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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第6部 第1章 水鏡
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(11)交渉

 あれからミストと名乗った交渉人は、そのあとも二、三日に一回はダナの仕事場を訪ねてきていた。

 占いの仕事が終わったころを見計らってはダナを訪ねてきて、適当に雑談をして帰る。

 そんなことを繰り返しながらすでに半月が経とうとしている。

 ダナからすれば、不思議なことに、ミストは初日のときに水鏡を譲ってほしいと言っただけで、あとの訪問は本当に雑談だけをして帰っていた。

 勿論それはダナの感覚であって、ミストからすれば交渉に必要な情報を仕入れるために行っているのだ。

 もっと言えば、会話をしながらダナの性格を把握しているのである。

 さらに付け加えると、足しげく通っているのは、他の交渉人に自分の存在をアピールする目的もある。

 今のところ他の交渉人が動いている情報はミストもつかんでいないが、用心するに越したことはないのだ。

 

 そんな裏の駆け引きが行われているとはつゆ知らず、ダナは今日もミストと話をしていた。

 今日の話題は、セントラル大陸中に広がっている組織であるクラウンの話だった。

「そういえば、ダナはクラウンに所属されたりはしないのでしょうか?」

 クラウンといってもそこに所属している者は多種多様な人材がいる。

 それこそクラウンの代表的な職である冒険者から、商人、職人まで様々だった。

 孤児とはいえ生まれたときからセントラル大陸で過ごしてきたダナにとっては、それが当たり前という感覚になっている。

 だが、大陸外からきた者たちにとっては、そうした様々な分野が統合された組織はまだまだ珍しい。

 その珍しい統合組織であるクラウンには、占い師たちが所属している部門も存在している。

 

 ミストの問いかけに、ダナは難しい顔になった。

「うーん。どうでしょう? 今のところは考えていませんね」

「ほう? なぜでしょう?」

 ダナの返答に興味を持ったミストが、わずかに前のめりになって聞いてきた。

 ミストの初めてのその様子に、若干驚きつつもダナは慌てた様子でパタパタと手を振った。

「いや! そんなに深い理由はないんですよ! 単に今のままのほうが気楽だからいいかなって」

「ふむふむ。そうなのですか。私のような者からすれば、あなたのような職の場合は、組織に属したほうが安定できるからいいと思うのですが」

 その組織がどういう形態になっているかでもらえる賃金も変わってくるが、基本的には安定した収入を得ることが出来る。

 そこから考えれば、ミストが言った通りに組織に入ったほうがいいともいえる。

 勿論ダナもそのことは知っているが、なんとなくそうした組織に縛られるのが嫌いなのだ。

 それをなぜかと他人に聞かれても、ダナにはうまく答えることはできない。

 そういう性格なのだからとしか言いようがないのである。

 ちなみに、同職の者たちで話をするときにも似たような話題が出ることがあるが、独り者でやっている者たちは、皆似たり寄ったりの理由を話している。

 

 そんなことを思い出しながら、ダナは小さく頷いた。

「それもわかります。実際にそう言ってクラウンに入っていく者たちもいますから。でも、私は何か違うかなーって思うんです」

「そうですか」

「まあ、こんなことを考えているのも今のうちだけかもしれませんが」

 ダナも別に今の考えのままずっと行くとは考えていない。

 今はただ、自由に移動できる体だからこそ、各地を転々とできているということもわかっていた。

 それこそ、最期のときは、自由に歩くこともできなかった師匠を見てきたからこそ実感として理解しているのである。

 

 笑ってそう言ったダナを見ながらミストは、頷きを返す。

「考え方は人それぞれですからね」

 否定でも肯定でもなく、無難な返事を返してきたミストに、ダナは照れたような表情を浮かべた。

「あー、何で今日はこんな話をしているんでしょうね。そろそろ帰り支度をします!」

 慌てた様子で手をパタパタとさせたダナに、ミストは微笑を浮かべて頷いた。

「わかりました。それでは、私はこれで失礼します」

「はい」

 ちょうどいいころ間と感じたミストが終わりを切り出すと、ダナは引き留めることなく頷くのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ダナのところを出たミストは、そのまままっすぐに依頼主であるベニートのもとへ向かった。

