(22)接収
フローリアと話をしたあとは、シルヴィアも交えて雑談をしていた。
ダナが持っている情報は、大したものではないのだが、それでもふたりにとっては興味を持っているものだったらしく、それなりに楽しい時間だった。
話自体は、他愛もない内容だったので、どれだけふたりが浮世離れした生活を送っているのかと思ったダナだったが、勿論そんなことを言ったりはしない。
素直にダナが知っている限りのことを話した。
しばらくそんなことをして過ごしていると、急に部屋の外が騒がしくなってきた。
何があったのかと訝しがる三人だったが、すぐにドアを開けて男の人が入ってきた。
ノックもなしに入ってきたので、緊急の事態だということがわかる。
「どうした?」
「申し訳ありません。来客なのですが、押しかけそうな勢いで・・・・・・」
と、説明をしようとした矢先に、その男を押しのけるようにして、誰かの手が見えた。
「どけっ! 邪魔だ」
そう言って部屋に入ってきたのは、神官服をきた一人の神官だった。
神官はいきなり部屋に踏み込んできて、ダナを見るなりフンと鼻を鳴らした。
そして、その神官に続くように、さらに何人かの神官が狭い部屋に入ってくる。
突然の事態に驚くダナと違って、主(?)であるフローリアは、慌てた様子も見せずに悠然とその神官に問いかけた。
「突然人の家に入り込んで、ずいぶんな態度だと思うが、何の用だ?」
「ふん。お前に用はない。私が用はあるのは、そこの娘だ」
フローリアの問いかけにも態度を変えず、神官であるアデルモは視線をダナへと向けた。
「貴様が身の程をわきまえず、不相応な品をいつまでも持っていたのか。愚かだな」
アデルモのその言葉で、ダナは目の前にいる神官が何を目的に押し入ってきたのかを察した。
同時にフローリアたちに対して、申し訳ないという気持ちが沸き起こってくる。
この騒ぎは、完全に自分のせいだと思っているのだ。
そんなダナをフローリアは、微笑んで安心させてから、アデルモを見た。
「不相応というのは?」
「そんなこともわかっていないのか。これは神具だ。当然、我々が管理するのがふさわしい!」
そんなことを言いながら、アデルモはテーブルの上に乗っている水鏡を見た。
そして、どうだといわんばかりのアデルモに対して、フローリアはわざとらしく目を見開いた。
「これが、神具だと?」
「そうだとも! そんなことすらわからないのだ、そなたたちにふさわしくないというのは、よくわかっただろう!」
いつの間にか、対象がダナだけからフローリアにまで広がっている。
それでもフローリアは、特に気にした様子もなく感心したように頷いていた。
「ホウホウ、なるほど。これが、神具だと。神官殿は、そうおっしゃるのですな」
「さっきからそう言っている!」
最初から強気に出ているアデルモは、フローリアのことなど眼中にないかのように、ギラギラと水鏡へと視線を向けている。
「それで、何のためにわざわざこんなところまで出向いてきたので?」
「このままでは、この水鏡の価値もわからない愚か者に売りつけるなどされてしまう可能性がある。当然、神殿で接収させてもらう!」
「そ、そんな!?」
そう言って抗議の声を上げようとしたダナに、フローリアは黙っているようにと視線を向けた。
その思いが通じたのか、立ち上がろうとして腰を浮かしていたダナは、そのまま座っていた椅子へと腰かけ直した。
そして、今度はそれまで黙ってやり取りを見ていたシルヴィアが、ダナがきちんと腰を落ち着けるのを確認してから口を開いた。
「接収というのはずいぶんと強引ですが、きちんと許可はあるのでしょうか?」
「流れの巫女なんぞにそんなことを答える義務はない」
シルヴィアをちらりと見たアデルモだったが、これにはシルヴィアが呆れたようにため息を吐いた。
「それは答えになっていません。神殿のルールとして、信者の財産を守るという規定があります。当然、接収にも許可が必要になるはずです」
改めてそう言ったシルヴィアを見たアデルモは、フンと鼻を鳴らして懐に手を入れて、おもむろに一枚の紙を取り出した。
そしてその紙を、ぽいっとシルヴィアへと放り投げた。
「それが見たいのであろう?」
アデルモがシルヴィアへと放ってよこしたのは、間違いなく接収をするための許可証だった。
