(3)クロの今後
ミアはくつろぎスペースの一角で、ナナとクロがじゃれ合っているのを見ながらぽつりとつぶやいた。
「ずいぶんと仲良くなりましたねぇ」
「うん? ああ、あの二匹か。そうだよねえ」
ミアの視線を追ってその先に二匹がいることを確認した考助も納得して頷く。
ふたりの視線の先で、ナナとクロがお互いに体をなめ合ったりして毛づくろいをしている。
二匹が本気でじゃれ合うと、くつろぎスペースがめちゃめちゃになってしまうので、駆け回るのは禁止されているのだ。
ナナはともかく、クロがきちんと言いつけを守っているのは、考助がしっかりと躾をしている証だ。
「こうやってみていると、最初のときの騒ぎが嘘みたいですね」
「ああ、あれはね」
考助とミアは、顔を見合わせてお互いにくすりと笑った。
それは、考助がクロを飼うと決めてから半月ほどが過ぎたある日のことだった。
もともと好奇心旺盛だったクロは、いつの間にか、レバーハンドルのドアノブをぶら下がって開けるという荒技を覚えていた。
考助たちはそのことに気付いておらず、人もいなかったという偶然も重なり、たまたま管理層を訪ねてきたナナと鉢合わせになったのだ。
そのときのナナはクロのことを知らず、偶然管理層に紛れ込んだモンスターと勘違いしていた。
許可のされていない者が管理層に来るのは塔の機能上できないのだが、ナナはそこまでのことは知らなかったので、そう勘違いしても無理はない。
クロはクロで当然のようにナナのことは知らなかったため、リトルアマミヤの塔から帰ってきたミアが見つけたときには、一触即発という状態になっていたのである。
慌ててミアが止めていなければ、下手をすればクロの無残な姿を見ることになっていた可能性もあった。
もっとも、そのときのナナは、自然のモンスターではありえないくらいに考助の匂いが付いているクロに戸惑っていたので、そこまでのことにはなっていなかったかもしれない。
とにかく、にらみ合っている二匹を見つけたミアが、慌ててナナに「とりあえずからかう程度にしておいて」とだけ言いおいて、考助を呼びにいった。
慌てた様子のミアに呼ばれて、すぐに二匹のところに考助が来たときには、立ち向かってくるクロをナナが前足で弾き飛ばして、戦っているのか遊んでいるのかよくわからない状態になっていたというわけである。
結果としてどちらにも大きな怪我はなく事なきを得たが、下手をすれば大惨事になるところだった。
以降、反省した考助は、クロをしっかりと鍵のかかる部屋に入れるようになったのである。
「あのときは、本当に焦ったよ」
まさかクロがドアノブを自ら開けて部屋を出るなんて欠片も考えていなかった考助は、ミアから話を聞いて血の気が引く思いをしていた。
現場に到着したときには、見ようによってはほのぼのとした状態だったので、ホッと胸をなで下ろしたというわけだ。
「まあ、とりあえず、クロが最悪のことにならなくてよかったではないですか」
「そうなんだけれどね・・・・・・」
ミアの言葉に、考助は苦笑を返した。
結果的には何事もなく済んだのだが、どう考えてもあのときの出来事は自分のミスで起こったと考助は考えていた。
考助にしてみれば、改めて大型の獣(?)を飼う難しさを痛感させられた事件だったのだ。
そんな考助の思いを感じ取ったミアは、それ以上はそのことに触れず別の話題を出すことにした。
「それよりも父上、クロはこのままここで飼い続けるのですか? 間違いなく運動不足になると思うのですが?」
本来、クロの種族であるブラックキャットは、野山を駆け回って狩猟を行っているモンスターだ。
いくら広めの部屋で飼っているとはいえ、クロにとってはいい環境とは言えない。
さらに、遊び相手になりうるナナやワンリは、それぞれの役目があって頻繁に管理層に来ることができるわけではない。
「うーん。そうなんだよね。だからといって、今すぐにクロの仲間を連れてくるわけにもいかないしなあ。不用意に連れてきても、敵認定するかもしれないし」
ナナやワンリのときは素直に考助の仲間(?)として認識してくれたが、別のモンスターを連れてきても同じようになるとは限らない。
もっといえば、ナナもワンリも明らかにクロよりも格上なので、素直に従っている可能性もある。
もし格下になる眷属や従魔を連れてきた場合、クロがどういった対応をするのか、全くの分からないのである。
「そうですね。ただ、少なくとも今の部屋は変えてあげた方がいいと思いますよ?」
「ああ、それはもう対応済み。ついさっき今までのものよりも広い部屋を用意してあげたよ」
流石に考助も大きくなったクロに今までの部屋では狭すぎると感じていたため、新しく部屋を用意してあげた。
ナナが来る前に、クロにお披露目をしていたのだが、どうにか気に入ってくれていたようだった。
考助とミアが話をしていると、自分たちのことが話題になっていると気付いたのか、ナナが近くによってきた。
それにつられてクロも一緒についてくる。
考助は、近寄ってきた二匹を順番に撫でてあげた。
「・・・・・・そうやっていると、どっちも普通のペットに見えますね」
「そうだねえ・・・・・・」
ナナはすでに神獣なので微妙なところだが、クロは間違いなくモンスターの一種だ。
普通はここまで人に懐くことなどありえない。
勿論、ごくごく一部のテイマーであれば、このくらいのことはできるだろうが、そんな存在は一握りでしかない。
もしかしたら、テイマーとしての天賦の才は、リクのほうが上かもしれないと考助は考えていた。
もっとも、いくら才能があっても、本人がその能力を伸ばそうとしなければ、ただの宝の持ち腐れになるのだが。
ナナとクロを撫でていた考助は、クロの今後をどうするかを考えていた。
勿論、せっかく懐いてくれたクロを自然に返すことは考えていない。
クロ自身がそれを望めばいつでも返すのだが、今のところそのような兆候は全くない。
そうであるならば、先ほどミアが言ったように、まともな遊び相手がほしいところだ。
ナナやワンリのときは、眷属という仲間の中で過ごしていたので、そもそも条件が違っている。
「さて、どうしたもんかな?」
所詮モンスターはモンスターと割り切れずに、事故やけがなく済ませたいと考えている考助は、やはりこの世界では異端なのだ。
仲間のモンスターに大きな怪我を負わせたり、場合によっては殺してしまったときは、処分されるのが普通である。
この場合問題なのが、クロに群れをまとめるリーダーとしての気質があるかどうかだ。
もしそれがなければ、新しくモンスターを連れてきても最悪の結果しか引き起こさないだろう。
「いっそのこと、ナナに頼んで白狼王か黒狼王あたりを連れてきてはどうですか?」
「やっぱりそれが一番無難だよねえ」
アマミヤの塔には、ナナに次いだ力を持つ狼の眷属が増えている。
その中から一頭くらい連れてきてもらっても拠点の維持には支障はきたさないだろう。
そう考えた考助は、ミアが言った提案を頭の片隅に置いて、別の方法を模索しだした。
だが、結局他にうまい方策は思いつかず、ミアが言った通りナナに頼んで、クロのために白狼王を一頭連れてきてもらうことになるのであった。
クロの話で一話使ってしまいました。
少しはミアのことに触れる予定だったのですが。
とにかく、クロの遊び相手として管理層に眷属が住むことになりました。
名前その他は次話で紹介することになります。(ついでに書く予定だったミアの話もw)
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