(31)それぞれの結末
「くそっ! くそがっ!! くそ野郎が!!!!」
闘技場の中に、イーザクの罵声が響き渡った。
先ほどから相手に何とか攻撃を当てようとしているが、どうしても当てることが出来ない。
今までは、正確にはコリーと戦うまで、あれほど簡単に当たっていた攻撃が、全く当たらなくなっていた。
イーザクには、その事実がどうしても認めることができなかった。
だが、対戦相手は、そんなイーザクに冷ややかな視線を向けた。
「諦めろや。お前の攻撃はもう当たらねえよ。・・・・・・全く、コリーの奴に大感謝だな」
今イーザクと対戦している相手は、当然のようにコリー対イーザクの対戦を見ていた。
あの対戦で、イーザクのほとんどの攻撃とそのパターンを見ることが出来たのだ。
そもそもイーザクの身体能力自体は、せいぜいが闘技場でのAランクの下の方だ。
どんな攻撃が来るのか分かっていれば、対処方法はある。
それが出来るのが、トップ十に入り続けることができる条件といっても良いのである。
たった一度の負けになっただけで、これほどまでに状況が変わるのかと観客たちは不思議な雰囲気でその対戦を見ていた。
ただ、闘技者たちにとっては、それが当たり前の光景だった。
ハルトヴィンが長い間頂点に君臨し続けていられたのも魔道具の効果が大きかったが、コリーに敗れたことで他の闘技者にも負けるようになった。
それは、いくら使っている魔道具の数が多かろうと変わらないことなのだ。
ハルトヴィンが、イーザクが来る前までランク二位を維持できていたのは、あくまでも彼自身の能力が高かったからである。
「お前が使っている道具が素晴らしいのは認めるが、それは決してお前が強いというわけじゃねえ! ってな!!」
そんなことを言いながら、相手はイーザクの攻撃の隙をついて必殺の一撃を放った。
結局、その一撃が決定打となり、イーザクの敗北が決定したのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
闘技場ギルドの建物にある一室に、コリーを除いたトップ十位の者たちが勢ぞろいしていた。
集まった九人の内八人は、残り一人の道化ぶりに冷ややかな視線を向けている。
「ふざけるな! そんな理屈が通用するか!」
「残念だが、通用するんだよ。これはギルドのルールにもしっかりと明記してある。別に、今回の件で特別に作ったわけではない」
道化を演じているイーザクにそう言い返したのは、ギルド長のドナートだった。
彼は今、ランカーたちが決めた内容をギルドとして決定するためにこの場にいる。
その内容というのは、「コリーの名誉殿堂入り投票を認める」というものだった。
名誉殿堂というのは、順位ランクとは違って長い間闘技場で活躍した者が選ばれるものだ。
現役のランカーたちの過半数以上の賛成を得てから、一般投票により名誉殿堂入りするかどうかが決まる。
セイチュンの町の住人たちには、すこぶる人気が高いコリーである。
この場で一般投票が認められば、コリーが名誉殿堂を獲得するのはほぼ確実といえた。
実力主義の闘技場ギルドにとってはほとんど意味と持たないものなのだが、コリーがこれを持てば話は別になる。
何しろコリーは、現役の闘技者でありそのランクも一位を維持している。
そのコリーに名誉殿堂を与えるということは、実力もさることながら、同時に「名誉」も手に入れることができることを意味していた。
これは、闘技場初の快挙であり、もしコリーの名誉殿堂入りが決定すれば、その影響力は多大なものになる。
もっとも約一名を除いて、この場に集まっている者たちは、コリーがそんなものには全く興味を示さないことは分かっていた。
ちなみに、その約一名であるイーザクがこの決定を認めていないのは、「俺を負かした奴に、そんなものを与えられるか!」というどうでもいい理屈であった。
当然、この場にそんな意見を聞く者は、ひとりとしていない。
単純に、コリーがこれ以上の影響力を持つのを嫌がっているというのもあるが、もっといえば、イーザクはコリーとの再戦を願っているのだ。
あれほど完膚なきまでに負けたというのに、全くといっていいほど現実が見えていなかった。
さらにいえば、ダメスにあれほど言われたのに、未だに魔道具を借り続けられているのも影響している。
コリーとの対戦で負けたのは魔力不足、その後に行われた相手との対戦に負けたのは、ただの偶然。
結局のところイーザクは、現実というものが全く見えていないのであった。
この場に集まっている他の者たちは、イーザクのそんな感情が手に取るように分かっていた。
そのため、彼の言葉は全く無視されながら話は進んで行った。
といっても、進める話はコリーの件だけだったので、さほど時間はかからずにその場の話し合いは終わりとなるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
ダメスの屋敷にいたアメディーオは、部下からの報告を聞いてため息をついた。
「コリーが名誉殿堂に、ですか」
「はい。既に町では、その噂でもちきりです。それもほとんどが好意的なもので、殿堂入りは確実だと言われています」
「それはそうでしょうね」
コリーとイーザクが対戦するまでは、イーザクの噂は非常に評判が悪かった。
加えて、もともとのコリーの人気は高かった。
イーザクとの戦いで勝ったことにより、コリーの人気は不動のものとなっていた。
アメディーオからすれば、コリーの人気取りに逆の意味で一役買ってしまったということになる。
途中までは上手くいっていたのに、どうしてこうなったのか、とアメディーオはため息を吐いた。
「これは、もう駄目ですね。前の戦いを見ても、彼は役に立ちそうにないですし」
イーザク本人はまだまだやる気を見せているが、既にどうしようもない程、他のランカーたちに戦い方が見破られている。
どう考えてもここからの逆転は無理だろう。
「・・・・・・ことを急いで、彼を使ったのが間違いだったでしょうか。いえ。逆にあれ以上の強者となると、プライドが邪魔して使えないですね」
アメディーオが、イーザクに魔道具を貸し与える相手として選んだのは、タイミングがあったというのもあるが、それ以上に良い感じでこちらの思惑通りに動いてくれそうな人材だったからだ。
事実、ランク二位までは入ることが出来たのだから、結果としては上々だった。
だが、それ以上になれなかったのは、やはり彼の実力不足が否めない。
ただ、それ以上の腕の持ち主となるとプライドの高い者が多く、他者が貸し与えた魔道具で戦いを続けることに拒否を示すものが多かったのだ。
逆に帝国の騎士の誰かを使うという方法も取れなくはなかったが、それだと逆に目立ちすぎる。
帝国の、というよりも王族の関与は、できるだけ表に出さないというのが当初の方針だった。
結局、イーザクを使うことになったのは、計画を始めた時点では最善の選択だったのである。
部下のこれからどうするのかと言わんばかりの視線に、アメディーオは首を左右に振った。
「これ以上は、どうしようもありませんね。今はまだいいですが、頃合いを見て彼から魔道具の回収をしましょう。あとは、交渉窓口に徹するだけです」
これからは、それぞれの組織の上層部同士がやり取りをすることになる。
ただ、上層部が実際に表に出てくることはなく、今までのように自分たちが直接のやり取りをすることになるのだろうとアメディーオは考えていた。
そのためにも単純に引き上げて終わり、というわけにはいかない。
これから先のことを考えて、アメディーオはため息をつくのであった。
これで長かった「ガゼンランの塔再び」編は終わりです。
次は、このまま塔に帰って・・・・・・の前に、折角ですから、狐のお宿の様子とシュミットの悲鳴でも聞きましょうか。
今のところまだ不明ですがw




