(14)手品の種
あけましておめでとうございます。
本年も「塔の管理をしてみよう」をよろしくお願いいたします。
もともとハルトヴィンは、戦い以外にはほとんど興味を示さない強者だったため周囲に何かをするということは無かった。
むしろ、闘技におかしな輩が出てくれば、その強さで蹴散らしていたので人々の人気も高かったのだ。
ハルトヴィンという絶対的王者が長い間君臨していたセイチュンの闘技戦だったが、コリーという女性闘技者の出現によりその支配が崩れることとなった。
コリーは、闘技に現れるなり今までの記録を破る速さで上まで上り詰めて行き、絶対的王者だったハルトヴィンの秘密さえ暴いて勝者となる。
これにより、長い間のハルトヴィンの支配は終わり、コリーが君主として上に立つことになったのである。
そのコリーは、ハルトヴィン以上に周囲に何かをもたらすということはなかった。
何しろハルトヴィンとの戦いが終わるなり、セイチュンから姿を消したのだからそれも当然だろう。
そんな中で現れたのが現在ランク二位のイーザクだった。
コリーのときと同じように短い期間で上まで上り詰めたイーザクだったが、その人気は遥か底辺に位置していた。
何しろイーザクは、傲慢・横暴・残忍と三拍子そろって嫌われるような性格の持ち主だったのだ。
だが、その実力は本物で、ついにハルトヴィンまで破ってしまった。
この事実に、人々はついに恐怖政治が始まるのかと戦々恐々としていたのである。
もっとも、闘技場ランク一位だからといってセイチュン全ての権力を握るわけではないが、それでも大きな力をイーザクが握ることになる。
二位の今でもやりたい放題にやっているイーザクなのだ。
もし一位になればどんなことになるのか分からない、という焦りが人々の中にあった。
そんな中でランク一位のコリーが、セイチュンに戻って来た。
人々がコリーに期待を寄せるのは当然の流れといえるだろう。
闘技場内は、そうした人々の期待もあって最高潮に盛り上がっていた。
そのほぼ全てがコリーへの応援で埋め尽くされていた。
そんな場内の様子を苛立たし気に見回していたイーザクだったが、コリーが現れるなりその顔をニヤリとゆがめた。
誰が見ても何を考えているのか分かる表情だった。
「ハハ! まさか、噂のあんたが、こんな美人だったとはな! こんな下らん戦いすぐに終わらせて、あとは二人で楽しもうぜ?」
下種な表情を浮かべながら舌なめずりをしたイーザクに対して、コリーは全くの無反応だった。
実際には、見る者が見れば相手をするのも馬鹿らしいという顔をしているのがわかるのだが、幸か不幸かイーザクにはそれは分からなかった。
全く反応を示していないと受け取ったイーザクは、苛立たし気に舌打ちをした。
「聞いているのかよ! おい!」
コリーは、そんなイーザクをただジッと見つめている。
「・・・・・・フン。まあいいさ。戦いが始まれば、かわいい声で鳴かせてやるぜ?」
いつまでたっても何も言わないと分かったイーザクは、最後にそんなことを吐き捨てて最初の対面を終えるのであった。
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いよいよ始まったコリー対イーザクの戦いは、大方の予想と違って一方的に進んでいた。
いや。途中までは予想通り拮抗した戦いが続いていたのだ。
どちらかといえば、観客の目にはコリーの方が戦いづらそうにしているような印象さえ受けていた。
それが、ある時を境にあっという間に攻守が逆転していたのである。
しかも、ハルトヴィンのときと違って、コリーの解説(?)もなかったのだから、観客には何が起こっているのかすら分からなかっただろう。
そんな中でも、ランク上位者たちは流石にこの状況をちゃんと把握していた。
「・・・・・・なんというか、手品の種は割れてしまえばあっという間に終わってしまうんだな」
そのカルメンの感想に、ハルトヴィンが自嘲気味に苦笑した。
「手品の種、か。確かにそうだな」
「でも、あの手品の種を一度目の戦いの最中に見切るなんて、普通は不可能だと思うけれど?」
ジアーナの感想には、カルメンとハルトヴィンもわずかに呆れた表情が含んでいた。
