(2)セイチュンの町、再び
狐のお宿の特産品をどうするかという話をした結果、再びガゼンランの塔へと出向くことになった。
シルヴィアが作るための化粧品の素材として、ガゼンランの塔で採れるアエリスの水が一番いいという話になったためだ。
どういった物ができるかは完全にシルヴィア任せになるが、珍しいことにシルヴィアが自信を持って請け負っていたため、それについては誰も心配していない。
ただし、いくらシルヴィアとはいえ、いきなりすぐに新しい化粧品ができるわけではない。
そのため、いつでも素材を賄えるように塔にこもって現地調達することになったのである。
シュレイン、シルヴィア、フローリアが今回のメンバーに入っているわけだが、それに加えてワンリも付いてきていた。
勿論、考助が出る以上、コウヒとミツキは当然のように一緒にいる。
ある程度の期間の滞在になることが見込まれたため、妊娠中のピーチと子育て真っ最中のコレットは今回アマミヤの塔でお留守番となった。
アエリスの水は、ガゼンランの塔の中でもいくつか採取できる場所があるが、今回は第七十層の神殿にある泉から採取することにした。
一番の理由は、その階層までたどり着ける冒険者がいないためだ。
それに加えて、神殿を利用して簡易的な拠点にしてしまおうという目的もある。
流石に上級モンスターが出てくる場所で、テントを張っただけの状態で何日も過ごすのは心もとない。
神殿という建物さえあれば、それを利用して考助が作った魔道具で恒常的に結界を張ることも出来る。
麓の町に宿を取って何度も第七十層を往復するのは、流石に手間がかかりすぎるのである。
そういう理由から馬車の中に色々な道具を積んだ状態で転移門を通った考助たちだったが、いきなり出鼻を挫かれることとなった。
馬車で塔の攻略をする冒険者が多いことから大きめに作られた入口を通ってすぐに、転移門の順番待ちをしていた一部の冒険者たちが騒ぎ出したのだ。
「お、おい。あれって<神狼の牙>の連中じゃねーか!?」
「うぉっ!? まじだ!」
「なんだ、ずいぶんと久しぶりだな。アマミヤに行っていたのか」
考助の姿を、というよりも、コウヒの姿を見て口々にそんなことを言い出して、その場はちょっとした騒めきに包まれることとなった。
そして、そんな騒ぎに気が付いた支部の職員が、何食わぬ顔で通り過ぎようとした考助たちを止めたのである。
「あ、あの!? 本当に<神狼の牙>のメンバーの方でしょうか!?」
あっさりとばれたのはちょっとした計算違いだったが、考助としては別に隠すつもりはなかったので、あっさりと頷いた。
「はい。そうですが?」
「あ、あの、すいません! 少々お時間を頂けないでしょうか?」
その職員の言葉に、考助は首を傾げた。
セイチュンに来たばかりの考助たちに一体何の用事があるのかが分からなかったのだ。
不思議そうな顔をしている考助に、職員が慌てて言葉を付け加えた。
「あの、実は皆様がいらしたらお止めするようにと言われておりまして・・・・・・すぐに知らせが来るはずです」
職員はそう言いながら別の職員へと視線を飛ばした。
するとその職員は、バタバタと別の場所へと駆けだして行った。
彼らの様子を見る限りでは、上から何か言われているのだろうと察した考助は、周りを見ながらこう申し出た。
「待つのは構わないのですが、まずはこの場所からどいた方が良くないですか? 転移門が詰まりますよ?」
今考助たちが馬車と共に陣取っているのは、転移門がある部屋の出入り口だ。
いくら大きめに作ってあるとはいえ、複数の馬車が交差できるほどの広さはない。
「あっ!? そ、そうですね。此方へお願いします」
余程慌てていたのか、ようやくそのことに気が付いた職員が、馬車が止まっても大丈夫な場所へと考助たちを誘導した。
それからすぐに、別の職員が考助たちの馬車の傍へと駆け寄って来た。
「お待たせして申し訳ありません! あ、馬車はこちらで責任を持って預かっておきます」
「そう? よろしくね」
「はい!」
