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塔の管理をしてみよう  作者: 早秋
第6章 ガゼンランの塔再び
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(閑話)販売

 Dランク冒険者であるウイードのパーティは、現在、困難に直面していた。

 それは、普通のパーティではありえない、だが、ウイードのパーティではよくあり得ることだ。

「おい、ウイード。またかよ?」

 後ろから聞こえて来た仲間の声に、ウイードは後ろを振り返って答えた。

「うっさいな。お前だってわかっていなかったんだろうが」

「そうだけどよ」

 ウイードが反論すると、その仲間もそれ以上の文句は言ってこない。

「まあまあ、仕方ないじゃない。それに、いつものことでしょう?」

「そうね」

 ウイードのパーティは、男性二人女性二人のパーティだ。

 その女性二人が、諦めモードで仲裁に入って来た。

 

 今のウイードのパーティの現状を一言でいえば、迷子である。

 知り合いのパーティの者たちから「お前たち、本当に大丈夫か?」とよく突っ込まれているが、こればっかりはどうしようもない。

 冒険者としてやっていくのに危機感を覚えたウイードが、どうにか改善しようと努力してきたが、いっこうに改善する兆しが見えていない。

 ついでにいえば、他のパーティメンバーが最初から諦めていて、自分たちでどうにかしようと思っていないのも問題だった。

 結局のところ、ウイードのパーティの迷子という悪癖(?)は、パーティ全体の問題なのである。

 そんな悪癖を持つウイードのパーティは、これまで何度も冒険先で迷子になっていた。

 うろうろしているうちに不思議と街道の見える場所まで戻れたりしてきたので、大事には至っていなかったのも仲間たちがあまり真剣に考えていない理由の一つなのだろう。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 迷子になったと自覚してから三時間ほどが経った頃。

 すでに、ウイードのパーティは諦めモードに入って、一休みしていた。

 変に無駄な体力を使うよりも、疲れた状態でモンスターに襲われる方が怖い。

 何度も迷子になって来たパーティの要らない知恵の一つである。

 そんなウイードたちの前に、予想外の出来事が起こった。

 腰の丈ほどもある生い茂った草をかき分けるようにして、一人の女の子が現れたのだ。

「お、おい、お前、なんでこんなところに?」

 今ウイードたちがいるのは、塔の階層の一つだ。

 人里離れた場所に民家など建ってはいないはずで、こんな場所に女の子が現れるはずもない。

 だが、ウイードたちのいる階層は、変化をするモンスターは出てこないはずである。

 だからこそ、彼らは目の前にいる女の子がどんな存在なのか計りかねていた。

 

 そんなウイードたちの思いを知ってか知らずか、女の子が首を傾げながら聞いてきた。

「ねえ。お兄ちゃんたち迷子?」

「ぐっ!? い、いや、俺たちは、獲物を探して・・・・・・」

「そう? だったら案内要らない?」

「すいません。迷子です」

 子供を前に一瞬張ろうとしたウイードの見栄は、あっさりと崩壊するのであった。

 

 

 先を歩く女の子のあとをついてくウイードたちは、聞こえないようにこそこそと話をし出した。

「ね、ねえ。これって、まさか?」

「いや、それはねーだろ。だって、俺たちだぞ?」

「そうよね。あり得ないわよね」

 自己評価が限りなく低いウイードたちだが、実際のところはそうでもない。

 そもそも二十代の前半のパーティにもかかわらず、しっかりとDランクに上がっているのだ。

 迷子になる、という点を除けば、平均値よりも上の実力はある。

 

 そんなことよりも、ウイードたちは、女の子に案内されながらとある噂を思い出していた。

 その噂というのは、もちろん狐のお宿に関するものだった。

 何処からともなく現れる子供に付いて行けば、そこには宿が一軒だけぽつんと建っている。

 周囲はモンスターが出てくる危険地帯のはずなのに、近寄ってくるものは一体もいないという不思議ゾーンだ。

 噂になっているのは、モンスターが出てこないことだけではなく、そこで出される食事や温泉のすばらしさもあったりする。

 

