(1)きっかけ
その日、考助はワンリからとある相談を受けていた。
「特産品?」
「うん。出来れば、お宿で売れる特産品が何か作れないかなって」
人型になったワンリは、小さく首を傾げながら真剣な表情になっていた。
今のワンリは、既に大人の女性に一歩足を踏み入れた雰囲気になっている。
人型になれるようになってから既に十五年以上たっているのでそうなるのも当然といえば当然だが、召喚した時から見て来た考助としては、非常に感慨深い。
そんなワンリが考助のところに相談に来たのは、狐たちが経営している宿に何か特産品を置けないかというものだった。
「・・・・・・うーん。特産品ねえ」
いくら考助といえども、宿の特産品といわれてもすぐに思いつくはずもなく、首を傾げることとなった。
その考助の姿を見て、ワンリは表情を曇らせた。
なにかいい案はないかと思って聞きに来たけれど、あまりに突然すぎたかと不安になったのだ。
そんなワンリの頭を、偶々一緒に話を聞いていたシルヴィアが撫でた。
「大丈夫ですよ。あの顔は、何かないかと悩んでいるだけで、別に困っているわけではありませんわ」
「そうなの?」
「そうなんですよ」
シルヴィアが力強く頷くと、ワンリもホッとした表情になった。
その二人の会話を右から左に流しながらしばらく悩んでいた考助だったが、やがて首を左右に振った。
「駄目だね。全く思いつかないや。シルヴィアは何かない?」
「私ですか? ・・・・・・そうですね」
考助から話をふられて、シルヴィアも同じように首を傾げた。
ワンリたち狐が経営している宿は、主なターゲットが塔の各階層を攻略している冒険者になる。
あくまでも冒険者たちの前に姿をさらしているのは人型の姿なので、まさか宿に来ている全ての従業員が狐だとは思っていないだろう。
宿で売られている狐グッズも、周辺に狐が多くうろついているから、くらいにしか考えていないはずだ。
「基本的にお宿に来るお客様は冒険者ですから、なにか荷物にならないようなものが良いと思いますわ」
「だよね。ああ、そうか。どうせだったら狐印の回復薬を出すとか?」
「確かに冒険者でしたらそれでもいいのでしょうが、お宿には冒険者だけが来ているというわけでもないのですよね?」
シルヴィアに視線を向けられて、ワンリは慌ててコクコクと頷いた。
冒険者が多く来ているのは確かなのだが、少ないながらも他の職業の人間も泊まりに来ることもある。
それは、宿に勧誘している狐たちが、第五層の街で勧誘したりすることもあるからだった。
第五層にある街では、狐のお宿の噂が広まっていて、半信半疑ながらも連れ込まれてくる者もいるのである。
ついでにいえば、ある程度連れ込まれる場所が特定されてきているので、変な勧誘を疑われることも少なくなっている。
逆にそれを狙って犯罪などを起こそうものなら、折角のルートが潰されるので逆に監視されているような状況になっていた。
狐のお宿とイグリッド族が経営している宿町は、ちょっとした休暇を求めている者たちにとっては、垂涎の場所になっているのだ。
狐のお宿は一つしかないので、限られた数しか泊まれない。
そのため、特産品を作っても大量に売ることは不可能に近い。
とすれば、多くの儲けを出すには独自品を出さなければならないのだが、これが難しいのだ。
頭を悩ませる三人のところに、シュレインとフローリアも加わって来た。
「なんじゃ? 何をしておる?」
「また妙なことを始めようとしているんじゃないだろうな?」
ワンリがいる時点で、狐のお宿に関することだということは分かる。
だが、そもそも狐が経営している宿という時点で、奇抜すぎる存在なのだ。
フローリアの言いたいことも分からなくはない。
だが、少なくとも今回に限っては、別に何かおかしなことを始めようというわけではない。
シルヴィアが事情を話すと、シュレインとフローリアは同時に頷いた。
「なるほど。まっとうな経営戦略だな」
狐のお宿を普通の経営と考えていいかは別として、特産品を置きたいという当たり前の戦略にフローリアは頷いた。
