(12)のろけ?
ことの顛末をアレクから聞いた考助は、肝心の結末を確認することにした。
「それで、結局アレクは支部長を引き受けることにするのですか?」
「ああ、引き受けるだろうね」
そういってあっさりと頷いたアレクに、考助は若干驚いた表情になった。
ラゼクアマミヤの宰相を引退したときは、これでやっと現役から退けると喜んでいたアレクだ。
いくらフィリップの遺言という前提があったとしても、アレクが再び何かの業務に就くとは考助は思っていたかったのだ。
だが、そんな考助に対して、隣で同じように話を聞いていたフローリアが、小さく笑いながら言った。
「コウスケ、そんなに驚くことではないだろう? 父が支部長を引き受けた理由は、母のためだ」
「・・・・・・ああ!」
フローリアのその言葉に、アレクはそっと視線を外し、考助は納得したように声を上げた。
フィリップの血を濃く引き継いでいるのか、単に個人のものなのか、アレクは一人娘のフローリアを溺愛している。
娘のために国を捨てて、わざわざアマミヤの塔へとやってきたのだから、それは誰もが知る事実だった。
そして、それと同時かあるいはそれ以上に、奥方であるソニアのことを大事にしているのだ。
もしソニアのためになるといわれれば、一も二もなくアレクであれば頷くだろう。
そして今回の場合は、間違いなくソニアのために引き受けたといえる。
アレクたちが国を捨ててアマミヤの塔へとやってきたのは、疑う余地もなくフローリアのためだった。
フローリアのことを気にかけてきたのはアレクだけではなくソニアも同じだったので、悩む余地もなく家族で揃って塔に移住してきたのである。
だが、すでにそのフローリアは、過去のことなどなかったかのように幸せそうに生きている。
さらに言えば、三人の孫たちも何の心配もないほどに立派に成長していた。
ならば、そろそろ次は自分たちのことを考えてもいいだろうと、アレクが考えるのは当然だった。
アレクたちは、フロレス王国からは追放に近い形で追い出されていたため自由に故国に出入りすることはできなかった。
それが、今回の件を契機にして国に戻ることができるようになるのだ。
アレクにしてもソニアにしても故国であるがゆえに、会いたい人物は当然のようにいる。
クラウンの支部長という形であってもフロレス王国に戻ることができるならば、せっかくの機会を生かしてソニアを喜ばせようというのがアレクの考えだった。
だが、なるほどアレクらしいと納得する考助の横で、フローリアが容赦のない一言を放った。
「ところで、そのことはきちんと母上に相談したのだろうな?」
「うっ!?」
「・・・・・・なるほど。相談なしに決めてしまって、すでにひと悶着があったあとか」
鋭すぎる娘の予想に、アレクはついと視線をあらぬ方向へと向けた。
「全く・・・・・・。確かに故国に戻れるのは母上も嬉しいだろうが、すでにこっちに住んで二十年近くたっているんだぞ? こっちで築いてきた関係だってあるだろうに」
「ハイ。マッタクモッテ、ソノトオリデス」
視線を逸らしたまま片言になって返事を返してきたアレクに、フローリアはため息をつくのであった。
政治に関しては辣腕を振るうアレクであるが、こと家庭のこととなるとこうして時折暴走することがある。
そうして苦労をしてきたのがソニアだということは、フローリアはしっかりと理解していた。
以前にそのことを母に指摘しても、そっと笑って「それがアレクのいいところでもあり、悪いところでもあるからね」と返してきた。
フローリアが母からその言葉を聞いたとき、やはりアレクに関しては敵わないと思ったものである。
「父上らしいといえば父上らしいが・・・・・・。いや、待てよ? 考えてみれば、コウスケも似たようなところがないか?」
「うえっ!?」
矛先が突然自分に向けられて、考助は意表を突かれた顔になる。
その顔を見て、フローリアはくすりと笑った。
「何だ。結局、血は争えんということか」
そういって一人納得するフローリアに、考助とアレクは顔を見合わせてお互いに渋い顔になることしかできなかった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
アレクから話を聞いた日の晩。
いきなり昼間にあったことを、フローリアが皆に話し出した。
「・・・・・・と、いうことがあったんだが、どう思う?」
フローリアがそう言うと、その日の夕食に出ていたシュレインとシルヴィアが一度考助へと視線を向けてから深く頷いた。
「なるほど。確かに、言われてみれば」
「いえ。コウスケさんは、アレク様ほどではないのでは?」
シルヴィアのフォローになっていないフォローに、これまたフローリアが頷いた。
「それは確かに。いや待てよ。それは単にコウスケが、極力表に出ようとしていないからではないか?」
今のように管理層に引きこもっていても、アレクと同じような失敗は起こっている。
だとすれば、積極的に外に出るようになればどうなるのか、というフローリアの主張に、一同の視線が考助へと集まった。
何となく身の置き所がなくなってきた考助に、救いの手を差し伸べたのは、それまで黙って話を聞いていたミアだった。
「ええと。今までの話はのろけなのでしょうか?」
「えっ!?」
のろけなの、という思いで考助は目を見開いた。
だが、そんなことを考えたのは考助だけのようで、シュレインたちは顔を見合わせてから代表してフローリアがこう答えた。
「ミア、今更何を言っている。のろけに決まっているだろう?」
「え、え!?」
フローリアの返答に、ミアはやっぱりと言いたげにため息をつき、考助はますます混乱して周囲を見回した。
そんな考助の様子を見て、シュレインがあきれたようにため息を吐く。
「あのなあ、コウスケ。先ほどのようなことを、本人を目の前にして真顔で話すような輩は、もともとそういう性格かあえて仲を悪くしたいか、くらいじゃぞ?」
「そうですね。コウスケさんは、そのことには気づいていなかったようですが」
シュレインの言葉に同意するように、シルヴィアが頷きながらそういった。
ちなみに、昼間にフローリアがアレクに言っていたのは、親子の仲だからだ。
そもそもフローリアは、理由がない限りは、赤の他人にあのような言い方はしない。
一同の視線を浴びた考助は、慌てた様子で右手の人差し指を上に向けた。
「ええっと、ほら・・・・・・」
何かうまい言い訳を探そうとした考助だったが、そんな都合のいい言葉がとっさに出てくるはずもない。
そのままの姿勢で固まってしまった考助を見て、シルヴィアがクスリと笑った。
「コウスケさんは、そのままでいいと思いますわ」
「そうじゃの」
「うむ」
何やら分かり合ってうなずく三人に、ミアがあきれたような視線を向けた。
「何かこう、寄ってたかってのろけられると、突っ込む気も起きないのですね」
ミアはそういってどこか悟ったような表情になるのであった。
シルヴィアたちののろけ云々の話はともかくとして、アレクが決断したことによりフロレス王国の王都にもクラウン支部が作られることとなった。
それが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。
今までにいくつかの支部を作ってきているが、そのすべてが思い通りにいっているとは言い難い。
どんな結果が待っているかはわからないが、アレクはその中でもうまくやっていけるほうだろうと考助は確信しているのであった。
考助をからかっているかと思いきや、三人ののろけでした。
・・・・・・あばたも靨? いや、蓼食う虫も好き好き?




