(9)めぐる思惑
「ん~! 今日も終わり!」
ダナは、最後のお客の占いを終えてから椅子に座ったままで思いっきり伸びをした。
占い師という仕事をしている以上、ある程度の神秘性は出さないといけない。
そのため、お客を前にしているときは、あまり動いては駄目だと師匠から叩き込まれている。
ずっと同じような姿勢で仕事をしているため、伸びをすると体がほぐれるのがわかった。
伸びをして満足したダナは、商売道具を片付けようとして水鏡に手を伸ばそうとして、ふとその動きを止めた。
「う~ん。それにしてもお前、最近調子悪い?」
ダナはそんなことを言いながら、チンと右手の指で水鏡をはじいた。
ここ数日、占いをしている間も何か違和感というか、おかしいな、と感じるようになっていた。
師匠に言わせると、その感覚は占い師としての資質の一つらしいが、ダナにはそれがわかっていなかった。
ところが、水鏡を使うようになって、道具を使うことを意識するようになったとたんにこれである。
師匠が言っていたのがこのことかと理解できると同時に、不調のサインなので、複雑な気持ちになる。
あまりに違和感が強くなると、その道具を手放さないといけないと師匠から言われているためだ。
いくら愛着がある道具であっても、相性が合わない物を使い続けていれば、占い師としての腕そのものもおかしくなってしまう。
師匠からその話を聞いたときは、自分にはまったく関係ない話と聞き流していたダナだったが、まさかそれが自分に降りかかってくるとは考えていなかった。
もっとまじめに師匠の話を聞いておけばよかったと後悔するが、すでに時は遅し。
話をしていた本人がこの世にいないので、どうしようもない。
水鏡からは返事が返ってくるはずもなく、ダナはため息を吐いた。
「こんなところで文句を言っても仕方ないもんね。なにより、お前にはそれ以上に助けられているから」
もう一度水鏡を指ではじいたダナは、爪と当たって聞こえてきたチーンという音を、目を閉じながら聞いていた。
その音から何かがわからないかと聞き分けるかのように。
何度か指ではじいていたダナだったが、答えが返ってくるはずもなく、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「お前に当たっても仕方ないよね。今日もピッカピカに磨いてあげるから、明日も頑張ろう!」
自分に気合を入れているのか、それとも水鏡に言い聞かせているのか、自分でもよくわからずにダナはそう言いながら今度こそ帰り支度を始めるのであった。
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ミクセンの中央には言わずと知れた三神殿が建っているが、その周囲には多くの商会の拠点が立ち並んでいる。
やはりその多くは、神殿に関係する商品や街に住む住人たちが使う物を取り揃えている商会になる。
その一角に、ベニート商会の商人ギルドも存在していた。
ベニート商会は、ラゼクアマミヤができると同時に立ち上がり、時流の波に乗ってミクセンのトップ十の規模にまでのし上がってきた商人ギルドだ。
ベニート商会のギルドマスターのベニートは、ミクセンの中では知る人ぞ知る人物ということになっていた。
ベニートの住んでいる部屋は、ベニート商会の建物の最上階になっている。
家族のいないベニートは、仕事に直行できるのが便利だと言って建物を建て替えるときに、そのまま私室も合わせて作らせたのだ。
そのベニートの私室に、現在ふたりの人物が訪ねてきていた。
ひとりは、ベニートが出した指示の結果を報告するため、もうひとりは、その結果をベニートと同じように待っていた者だ。
報告者からの報告をベニートは、頷いて聞いていた。
「ふむ。ということは、相変わらず神具を使って占いを行っているんだな?」
「はい。間違いありません」
「そうか」
頷く報告者に、ベニートは短く答えるだけだったが、もう一人の人物は鼻息荒くベニートにむかって言った。
「これはどう考えても不敬です! 一刻も早く回収しなければ!」
若干興奮しかかっているその男はアデルモといい、着ている服装が神官服であることからわかる通り、ジャミール神殿に属する神官だ。
ベニートに占い師が神具を使って占いをしているという情報を持ち込んだのもアデルモだった。
ベニートは一瞬だけアデルモに視線を向けたが、彼には何も言わずに、すぐに報告者へと視線を移した。
「そうか。ご苦労だったな。・・・・・・また何かあれば指示を出す」
「かしこまりました」
視線だけで退出するように促すと、報告者はベニートには丁寧に頭を下げて部屋から出て行った。
報告者は、一貫して一緒の部屋にいるアデルモとは顔を合わせなかった。
そんな報告者の態度を、アデルモはまったく気にしていなかった。
それどころか、報告者が出て行ったとたん、先ほどまでの神に盲目的な神官、といった態度を改めて狡猾な表情をベニートに向けてきた。
「それで? これからどうしますか?」
「どうもこうもないな。計画通りに進めるさ。それよりもそっちの方は、本当に大丈夫なんだろうな?」
「勿論です」
ベニートの問いかけに、アデルモは力強く頷いた。
「それに、あれは本当に『神具』なんだろうな」
「それも、勿論です。私の目をお疑いですか?」
「フン」
からかうような視線を向けてきたアデルモに、ベニートは鼻を鳴らす以上のことはしなかった。
そもそも今回の話は、アデルモがベニートに持ち掛けてきたものだ。
当初は、聖職者が使う神具を占い師が使うのは不敬だといってきただけだった。
それが、ある時を境に「あれは神具だ。占い師が持っていていいものではない」と言い出したのである。
最初はベニートもアデルモが何を言っているのかわからなかった。
だが、よくよく話を聞いてみれば、神具というのは聖職者が使っている道具という意味ではなく、本当の意味での神具だということがわかった。
流石にそれを知ったベニートは、顔色を変えることになる。
なぜアデルモが、占い師が使っている道具が本物の神具だとわかったのかはわからないが、それでも踊らされるのもいいだろうと思える情報だった。
聖職者が使う意味での神具だった場合でも占いができる神具として好事家に売ることもできるし、本物だった場合は自分で確保して箔付けにできる。
どちらに転んでもベニートにとってはかまわないのである。
一方で、アデルモにとってもこの取引(?)は利がある。
アデルモは、あの女占い師が使っている神具は、本物だと確信していた。
なぜなら、アデルモ自身が神殿で道具を見分ける職に就いているからだ。
そして、本物だからこそあの神具は、占い師程度が持つべきではないと思っている。
さらに付け加えると、神殿が回収して宝物庫の奥底で眠らせることになるよりは、自分のために役立ってほしいとも考えていた。
それで選んだのが、ベニートに情報を渡して彼とのパイプを持つということだった。
もし今回の件がうまくいけば、アデルモはベニートという後ろ盾を得ることが出来る。
要するに、自分の将来のために神具を使おうと考えているのである。
ふたりとも女占い師から無理やり神具を奪い取ろうなんてことは考えていない。
ベニートはともかく、アデルモは神具の危険性を十分にわかっているからだ。
そのアデルモが、ベニートに十分注意するよう言っているので、予想外の事態が起こらない限りは事故はないはずである。
と、このときベニートとアデルモは、そんな気楽なことを考えていたのであった。
今回のいけに・・・・・・ではなく、重要人物の登場です。
さてさて、彼らはどういう活躍をしてくれるのか。




