(5)技術の継承
考助が第十四層にゴブリンの眷属を召喚してからそれなりの年月が経っている。
その間にソルが大きな進化を果たしたり農業を覚えたりと、ゴブリンたちが文明的な生活を送るうえで大きな変化が多々あった。
そしていま、第十四層のゴブリンたちは、大きな壁にぶつかっていた。
最近のソルは、その壁をどう乗り越えようかとただひたすらに思案し続けていた。
「さて、どうしましょうか」
里の維持に関しては、すでに他の部下たちに任せておけば問題ない。
最近のソルは、基本的に何か大きなもめ事が起こったときに仲裁するため出て行くくらいだった。
進化した種族が増えてきてはいるが、相変わらずソルはゴブリンたちの中では突出した実力を持っているのだ。
そのソルが頭を悩ませているのは、ゴブリンたちの寿命の短さだ。
農業を始めたため食糧事情が改善したゴブリンは、野生の(?)ものたちよりも倍近く伸びている。
具体的には野生のゴブリンが5~7年程度に対して、里のゴブリンたちは15年ほどにまで伸びている。
それはそれでゴブリンたちにとっては喜ばしい事実なのだが、それでもなお出てくる問題というのもある。
それが何かといえば、寿命が短いために技術の継承が難しいという点だった。
次から次へと世代が変わることは、特に季節というものを重視する農業にとっては致命的な欠点といえた。
ゴブリンから進化した個体が監督することによって、通常のゴブリンはただの労働力として使うということもできるが、それだと今度は一気に数を増やすということができない。
そもそも出生率が高いからこそ、野生のゴブリンは種を維持することができていたのだ。
寿命が延びることによって出生率が落ちたことが、今度は足をひっぱることになっているのだから痛しかゆしとしかいいようがない。
ゴブリンから進化した鬼人たちも確かに寿命が延びているとはいえ、ヒューマンほどかといわれれば首を傾げざるを得ない。
鬼人たちが誕生してからさほど年月が経っていないので正確なところはわからないが、それでもせいぜい20~30年といったところだろう。
この年月は、命を落としやすい乳幼児を含めていないので、それぞれの種族全体の平均寿命となるともっと下がるのだ。
仲間たちともさんざんに話し合ったソルだが、結局いい案は出なかった。
「駄目ですね。ここで悩んでいてもいい案など出るはずがありません」
はたから見ればひとりごとをぶつぶつと言ってだけのソルだが、今いる場所にはそれを咎める者もいない。
だからといって今のままでは駄目だと考えたソルは、首を左右に振って立ち上がった。
「仕方ありません。恥を忍んで知恵を借りに行きましょうか」
ソルはそんなことを言いながら、自分の住む家を出てとある場所へ向かった。
いきなり自分がいなくなって混乱することが無いように、途中で言伝をするのも忘れない。
そのソルが向かったのは、第十四層にふたつある転移門のうちのひとつだ。
転移門を起動したソルは、とある人物に会うべく管理層を目指すのであった。
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ソルが管理層に会いに来た人物は、彼女が敬愛する考助ではなく、フローリアだった。
フローリアが管理している塔に仲間を送ったりしていくうちに、それなりに仲が良くなり、その過程で彼女が人を統べる立場に立っていたことを知っていたのだ。
規模は段違いとはいえ、同じような立場にあったフローリアなら何か答えを知っているのではないかと期待したのである。
転移門を通って管理層に来たソルは、すぐにその部屋にいたメイドゴーレムにフローリアがいる場所を聞いた。
進化をし続けているメイドゴーレムは、管理層メンバーの位置の把握までするようになっていた。
勿論、いる場所を明かすのは、きちんと許可された者だけに限っている。
何度かフローリアに話を聞きに来ていたソルは、許可リストに入っているのである。
フローリアは訓練場にいると言われたソルは、すぐにその場所へ向かった。
ソルが管理層をうろちょろしていて咎める者は誰もいないが、あくまでも自分のことを「お客」だと思っているので、なるべく余計ないことはしないようにしているのだ。
転移門のある部屋の配置が変わっていて若干戸惑ったソルだったが、幸いにして訓練場の位置は変わっていなかった。
そして、扉を開けてフローリアを探すために中を確認したソルは、思わず息をのんだ。
そこでは、フローリアが一本の剣を持って何かの動きをしていた。
初めて演舞を見たソルは、フローリアが舞っているものが何であるのかは分からなかった。
それでも何か自分の中に訴えかけてくるものがあり、その光景に圧倒されていた。
ソルが入り口付近で立ち尽くしていると、フローリアの舞を見ていたシュレインがそれに気づいた。
「む? ソルではないか。何かあったかの?」
「あっ!? い、いいえ。フローリア殿に聞きたいことがあってきたのですが、お邪魔だったようですね」
シュレインのことに全く気付いていなかったソルが驚きながらそう返事を返すと、シュレインは首を左右に振った。
「そろそろ終わると思うんじゃが・・・・・・ああ、やはりそうじゃの」
シュレインの視線につられて再びそちらを見たソルは、フローリアが動きを止めるのに気付き、そのままソルたちがいるところに向かって歩いて来た。
「何だ? また珍しい顔がいるな。何か聞きたいことでもあるのか?」
ソルが考助ではなく自分を訪ねてくるということは、大体何かの質問があるときだとフローリアはわかっている。
「え、ええ。少し聞きたいことがありまして・・・・・・」
そう前置きをしたソルは、先ほどの舞のことはとりあえず横において、最近の悩みのことをフローリアに打ち明けた。
傍にはシュレインもいたが、特に隠すようなことではないのでソルは気にせず話す。
ソルから話を聞いたフローリアは、一度シュレインと顔を見合わせてから頷いた。
「ふむ、なるほど。要するに、ゴブリンたちの寿命を延ばして、里の文明度を上げたい、というわけだな」
「は、はい。簡単に言うとそういうことになるかと」
ソルの返事を聞いたフローリアは、あっさりと答えた。
「こういっては身も蓋もないのだが、そんなものはないな」
「え?」
「いや、正確にいえば、地道にやっていくしかないというところか。もし簡単に上げられるのであれば、ヒューマンの世界で実践されているさ」
「そうじゃの。結局人類が築いている文明も、それこそ何百年とかけて作ってきたものじゃ。そうそう簡単にはいかないの」
フローリアのフォローをするように、話を聞いていたシュレインも加わってきた。
「勿論、技術などは過去の例を参考に取り入れることはできなくはないが、今回のソルの相談はそれとは違ったものじゃしの」
進化をする以外に劇的に寿命を延ばす方法など、神でもない限りはわからないだろう。
結局フローリアやシュレインの言う通り、地道に伸ばしていくしかないのだ。
ふたりから説明を聞いて納得したソルは、残念そうな顔になった。
「そうですか。まあ、それは仕方ないですね」
「ただ、寿命を簡単に伸ばすのは無理だが、技術の継承といった意味では方法がないわけではないぞ?」
「ふむ。それはそうじゃの」
「えっ!?」
「ソルは、一足飛びに考えすぎる傾向があるからな」
「そうみたいじゃの」
「ええっ!?」
フローリアとシュレインが同時に頷くのと、ソルが両目を見開くのはほぼ同時だった。
そのソルの顔を見たふたりは、再び顔を見合わせて同時にため息をつくのであった。
次話に続きます。
最後、思わせぶりに終わってしまっていますが、大したことではありませんw
フローリアの舞のことを書いてたらページが足りなくなっただけです。