 狐のお宿に関する噂が出た当初は懐疑的な者から信じる者までさまざまだったが、アマミヤの塔で活動している冒険者たちの間に広まるのはあっという間だった。

 そして、当然のように自分たちも泊まりたいと言い出す者が続出したが、実際にその宿に泊まれたものはごく少数だけだ。

 どういった者が泊まれて誰が泊まれないのか、色々と話には上がっているが、今のところその答えは分かっていない。

 年齢から強さから性別まで、何を基準に選んでいるのかさっぱり分からないほどに、共通点が無いのだ。

 中には、噂になっている宿に大枚をはたいて泊まりたいと言い出す者まで出て来たが、とうとうその人物の前には宿まで案内する子供は現れなかった。

 そんな狐のお宿に泊まりたいと考えている冒険者は数知れず、泊まれた冒険者たちは一種のステータスを持つことができる。

 それがなおさら宿に泊まりたがる者たちを増加させているのだが、そんな状況にも関わらず宿に泊まったという報告はごくわずかな数でとどまっていた。

 

 ウイードたちは、そんな噂の的になっている狐のお宿にまさか自分たちが、という思いで女の子に付いて行っていた。

 だが、突然風景が変わって目の前に一軒の建物が現れたときには、さすがにその建物が狐のお宿だということが理解できた。

「な、なんと・・・・・・」

「まさか、私たちが・・・・・・」

「冗談だろ?」

「信じられない」

 口々にその思いを口にしたウイードたちをみて、女の子は首を傾げながら聞いてきた。

「泊まらないの?」

「泊まります! いえ、泊まらせていただきます!」

 慌ててそう口走ったウイードに、女の子は不思議そうに首を傾げた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 女の子に案内されるままに狐のお宿に一泊。

 朝になってメンバーのひとりが呟いた。

「はあ~。とっても満足したわ。出来ることならもう一泊したいくらいね」

「そうよね~」

 女子同士が頷き合っている。

 もっとも、彼女たちの話を聞くとはなしに聞いていたウイードも全く同感だった。

 出された食事もきっちりと管理された露天風呂も今まで泊まった宿のどこよりも素晴らしかった。

 これだけのもてなしを提供しているのにも関わらず、料金が高額ではないのもポイントが高い。

 

 十分に満足が出来たウイードたちは、宿のカウンターへと向かい、そこでぽつんと置かれた不思議なものを見つけた。

「・・・・・・あれ? これは何ですか?」

 そこにあったのは小さな陶器の瓶で、神殿で売られている聖水と同じような形をしていた。

 首を傾げるウイードに、カウンターに立っていた女性がニコリとほほ笑んだ。

「こちらは、先日置かれたばかりの当店おすすめの新商品です」

 そう言って商品の内容を話し始めた女性だったが、ウイードたちはその話を聞いて絶句した。

 

「ちょっと待て。モンスターを一切寄せ付けない香水!?」

「しかも、効果は中級まで?」

「なんだよ、それ!?」

「そんなものが・・・・・・!?」

 

 そんなことを言いながら、マジマジとその瓶を見つめた。

「あの~、ちなみに、いかほどで?」

 興味を持ったウイードが確認を取ると、カウンターの女性が効果の割には意外なほど安い値段を言って来た。

 そして、その値段を聞いたウイードは、即決でその香水・狐除香を購入した。

 あとから思えば、宿の雰囲気とサービスに中てられていたのかと思えたが、このときのウイードはそんなことは欠片も考えていなかった。

 効果の割には安いといっても、ウイードたちのパーティにとってはそれなりに高い買い物になる。

 だが、それを見ていた仲間たちも反対する者はひとりとしていなかったのであった。


 

 宿に来たときと同じように女の子に案内されたさきは、見覚えのある街道だった。

 これで街に帰ることができる、と喜ぶウイードたちが次に気が付いたときには、既に女の子はいなくなっていた。

 慌てて周囲を探し出した仲間たちだったが、結局そのあとに女の子を見つけることはできなかった。

 ただ、仲間の一人がこの辺りにいるはずのない狐を一匹見たと言っていたが、他の者たちは見ていなかったので見間違いの可能性もある。

 こうして、ウイードたちの狐のお宿の体験記は終わりとなるのだが、最後にもうひとつ。

 街に戻ったウイードたちは、当然ながら冒険者活動を続けるのだが、不思議なことに以前ほど道に迷うことは無くなっていた。

 それが、狐のお宿に泊まったお陰かどうかは、誰にも分からないのであった。

狐除香のことを書くはずが、最後にちらりと触れただけで終わってしまいました。

ま、まあ、いいですよね?

彼らの方向音痴が改善したのが狐のお宿のせいかどうかは、誰にも分かっていません。

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