(9)通信端末
考助は、工芸部門長のダレスから渡された魔道具を見て、首を傾げた。
「これは?」
「以前から開発が進められてきた携帯用通信具です」
「へー。できたんだ」
渡された通信具をまじまじと見つめながら、考助は感心したように頷いた。
「ずいぶんと早くできたね。僕の予想だともう少しかかると思ったんだけれど。開発陣はずいぶんと頑張ったみたいだ」
考助の予想では、開発がひと段落するまでには、もう少し時間がかかると思っていたのだ。
その予想が外れたということは、開発陣が考助の予想以上に頑張ったということだった。
その考助の言葉に、ダレスは苦笑しながら首を左右に振った。
「そう言っていただけるのはありがたいですが、開発が一気に進んだのには理由がありまして・・・・・・」
どことなく歯切れが悪くなったダレスに、考助は首を傾げた。
「何かあったの?」
「何か、というよりも、この場合は誰が、というべきでしょうね」
「・・・・・・ああ」
ダレスの言葉でピンと来た考助は、何とも言えない表情で頷いた。
今二人が脳裏に思い浮かべているのは、ルカの姿である。
学園を卒業したルカは、シュミットとダレスの勧めもあって開発部門に所属していた。
そこでルカは、いかんなく才能を発揮しているようだった。
開発部門で働く者たちは、最初は鳴り物入りで入ったルカを色眼鏡で見ていたが、すぐにその態度を改めた。
考助からの直接の指導を受けたルカは、すでに現役の研究者たちが目の色を変えるほどの実力を有していたのだ。
若いながらも実力が突き抜けているため、周りから浮いたりしないか心配していたダレスだったが、そもそも研究畑の人間は変わり者が多い。
溶け込めたとまではいかないまでも、疎外されるでもなく、ルカは日々の研究に打ち込んでいる。
そんな中で、かねてより研究していた通信具についても、ルカが関わるようになったのである。
そして、そのことにより研究が加速したため、こうして考助にお披露目できるほどの物ができたというわけだった。
ルカはルカなりに頑張っているらしいと考えていた考助は、改めて手元にある通信具を確認した。
その通信具は紛れもなく携帯用で、何とか片手でも使えるような大きさと重さになっている。
ただし、仕組みそのものは、考助が知る携帯電話とは全く違っているので、つくりは全く違っていた。
そもそも音の入出力の方法からして、原理がまったく違っているのだ。
そうなるのも当然だった。
似ているのは、細長い形くらいだろう。
まじまじと通信具を見ていた考助だったが、やがて満足げに頷いた。
「よくもまあ、これだけの大きさにまとめましたね」
残念ながら今考助が手にしている通信具は、最初から決められた相手としか通話することができない。
その辺りは、従来の魔法を使った通信と同じで、相手の魔力を感知して通信を行うようになっている。
携帯電話のように通信具そのものが番号などを持っているわけではなく、持ち主の魔力を登録して使うことになる。
そのため、通信をする相手は、登録された者にしかかけることができないのである。
それでも、今までの高価で使いづらい通信具からすれば、画期的なほど使いやすくなっている。
それだけの機能を手のひらサイズに収めたのは、考助にとっても驚きだった。
考助にしてみれば、固定電話の大きさのものを作るのではなく、最初から小型のものが出てきたことも驚きのポイントとなっている。
考助の言葉に頷いたダレスは、この大きさにできた理由について説明した。
「はっきり言えば、詰め込む魔法陣を小さくすることに一番苦労していたようです」
「そうでしょうねえ」
「ルカが加わったことで、その部分の開発が一気に進んだわけです」
「あー、なるほど」
ダレスの説明に考助は、思いっきり納得した。
そもそも考助がルカに教えた魔法陣の基礎は、複雑になりがちなものをより簡易的に作れるようにするための工夫だった。
それを考えれば、もともとある魔法陣を小型用に作り替えるのは、ルカにとっては、簡単にとは言わないまでもなれた作業だったのだろう。
何となく、うきうきとしながらそれらの作業を進めるルカを思い浮かべながら、考助は苦笑するしかなかった。
こと魔法陣や魔道具に関しては、自分も人のことをどうこういう資格はないという自覚はある。
「まあ、周りともめることなく、きちんと開発を進めているんだったらそれでいいです」
考助は、ルカが周りともめ事を起こすような性格ではないと知っているが、環境や周りにいる人間によってそれが変わってしまうこともある。
ルカのあの性格が、ちょっとやそっとのことで変わるとは思えないが、それでも親としては心配なところはある。
これは、子供たちがいくつになっても変わらない親としての心境だろう。
考助としても、まさか自分がこんなことを考えるようになるとは、少しも思っていなかったが。
子供ができるというのはこういうことなんだなあ、としみじみと思う考助であった。
そんなルカのことはともかくとして、考助は改めて手元にある通信端末を見た。
実際に使って確認しているわけではないので、実用に耐えられるかどうかはわからないが、少なくとも魔法陣には不具合はないように見える。
ダレスがこうして考助のところに持ってくるということは、しっかりとテストをした上でのことだとはわかっているが、一応確認することにした。
「きちんとテストは行ったのですよね?」
「はい。勿論です」
考助の問いかけに、ダレスは自信満々に頷いた。
もともと魔道具の開発において、テストをするという概念はあったのだが、考助のように細かいところまで調べるといったことは行われていなかった。
そもそも魔道具は限られた者が使う道具だったので、不具合が出たところでこういうものなのだという認識で使われていた。
もっといえば、そういった不具合が出ないような魔道具は、基本的に特注の製品となり個々で対応するのが当たり前だったのである。
だが、これから売り出そうとしている通信端末は、そういった限定的な販売にするつもりはない。
そのため、多数の人間が一度に使うことを加味して考えなければならない。
となるとどうしても前もって多くのテストを行い、不具合が出ないかを確認しなければならない、ということになる。
いわなくてもわかることだが、不具合が多い製品を多数の人間が買おうなんてことは、まずありえないのだ。
勿論、不具合と使い勝手は別問題である。
あるユーザーが「こういう風にしてほしい」と要望したところで、他の多数のユーザーがそれとは逆の方針だった場合は、前者のユーザーの要望はかなえることができない。
そんなことをすれば、多くの利用者に販売するという目的とは相反することになるからだ。
それは極端な例になるが、似たような事例は、販売すればいくらでも出てくるだろう。
そういった場合は、そのユーザーが使うための端末を作ればいいのである。
もっとも、たった一人のために新しい端末を作るわけにはいかないので、そこは採算と合わせて考えることになる。
あるいは、特注品として注文を受け付けて作ることになるだろう。
考助は、こうした考え方をすでにシュミットやダレスに伝えてある。
実際に端末を販売するときにどうするか、それを考えるのはクラウンの役目になるだろう。
そもそも本当にこの端末がこの世界に受け入れられるのか、ということもよくわかっていないのだ。
そうした細かいことを決めていくには、実際に売り出されたうえで、ユーザーの声を拾っていかないとわからないこともある。
すでに考助ができることは、こうして端末に極端な間違いがないかどうかをチェックすることくらいなのであった。
ついに通信端末が完成しました。
小型化に成功したのはルカのおかげです。
固定電話みたいな大きなものを最初に作らなかったのは、考助の影響というよりも、すでにクラウンのカードで携帯型の通信具があったためです。