コリーがこの戦いの中で行ったことは、ハルトヴィンとのときとほとんど変わらない。
イーザクが何をやっているのかを見極めて、その弱点を突いているのである。
と、言葉にすれば簡単だが、ジアーナが言った通り普通はそんなことは出来ない。
「・・・・・・武器や魔法を使っての攻撃の場合は予想して躱すことができるが、魔道具の場合はそれが難しい・・・・・・はずなんだがな」
「それについては、私が・・・・・・あ、ほら今も」
ジアーナの言葉に合わせるように、コリーの周囲でちょっとした光が走った。
「結界、か?」
「そうね。ほとんどノータイムで、この闘技場に張られているものよりも強力なものを張っているわね」
「この闘技場よりって・・・・・・」
とんでもない事実に、カルメンは言葉を失った。
古来より受け継がれてきたこの闘技場の結界は、あり得ない程頑丈に出来ている。
だが、カルメンの話では、コリーはそれ以上のものを短時間で、しかも戦闘中に使いこなしているというのだ。
ジアーナの解説を聞いて、ハルトヴィンが口を開いた。
「・・・・・・イーザクの奴は、俺たちに読めない動きで複数の魔道具を使いこなしていた。お陰で俺は無様に攻撃を食らったわけだが、コリーはあの変則的な動きをしっかりと読んでいるわけか」
「あんたを一撃で倒したという攻撃もとんでもないと思うがな」
カルメンの混ぜっ返しに、ハルトヴィンは顔をしかめつつ答える。
「それは、褒め言葉になっていないぞ」
「まあまあ。とんでもないことをさらりとやってのけているわけだ、コリーは」
「でもその回数も減ってきているわね」
「パターンをよんだか」
ジアーナと同じようにコリーの動きを読んでいたハルトヴィンもそれに気づいた。
コリーは、先ほどまでは魔法を使って躱していた攻撃を、体の動きだけで避けるようになっていた。
そこからはコリーがイーザクの攻撃をかわすだけの状態が続いた。
その様子をみて、カルメンが首を傾げる。
「何をやっているんだろうな? 倒そうと思えばいつでも倒せるだろうに」
遠めで見てもイーザクが苛立たし気にまくし立てているのが分かる。
コリーはそんなイーザクを無視して、ひたすら相手の攻撃をかわし続けていた。
「何。簡単な話だ。わざと見せてやっているのだろう」
「そうね。らしいと言えばらしいけれど」
ハルトヴィンとジアーナの言葉で、カルメンもようやくコリーが何をしようとしているのかが分かった。
正確には、イーザクが何をしようとしているのかが分かったのだ。
「なんだ? 何か一瞬動きが止まったようだが?」
「魔力切れ、か」
「そうね。考えてみれば、あれだけの規模の魔法を使い続けられるはずがないもの。どうにかして魔力を補てんしていてもおかしくはないわ」
「魔力の補てん? そんなことができるのか?」
「クラウンがそんなものを売り出しているという話は聞いたことがあるけれど、似たような物じゃないかしら?」
考助が開発した魔力電池は、初めて見る者が多かったがどこかに同じようなものがあってもおかしくはない。
ついでにいえば、三人はイーザクが使っている魔道具の一つ一つがかなりのものだと推測している。
下手をすれば、国宝クラスと認定されてもおかしくはない程だと。
「そろそろ終わりか」
ハルトヴィンがそう呟くとほぼ同時に、コリーの攻撃がイーザクに当たって崩れ落ちた。
イーザクの身体能力自体は、ハルトヴィンが見る限りでは上位ランクの下の上くらいだった。
それが、ここまで上り詰められたのは、間違いなく使っている魔道具のおかげだろう。
だが、それもここまでだとハルトヴィンは考えている。
自分自身も既にいくつか対策が出来ているし、それは一緒にみていたカルメンやジアーナも同様だろう。
今後イーザクは、最初の頃にカルメンが呟いた「手品の種が暴かれた手品師」を演じていくことになるというのがハルトヴィンの予想であった。
国宝クラスの魔道具を複数種類使いこなして、ここまで上り詰めたイーザクでしたが、コウヒには敵いませんでした。
魔道具使いの相手の難しさは、三人が解説した通りです。
ただ、一般に売られている魔道具では、ここまでの力にはなりません。
やはり使っていた魔道具の力が大きかった、というわけです。