 ベニートの商会の建物に入って面会を申し出ると、すぐに奥の部屋に通される。

 そして、すぐに主であるベニートとそれに付き添うようにしてアデルモがやってきた。

 自分を見るなり頭を下げたミストを止めて、ベニートがすぐに話し出した。

「それで、どんな調子だ?」

 ミストは、ダナと会うたびにベニートに結果を報告しているわけではない。

 定期的に連絡を取るようにはしているが、これでベニートと直接会うのは最初の依頼のときと合わせて二回目だ。

 

 そのベニートを見極めるように、ミストはこれまでに得た感触を話した。

「あれは、中々の頑固者ですね。手に入れることが出来るのは、だいぶ先のことになりそうです」

 ミストは、これまでのダナとの会話から、ある程度彼女の性格を把握していた。

 今日の会話でもそうだったが、一度これと決めたことは、中々変えようとしない頑固な性格ということもこれまでの会話で得た収穫の一つだった。

「ふむ。そうか。お前がそこまで言うか」

 ミストはベニートの部下ではない。

 いわば外注で交渉の依頼を頼んでいるのだが、これまでにも大事な顧客の欲しがっている物の交渉を任せたりしていた。

 ベニートにとってミストは、実力があり、それなりに信頼している使い勝手のいい交渉人なのだ。

 

 ベニート自身も好事家相手に持っている収集品を譲ってもらうように、何度も交渉したことがある。

 だからこそその難しさも、相手によっては時間がかかるということもよくわかっていた。

「そこは気長にやっていくしかないな。他の邪魔は入らないようにしてはいるのだろう」

「ええ。勿論です」

 ベニートがミストのような交渉人を使うのは、自分が忙しいからという理由だけではない。

 専任で交渉を行っている者たちには、それぞれのネットワークというものがあり、時には優先して交渉できるようにする。

 今回ミストは、そのネットワークを利用して、自分だけがダナと交渉できるように手配をとっていた。

 次に何かあったときには譲らなければならないが、それもまた交渉するうえでの経費と考えていた。

 

 だが、そんな裏の事情がわかっているのは、やはりその道に携わっている者だけで、この場にいるもう一人はそんな事情は全くわかっていなかった。

「何を悠長なことを! そんなことをしている間に、あの娘が勝手に売ったりしたらどうなるのです!」

 そう言ってきたアデルモに、ベニートがわざとらしくため息をはいてみせた。

「アデルモ。今の話の何を聞いていた? その邪魔が入らないように手配していると言ったじゃないか」

「ふん! そんなもの、いったい何の保証になるのですか。所詮は商人同士の口約束でしょう?」

 聖職者が神に誓うのとはわけが違うと言いたげなアデルモに、ベニートは苦笑した。

 確かに口約束なのは違いないだろうが、商人にとってはその口約束が大事なのである。

 交渉権を得ているということは、複数の交渉人とそうした約束を交わしているということになる。

 もしこの約束を破れば、そう言った噂が複数からたち、下手をすれば交渉人としてはやっていけなくなってしまう。

 これは別に交渉人に限ったことではなく、商人全般にいえることなのだ。

 

 神官であるアデルモに商人の機微をわかってもらおうとは思っていないベニートは、さらに何かを言おうとした彼を止めた。

「あなたのいうことは一理あるかもしれませんが、これは商人同士のことです。以前の約束通り、口を挟むことはやめてもらえますか?」

「し、しかし!」

「これ以上言うのであれば、私はこの件から手を引くことになります。それでもいいのでしょうか?」

 ベニートが強気になってそう言うと、アデルモは黙り込んだ。

 アデルモが頼りにできる商人は、ベニートしかいないということをよくわかっているのだ。

 結局、それ以上の反論はしてこなかったアデルモを横目に、ベニートとミストが今後についての話を続けてその日の会談は終わりとなるのであった。

交渉人を通してみた両者の様子でした。

他が出てきてないのは、交渉人の働きによるものです。

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