「・・・・・・本物のようですね」
許可証に神殿長をはじめとした高官たちのサインがあるのを確認したシルヴィアは、そう言って頷いた。
それを見たアデルモは、満足そうな笑顔を見せてから頷いた。
「言ったであろう? 道具というのは、そのふさわしい持ち主のもとにあるべきだ。これはそなたたちのような者たちが持つような物ではない」
許可証を見せて気をよくしたのか、そう言ったアデルモは意気揚々と水鏡へと手を伸ばした。
「あっ・・・・・・!」
それを見たダナが思わず声を上げたが、それをまったく気にした様子も見せずに、アデルモは水鏡を大事そうに抱えた。
「では、これは間違いなく接収していく。くれぐれも余計な騒ぎを起こそうなどと考えるではないぞ?」
反抗したりしないようにと釘を刺してから、アデルモは意気揚々と部屋を出て行くのであった。
嵐のように来て去って行ったアデルモを見たダナは、不安そうにフローリアとシルヴィアを交互に見た。
「あの、いいのでしょうか?」
フローリアと視線を交わしてから肩をすくめたフローリアが、それに答える。
「いいのではないか? 勝手に押しかけてきて、勝手に持って行ったのは向こうだ。・・・・・・ああ、許可証があるから勝手ではないのか?」
まあ、どちらでも構わないか、とフローリアは続けた。
シルヴィアは、そのフローリアを見て小さく笑ってから、ダナへと視線を向けた。
「しばらくダナには不便をかけますが、待ってもらっていいでしょうか?」
「待つ・・・・・・のですか?」
「ええ。数日もすれば、結果が出ると思いますので」
そのシルヴィアの言葉に、ダナは頷いた。
「わかりました。お任せします」
アデルモが持っていた水鏡を見て、何もすることなくただ見送っただけのふたりをダナは完全に信用することにした。
そもそも相手が神殿では、自分では何もできないことはよくわかっているのだ。
そのため、ダナはしばらく待つという二人の言葉のとおり、このあと数日間は何事もなかったかのように過ごすことになるのであった。
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その報告を聞いたベニートは、思わず呆けた声を上げてしまった。
「・・・・・・は?」
そんな主人に対して、報告者は仕方なしにもう一度同じ報告を繰り返す。
「アデルモが神官としての権限を使って、占い師から神具の接収を行ったようです」
聞き間違いではなかったことを理解したベニートは、右手の人差し指をこめかみへと当てた。
「・・・・・・何を考えているんだ、あのバカは」
ベニートから思わずついて出た言葉は、報告者は礼儀正しく(?)聞こえなかったことにした。
「一応、許可証はあったようなので、体裁は整えていたようですが・・・・・・」
「そういう問題ではないだろう?」
「まあ、そうですな」
そう言って肩をすくめた報告者をベニートは軽くにらんだ。
「・・・・・・だが、まあ、そうなってしまってはもはや私の手を離れたとしか言いようがないな。仕方ない、諦めよう」
「よろしいので?」
交渉人を雇っていたのをはじめとして、ベニートは今回の件にそれなりに金をつぎ込んでいる。
「よろしくはないが、ここから下手に手を出すと今まで以上の損害を出しそうだからな。きっぱり手を切ったほうがいい」
こういった損切(?)ができるのも、ベニートがここまで商会を大きくできたことの証左の一つなのだ。
今更投入してしまった金に関しては、もうどうしようもない。
ベニートはすでにそれらの金のことについては、きっぱりとなかったものと諦めていた。
「・・・・・・かしこまりました」
その主の判断に、報告者もまた納得したように大きく頷くのであった。
アデルモの暴走回でした。
皆様の予想通りだったでしょうか?w
でも一応、神殿の許可をとるという体裁は整えています。
出世するという目的がありますから、そう言ったことだけはわきまえているアデルモです。
ちなみに、接収の本来の使い道は、神具が暴走しないように無理にでも神殿側で確保できるようにある権限です。
が、今ではそれがまともに使われているほうが少ないかもしれません。
(そもそも神具が新たに見つかること自体なかったですから)




