(10)ミアの失敗
考助が塔の管理をしている中で、表に出ていない今までになかった管理方法がある。
それは、考助にしてみればごく当たり前のことで特に凄いことという認識はないのだが、この世界の住人であればまず思いつかない発想だった。
それが何かといえば、召喚した眷属たちにきちんと「エサ」を与えていることである。
ちょっとした発想ができるものであれば、普通の召喚陣と眷属用の召喚陣で違いがあることから、何かあるのだろうと察することはできるだろう。
特に眷属たちは、通常の召喚したモンスターよりも成長が早いので、長い間塔を管理していれば気付けるものはいるはずだ。
だが、この世界に生まれ落ちた者で、モンスター(眷属)を養うという発想に至れるものは、まずいない。
ミアをはじめとして、他のメンバーたちがごく普通にそのことを受け入れてエサを与えているのは、間違いなく考助の影響だった。
勿論、テイマーという職がある以上、モンスターを「飼う」ということに思いつく者はいる。
あるいは、ノウハウのあるおとなしいモンスターであれば、飼育をするといったこともある。
ただし、考助が管理しているアマミヤの塔をはじめとしたセントラル大陸の七つの塔や、ミアが管理しているリトルアマミヤのように凶暴とされるモンスターを大規模に飼育するということは、ほとんど行われていないのである。
いわば、考助たちは、モンスターを自然飼育するということの先駆者であり、それゆえにいろいろな失敗も重ねているのであった。
眷属を飼育するうえで一番難しいことは、エサの管理である。
エサ用に設置された召還陣から出てくるモンスターは、眷属たちが狩りを行ってエサとなるのだが、これは野生の中で行う狩りとはまた微妙に違っている。
いわば管理されたサファリパークの中に、エサ用の動物を放っているのと同じことなので、自ら自然の中に出て狩りを行うのとはまた違ったものなのだ。
そのため、エサ用の召還陣は、ある程度抑えられた状態で設置をしているのだが、これのバランスを探るのがまた難しい。
狼や狐といった種族であれば、ある程度予測して管理することはできるが、そのほかの種族になるとほとんどわからない。
そのため、いろいろと微妙な調整を行いながらどのくらいの量が適切なのかを探っていくことになる。
召還陣を設置するのはコウヒやミツキが作ったゴーレムが行うことになるとはいえ、適切な量を決めるのはあくまでも考助たちの役目なのである。
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ミアは、目の前の惨状に呆然としていた。
そこには、拠点用に作った厩舎があり、以前までは猫型の眷属たちが過ごしていたはずである。
それが、今はもぬけの殻になっており、動きを見せる眷属は一匹も見当たらない。
建物以外にあるのは、地面にぶちまけられた大量の血痕と思われるものだけだった。
「な、なんで・・・・・・?」
ミアにとっても初めての状況で、どうしてこんな状態になったのかわからずに、そう言うことしかできなかった。
現状を見れば、何が起こったのかはわかるが、今までは普通に拠点として機能していた。
それが、なぜ突然このようなことになったのかがわからない。
ミアは、周囲の状況も忘れてその場に突っ立っていることしかできなかった。
そのミアの様子をみていたミカゲは、さすがにまずいと考えて声をかけることにした。
「ミア様、このままここにいるのは危険です。今はまず引き返しましょう」
今いる階層は、低階層のためミカゲ以外には護衛用の眷属を数匹しか連れてきていなかった。
いくら周囲に出てくるモンスターが低レベルで、連れている眷属が強いとはいえ、絶対に安全とは言えない。
それに、この拠点の状況を考えれば、強いモンスターが出てきてもおかしくはないのだ。
ミカゲのその提案に、ハッとした表情になったミアは、慌てたように頷いた。
リトルアマミヤの管理層に戻ったミアは、しばらくそこで考え込んでいた。
どうしても、拠点がなぜあのような状態になったのかがわからない。
あの惨状から、拠点がモンスターに襲撃されて眷属たちが狩られてしまったということがわかる。