宿単独であれ、宿場町全体であれ、代表するようなお土産を用意するのは、むしろ義務に近い経営方法といえる。
折角泊まった宿の思い出を買うのは、お客にとっては必要な作業の一つである。
「狐のお宿のお土産のう。確かにすぐには思い浮かばないの」
イグリッドとヴァンパイアが経営している宿場町では、主にイグリッドが作っている工芸品がお土産として用意されている。
そのお土産は、芸術性も高いので一部のコレクターが出てきている程に人気がある。
シュレインとフローリアも加わって五人で頭を捻っていたが、やがてシュレインがポンと手を打った。
「おお、そうじゃ。折角だから化かす繋がりで、化粧品などどうじゃ?」
「化かす繋がりはともかく、化粧品って?」
そんなもの作れるのかと考助は首を傾げたが、フローリアとシルヴィアがすぐになるほどと頷いた。
「ふむ。それは確かに行けそうだな。シルヴィアはどうだ?」
「いける・・・・・・と思います。折角なので、なにかいい素材とかは欲しいですが」
「確かにそうだな」
何やら三人で納得しあっていて、考助とワンリは置いてきぼりになって顔を見合わせた。
「えーと、どういう事?」
「どうもこうも、狐は化かすものだろう? だったら、同じ意味を持っている化粧品を置けば・・・・・・」
「いや、そうじゃなくて。そういった語呂合わせでお土産を作るなんて、それこそ良くあることだからいいけれど、その化粧品は誰が作るの?」
その考助の疑問に、フローリアが目をぱちくりとさせた。
「何を言っている。シルヴィアに決まっているではないか」
「え? シルヴィアが? できるの!?」
「何を当たり前の・・・・・・あー、そうか。コウスケにとっては当たり前ではなかったか」
ようやく話の齟齬に気付いたフローリアが納得したように頷いた。
そのフローリアの言葉を聞いて、シルヴィアとシュレインも納得している。
相変わらず考助とワンリは置いてきぼり状態だった。
考助とワンリに説明するために、シルヴィアが口を開いた。
「コウスケさんもワンリも知らないようですから説明しますが、化粧品の作成は、基本的には私のような巫女が行うものなのです」
「えっ!? そうなの?」
今更といえば今更の事実に、考助は驚いた。
そもそも化粧品など自分で買いに行くことのない考助は、それらがどこで売られているのかも知らなかった。
もし買いに行っていれば、神殿で売られているのを見て、すぐに理解できただろう。
「はい。そもそも化粧というのは、儀式や術を行う上で施すものだったので、当然作るのも神官や巫女になります」
今では、儀式の前に施す化粧と普段女性たちが使う化粧は全く違うものが使われているが、元をただせばそういうことになる。
その流れで、現在になっても化粧を作るのも売るのも神殿が行うことになっているのだ。
勿論、神殿には販路などないので、そこから商人の手が入ったりはしているのだが。
「なるほどねえ。狐のお宿なら数も大量に作る必要もなさそうだし、シルヴィアが作って卸すというのもありというわけか」
「そうだの。ついでにいえば、最高位の巫女が手ずから作る化粧品じゃ。かなり高品質になるじゃろう?」
「本格的に作るのは久しぶりですので、準備期間は欲しいですが」
謙遜気味に言っているシルヴィアだったが、完全に否定はせずにむしろ任せてほしいという顔になっていた。
「となると、後は材料をどうするかだが・・・・・・」
「何を言っておる。最高の材料が手に入るではないか」
悩ましく首を傾げたフローリアに、シュレインがあっけらかんと言った。
「なんだと・・・・・・?」
「あっ・・・・・・!?」
シュレインの言葉に、フローリアは首を傾げたが、シルヴィアはすぐに思い立ったのか声を上げた。
「ガゼンランの塔?」
「そうじゃ」
「おお! そうか」
三者三様に頷く中で、考助とワンリは取り残されたように、ポカンと三人を見るのであった。
というわけで、化粧品の材料を求めて再びガゼンランの塔へと出発です。
今回はワンリも活躍できるといいなー。(予定は未定)




