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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第3章 劔
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(9)挑発

 シルヴィアの言葉に、周囲で聞き耳を立てていた一部の冒険者が、プッと噴き出した。

 別に冒険者と神殿の間で険悪なムードがあるわけではない。

 むしろ、お守りだったり聖水を売りに出したりしているので、良好であると言える。

 ただ、それが逆に両者の距離を近くしているために、時に余計な軋轢を生んだりもするのだ。

 だからこそ、珍しくも神殿の人間が一巫女にやり込められるのを見て、思わず笑ってしまったというわけだ。

 そんな周囲の雰囲気を感じていたフローリアは、そっとシルヴィアの顔を横目で見た。

(おお。これはまた、随分と怒っているな)

 シルヴィアの横顔を見てそんな感想を抱いたフローリアは、一瞬だけ内心で首を傾げる。

 そこまでシルヴィアが怒ることに思い当たりがなかったためだったが、すぐにその理由に思い至った。

 オラースは、直接的ではないにしろ神としての考助を蔑むような言動をしていた。

 普段のときはともかく、巫女としてのシルヴィアは、まさしく現人神のためにあると言っていい。

 そのシルヴィアが、あれだけのことを言われて怒らないはずがないのである。

 

 シルヴィアの怒りは、普段から接しているフローリアだからこそ気付けたのであって、その他の者たちには気付かれていない。

 何しろ、その美しい顔には笑顔が浮かんでいるだけで、怒っているという要素がひとつも見つけられなかった。

 だからこそオラースもそれに気付かずに、むしろシルヴィアの言葉に感情をあらわにして言った。

「・・・・・・ただの一巫女であるあなたが、我々に勝てると?」

「そう言ったつもりですが?」

「何を考えているのですか、あなたは! 正気ですか!?」

 あっさりとそう言い放ったシルヴィアに、オラースの脇に控えていた神官長が、我慢しきれなくなった様子でそう叫んだ。

 その声がかなりの大きさだったため、直接言葉を向けられたシルヴィアが、わずかに顔をしかめる。

「事実を言ったつもりですが?」

 すでに両者のやり取りは、言葉を飾るということをしなくなっている。

 勿論、これもシルヴィアの計算のうちのひとつだったりする。

 回りくどい言い回しで会話を続けるよりも、こういう状況になったほうが、余計な誤解を生まなくて済むのである。

 何より今は、周囲に冒険者という目と耳がある。

 少なくとも、組織の圧力で今行っている言動がゆがめられる可能性は、多少なりとも抑えることができる。

 

 激高したままさらに言葉を続けようとした神官長の肩を抑えてそれを治めた神殿長は、まっすぐにシルヴィアを見つめてきた。

「・・・・・・あなたは、自分が言っている言葉の意味を分かっているのですか?」

 神殿そのものを敵に回すつもりはあるのかという、その神殿長の問いかけに、周囲がシンと静まり返った。

 直接的な物言いではないにしろ、これまでの流れで周囲の者たちにも、神殿長が何を言いたいのかはその雰囲気で察することができたのだ。

 シルヴィアは、その神殿長の視線をまっすぐに受け止めながら言い返した。

「あなたの言葉を、そっくりそのままお返しいたします」

 受けて立ちます、と答えたシルヴィアに、オラースは少しだけ間をおいてから頷いた。

「・・・・・・いいでしょう。では、こうするのはどうでしょうか? その神剣をかけて、どちらが管理をするにふさわしいかを勝負するというのは?」

 シルヴィアから喧嘩を売られて買った勝負、というように見えるこの言葉だが、勿論オラースにも裏で計算している。

 このままシルヴィアが勝負を受けてくれれば、何もせずに神剣を手に入れることができる。

 剣を扱うための冒険者なりを雇ったりする金はかかるが、それでも最初にサムエルから買おうとしていた値段よりは安いだろう。

 むしろ、それなりの金額が捻出できるので、かなりの強者を雇うことができると目論んでいる。

 逆に、シルヴィアが勝負を受けなかった場合も、彼女が逃げたという印象を与えることができる。

 当然ながらオラースは、勝負に負けるということは、この時点で欠片も考えていない。

 

 そんなオラースの目論見をしっかりと見抜いていたシルヴィアだったが、その挑発を受けることにした。

「ええ、勿論かまいませんよ?」

 すでにサムエルから正当な方法で剣を手に入れているシルヴィアたちは、別に神殿側の挑発を受け入れる必要はない。

 確かに逃げたという印象は周囲に与えるが、そもそも管理層にこもってしまうので、そんな評判などどうでもいいのだ。

 だからといって、シルヴィアにはこの勝負を逃げるという選択肢は存在していない。

 そもそも勝てる勝負の上に、あれだけのことを言われたのだ。

 そのまま放置しておくつもりは、まったくないのである。

 

 シルヴィアが勝負を受けるという返事を聞いたオラースは、内心でニヤリと笑っていた。

 実際にはシルヴィアの目論見通りなのだが、オラースにしても自分の思い通りに行ったのだから当然だろう。

 そんな感情は表に出さず、オラースは一度頷いた。

「いいでしょう。では、勝負の方法を決めましょうか」

 そう言ったオラースは、そのまま勝負についての話を切り出すのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 心なしか意気揚々とした雰囲気で酒場を出ていた一団を見送ったカルメンは、若干不安そうな表情でシルヴィアを見た。

「・・・・・・大丈夫なのかい?」

 神殿と真っ向から勝負を受けることになったので、カルメンとしては心配なところもあるようだった。

 そんなカルメンに対して、フローリアがにやりと笑って答えた。

「大丈夫に決まっているだろう。シルヴィアは、最初からそのつもりだっただろうしな」

「・・・・・・そうなのかい?」

「ええ。こういう形にしないと、彼らはどんな難癖をつけてくるかわからないですからね。分かり易い方がいいのですよ」

 頷きながら真顔でそう答えたシルヴィアに、カルメンは上を見ながら「あー」とだけ言った。

 どうやら彼女にも、何か思い当たりがあるようだった。

 

 そんなカルメンに向かって、シルヴィアが確認するような表情を向けた。

「ところで、先ほどのお願いは大丈夫ですしょうか?」

 シルヴィアは、神殿との勝負でカルメンにとあるお願いをしていた。

「ん? ああ、あれかい? まあ、大丈夫だろうさ。闘技場ギルドも珍しいイベントは、歓迎しているはずだからね」

 シルヴィアがカルメンにお願いしたのは、神殿との勝負の場所として闘技場を使わせてもらうということだった。

 それは、人目の少ないこじんまりした状態で勝負をするよりも、多くの人目がある場所で証明をした方がいいためだ。

 闘技場で勝負が行われることは、ここにいる冒険者たちが、酒の肴として張り切って噂してくれるだろう。

 

 それならばさっそく行こうという話になり、カルメンはシルヴィアとフローリアを連れて闘技場ギルドへと向かった。

 カルメンの顔というのもあっただろうが、会場を借りること自体はすんなりと手続きができた。

 ただし、借りた会場は、普段メインで使われている大きな闘技場ではなく、予選などが行われている小さめのところになる。

 あまり大きなところでやっても意味がないということで、その会場で収まった。

 そして、すべての準備を終えたシルヴィアとフローリアは、カルメンに別れを告げて管理層へと戻るのであった。

まんまとシルヴィアの策略に乗ったオラースでした。

ですが、オラースは自分の策略にシルヴィアが乗ってきたと考えています。

本当の劔のことを知っていなければ、どちらも平等といえますが、考助から話を聞いているシルヴィアが一枚上手ということになります。

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