ただ、今日様子を見に行った拠点は、作ってから半年以上が経っており、それまではこんなことが起こったこともなかった。
今のミアにしてもまさかこんなことが、という気持ちしかない。
「ふう・・・・・・。駄目ですね。まったく思い浮かびません」
何かを考えようとすると、先ほど見た光景が思い浮かんできて、どうしても集中することができない。
付け加えれば、初めて起こったことなので、どうしてこんな結果になったのかもまったくわからない。
このままここで悩んでいても状況は変わらないと考えたミアは、気分を変えるため、アマミヤの塔へと戻ることにしたのだった。
アマミヤの塔へと戻って来たミアを見て、考助はおやと思った。
普段のミアとは全く違った顔になっている。
誰が見てもよくないその顔を見た考助は、ミアに話しかけることにした。
「ミア、何があったんだ?」
「うむ。あまりよくない顔色をしておるぞ?」
たまたま考助と一緒に話をしていたシュレインが、考助の言葉に同意するように頷いている。
ふたりの声に、びくりと肩を揺らしたミアは、クシャリと顔をゆがませた。
「父上・・・・・・」
さすがに泣き出しはしなかったが、今にも涙がこぼれ落ちそうなそのミアの表情に、考助とシュレインは顔を見合わせてから慎重にミアから話を聞きだすことにした。
ミアから話を聞いた考助は、内心で安堵のため息を吐いた。
勿論、それを表に出すようなことはしない。
過去に同じようなことを経験してきたからこそ、考助もミアの気持ちがよくわかるからだ。
ミアから話を聞いた限りでは、何となくこれが理由だろうということは思いついているが、はっきりしたことは現場を見てみないとわからない。
「ミア、とりあえずその拠点を見せてもらってもいいかな? 原因がわかるかもしれないよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。タブン、だけれどね」
そういって頷く考助に、ミアは勢いよく立ち上がった。
「行きましょう! 今すぐに」
考助の言葉に、がぜんやる気を取り戻したミアは、考助を引っ張る勢いでその腕をとった。
考助は、ミアの勢いに押されてすぐに向かわずに、とある場所へと立ち寄っていた。
その理由が、拠点の厩舎でクンクンと盛んに周囲の匂いを嗅いでいる。
勿論、言わずと知れたナナである。
ある程度匂いを嗅ぎまわって満足したのか、離れた場所の匂いまで嗅ぎまわっていたナナが考助のところに戻ってきた。
「お。どうだった?」
「クーン」
「そうか。やっぱり間違いないか」
頷く考助に、ナナも首をぶんぶんと縦に振るのであった。
ナナが確認していたのは、拠点にモンスターの襲撃があったかどうかだ。
状況から見るにほぼ間違いないのだが、念には念を入れての確認だった。
そして、ナナの反応からそれが間違いないと確定された。
結局、この拠点の眷属たちがいなくなったのは、モンスターに襲撃されたためで、それがなぜ起こったのかといえば、単純に経験不足だ。
眷属たちは、召還陣からエサを与えられていれば、生き延びることができるし戦闘も行うので成長することもできる。
だが、召還陣からのエサだけで成長すると、野生で身につくはずの不意打ちなどの感覚が身につかないのだ。
早い話が、動物園で飼われている動物と同じになってしまうのだ。
塔の階層で眷属たちを長く飼い続けるコツは、甘やかして育てるのではなく、ある程度の緊張は必要なのである。
考助から説明を聞いたミアは、一瞬複雑な表情を浮かべたあとにため息を吐いた。
「・・・・・・父上」
「うん?」
「次は、間違いません」
「うん」
決意をするような表情を浮かべたミアに、考助はそれだけ言って頷くのであった。
ミアの失敗の体で話を書いていますが、実は考助もこういう失敗をしていたんだよ、というお話でした。
やはり野生の鋭さにはかないません。
さすがに上位種として進化している個体が増えれば、そんなことは起こりませんが、意外に野生のモンスターには敵わなかったりします。
とはいえ、ナナほどに突き抜けてしまうと話は全く別ですが。




