(14)乳母の苦悩
コレットは世界樹の巫女である。
世界樹の巫女は、その名の通り世界樹に対して祈りを捧げたり、お世話をしなければならない。
本来であれば、それらの仕事で一日中子供たちにかまっていられるはずがないのだが、コレットの場合は少しだけ違っていた。
それは勿論、考助の存在が関係している。
通常であれば、世界樹と巫女は一対一の関係になるのだが、コレットの場合は間に考助という存在がいる。
そもそも世界樹の妖精はよほどのことがない限り、巫女の前に姿を現したりはしないのだが、エセナに限っては、それは当てはまっていないのだ。
エセナは、考助という存在がいるために、世界樹の妖精としてはありえないくらいの頻度で姿を現している。
ただし、それは当然のように考助がそばにいるときに限ってだった。
エセナは言葉にしていないが、何か条件があるためにそうしたことになっているのだろうとコレットは考えている。
コレットだけの場合は、世界樹のそばに近づいたうえで周りに他人がいないときに現れたりしていた。
どういう基準でそういうことになっているのかはわからないが、それでも他の世界樹に比べれば、エセナが出てくる頻度は多いといえるだろう。
つまり、何が言いたいかというと、本来であれば世界樹の妖精であるエセナは、そうそう頻繁に人前に姿を現したりはしないのだ。
「・・・・・・その、はずなんだけれど・・・・・・」
コレットは、双子の世話をしている乳母から戸惑った視線を向けられて、曖昧な笑みを浮かべていた。
ふたりの視線の先には、双子の子供をあやしているエセナと二匹の狐がいた。
エセナの姿は子供の姿をしている。
セイヤとシアに合わせているのか、それとも乳母に本来の姿を見せないためなのか、コレットにはどういった基準があるかはわからない。
シェリルの前では、普通に成長したときの姿を現していることを考えれば、単純に子供たちに合わせていると考えたほうが自然かもしれない。
その辺は、コレットとしてもわざわざ聞く必要もないので、あえて聞いていなかった。
エセナがこうして子供たちの前に現れたのは、初めてのことではない。
そのたびにコレットは乳母から今回と同じような視線を向けられている。
そんな乳母に対して、コレットはあきらめたようにため息を吐いて言った。
「うん。これはもう仕方ないわね。諦めて、あなたが慣れていくしかないわ」
「そ、そんな・・・・・・」
コレットの言葉に、乳母は絶望的な表情になった。
エルフにとって世界樹は神にも等しい存在であり、その妖精ともなれば神の御使いそのものである。
そんな存在を目の当たりにして平静でいられるエルフなど、ほとんどいない。
ちなみに、考助は現人神であり神そのものなのだが、この乳母は結構気楽に接している。
これは、幼少のころから親から叩き込まれている経験と知識としての差である。
そんな乳母を見て、コレットは気の毒そうな表情になりながらも首を左右に振った。
「ごめんなさいね。こればかりは私にもどうしようもないのよ」
いかに世界樹の巫女といえども、コレットにエセナの行動が止められるはずもない。
唯一止められる存在がいるとすれば考助だが、今回に関しては子供をかわいがるためなので、考助も止めることはできないだろう。
そう察した乳母は、うなだれるようにして首を落としてから小さく返事を返してきた。
「・・・・・・はい」
別にこの乳母もエセナのそばで仕事をするのが嫌というわけではない。
むしろ光栄だと思っている。
ただ、あまりにも光栄すぎて気が引けているのだ。
乳母の性格を考えれば時間が解決してくれるだろうと、コレットはそう気楽に考えるのであった。
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「・・・・・・まあ、その予想は当たったんだけれどね」
コレットは目の前の光景を若干あきれながら見て、そうつぶやいた。
そこには遊び疲れて眠っている子供たちとエセナ、狐たちに加えて、乳母のアデールが一緒になって寝ていた。
子供たちと遊ぶエセナの姿を見て顔を青ざめさせていた頃から数カ月たった今、すっかり彼女も慣れているようだった。
「・・・・・・若干慣れすぎている気もしなくもないけれど」
「ん?」
コレットの呟きを聞きとがめた考助が、首を傾げた。
「いいえ。なんでもないの」
「そう?」
「うん。起こしてしまう前に、移動しましょう」
「そうだね」
せっかく眠っているところを起こすつもりは考助にもない。
考助は、コレットの言葉に同意して、腕をとってきたコレットともに別の部屋へと移動した。
部屋を移動したコレットは、視線をコウヒの腕の中に移した。
「それで、今回こっちに来た理由は、クロと触れさせるため?」
考助は屋敷に来てすぐに子供たちがいる部屋に連れてこられたため、コレットにもまだ来た理由を話していない。
ただ、コレットはコウヒの腕の中にクロがいたことから、なんとなく理由を察してはいたようだった。
ちなみに、すでにコレットは管理層でクロと対面を果たしていた。
「うん。管理層に来るようになる前に、触れさせておこうと思ったのだけれどね」
幼い子供は力加減をわかっていないので、動物と触れさせるのには危ない面もある。
ただ、それはクロのほうでもわかっているはずなので、そこは様子を見ながら対面させる予定だったのだ。
すでにピーチの子であるミクとの触れ合い(?)は何事もなく終わっているので、双子との対面も特に問題なく終わるだろうと考助は考えていた。
「それにしても・・・・・・」
コレットはクロへと向けていた視線を考助に向けて笑った。
「見事にコウヒには懐いたわね」
クロが来てからというもの管理層を出入りしているメンバーは、だれが一番先に(考助を除く)懐かせることができるかを競っていた。
各々忙しい時間の合間を縫ってはクロの前に姿を見せていたのだが、やはりというべきか、クロが懐いたのはコウヒだった。
付け加えると、今は来ていないミツキにも懐いている。
「まあ、なんだかんだいって、一番長く一緒にいるからね」
考助のそばにはコウヒかミツキが必ず付き従っている。
クロから見れば、入れ替わり立ち代わり来る他の者たちよりもふたりが考助と近しい存在だと判断するのは当然だった。
その納得できる理由に頷いたコレットだったが、ふと何かを思いついたかのように笑みを浮かべた。
「ということは、コウスケと一緒に触れあっていればいいのよね」
「えっ!? ええと、そう、なのかな?」
なぜそう考えたのかわからずに首を傾げた考助に、コレットはますます笑みを深めた。
「そう。それじゃあ、久しぶりにイチャイチャしましょう!」
「ええっ!?」
あまりに突然の宣言に驚く考助に対して、コレットは不満げな表情を見せた。
「何よ。不満なの?」
「いいえ。そんなことはございません」
わざとらしくプクリとふくれ面になったコレットに、考助はこれまたわざとらしく丁寧に言葉を返すのであった。
その後、このときのイチャイチャが功を奏したのかは不明だが、クロが先に懐いたのはコレットだった。
そのときに、コレットが「やっぱり効果あったわね!」といったおかげで他のメンバーから疑いの視線を向けられたのは言うまでもないことであった。
アデールの話を書くつもりが、いつの間にかクロが出張ってきました。
どうしてでしょうね?