何やら対応する職員全員が固いのが気になる考助だったが、取りあえずはそれらを無視して馬車を預けた。
そして、案内されるままに支部の建物内を歩いて行く。
既に考助たちが来ていることが噂として広まっているのか、すれ違う者たちすべてが考助たちに注目している。
そのたびに聞こえてくる話し声から判断するに、どうやらセイチュンの支部において<神狼の牙>を作った考助たちは、とんでもないメンバーだと祭り上げられているようだった。
そもそも支部の前身となるギルドが<神狼の牙>だったのだから、ある意味で当然と言えるだろう。
そう言う意味でこの騒ぎは、この状況を予想できずにのこのこと顔を出した考助たちの落ち度といえるかもしれない。
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冒険者たちに注目されながら考助たちが通されたのは、支部長の部屋だった。
考助たちが去った後に支部長に任命されたのは、ドノバンという男だった。
いかついその体から、どう見ても元は冒険者で体を張って生きて来た男だということがわかる。
その隣には、対照的に細身の女性が立っていた。
ドノバンの補佐役として副支部長に着いているアデールだ。
お互いに自己紹介を済ませると、ドノバンは余計なことは言わずにすぐに本題に入った。
「いや、わざわざ出向いてもらってすまねーな。本来であれば、こっちがお伺いしなければならんところなんだが」
いかにもこれから厄介ごとをお願いしますよと言わんばかりの言い方に、考助は苦笑をするしかなかった。
そもそもセイチュンの支部に関しては、考助たち自身が派手に動いて出来たという経緯がある。
本来のものではないにしろ、ある程度の実力は知れ渡ってしまっている。
「いや、流石に支部長自ら出向かれると、騒ぎに拍車がかかるので止めてください」
「ハハッ、いや、それもそうだな」
考助の答えに満足したのか、何度も頷きながらドノバンは視線をアデールに向けた。
詳しい説明は彼女にさせるという意思表示だった。
取りあえず全員がソファに腰を落ち着けたところで、アデールが話を始める。
「コウ様たちにこちらまで出向いていただいたのには、一つはお願いと、もう一つはお話ししたいことがあるためです」
お願いはともかく、話を聞いた段階で後戻りが出来なくなりそうな気がした考助だったが、取りあえず頷いて先を促した。
「お願いの方は、単純な話です。コリー様に闘技場ギルドに出向いてもらって、試合に出ていただきたいのです」
「コリーに?」
「お忘れかもしれませんが、コリー様は未だにランク一位の選手となっております。幾ら規定があって大丈夫とはいえ、いつまでも姿を見せないコリー様に業を煮やして、一部の者たちが順位を返上しろと言っているようでして・・・・・・」
「ああ、なるほど」
何となく状況を察して、考助は大きく頷いた。
はっきりいえば、考助にとってもコウヒにとっても闘技場ランクは支部を作るために利用しただけであって、返上しろというのならいつ返上しても構わない。
ただし、アデールの言い方と顔を見る限りでは、そう簡単に返事をしていいようにも思えない。
「取りあえず、顔を見せるだけでも大丈夫でしょうかね?」
「・・・・・・正直に言えば、それだけで済むとは思いませんが、まずはそうしていただけないでしょうか?」
何とも言えない表情でそう言ったアデールに、考助も苦笑を返した。
クラウンとしても一冒険者のことなのでと突っぱねても、何度も闘技場ギルドから催促が来ているのだ。
ある程度闘技場ギルド側の事情を知っているアデールとしても、出来れば何かの対処をしてほしいといったところだった。
「分かりました。コリー、良いよね?」
「コウ様がそうおっしゃるのであれば」
コウヒが簡単に頷くのを見て、アデールもホッとした表情を浮かべるのであった。
というわけで、セイチュンに舞い戻ってくるなり騒ぎに巻き込まれることが確定しました。
まずは闘技場ギルド。
此方は、基本的にコウヒが一人で対処することになります。
もう一つの話は、次話です。




