たちが、どう判断してどう行動するかまで制限するつもりは、考助にもないのである。
加護持ちが増えた場合、この世界がどういった状態になるのか、それは今はまだ誰にも分からない。
世界に大きな変化をもたらすことになるかもしれないし、何事もなかったかのようにときが進むかもしれないのだ。
それを見通すことは、考助はもとより、世界を見守っているアスラにも予想しがたいことなのであった。
最初にサクッとココロの話を書くだけで終わって、あとは酒でも飲んでのんびりしようと思ってたのですが、なぜかまじめな話になってしまいました。
まあ、現状をまとめる意味でも必要だったので、ちょうどよかったのですが。
加護持ちは、考助がこの世界に来たときよりも明らかに増えています。
まあ、あれだけ女神たちが騒いでいれば、当然ですよねw




