(13)大会主催
ピーチが暇つぶしの兵陸棋をやりだしてからひと月が経ったある日。
考助が若干呆れたような表情で、集まった者たちの顔を見ていた。
「まさか、たったひと月で実現するとは思わなかったよ」
「すごいだろう?」
その考助の言葉に、フローリアは胸を張り、トワが苦笑した。
「父上はご存じないのかもしれませんが、少なくともラゼクアマミヤにおいては、兵陸棋はかなり浸透しているゲームなのですよ」
「へー。そうなんだ。だからといって、国主導で大会を開くまでする?」
先日、考助が何気なくフローリアに話した兵陸棋の大会が、いつの間にやらラゼクアマミヤが主導して開催される運びとなっていた。
フローリアがやたらと真剣な表情で聞いていたが、そのときはまさか本当に実現すると考助は考えていなかった。
女王位から下りたフローリアだが、その分フットワークが軽くなっているような気がする。
ただし今回の場合は、フローリアの力というよりも別の理由の方が大きかった。
「それこそ老若男女、幅広く知られているからな」
「だれでも熱中できるものを、国が応援できる機会はそうそうないのです」
娯楽が少ない世界というのもあるのだろうが、セントラル大陸においては、兵陸棋は多くの者たちに親しまれているゲームだった。
一般に広まっていることもあって、必要な道具は安価に揃えられるようになっている。
一家に一つは兵陸棋をするための盤駒が揃っていると言われているくらいだった。
「今回母上がこの話を持って来たとき、むしろ乗り気だったのは上層部のほうでした」
フローリアが考助から話を聞いて、ある程度具体的にまとめたものをトワに話しにいくと、周囲で話を聞いていた重役たちの方が目を輝かせたらしい。
その上で、「どうして今までそんなこともやっていなかったのか!」と悔しがり、そこからはあれよあれよという間に話が進んだそうだ。
フローリアとトワから話を聞いた考助は、半分は呆れ、半分は納得していた。
それだけ娯楽というものに飢えていたということもあるのだろう。
ついでにいえば、計画自体はきちんとしたもので、しっかりと賞金も付けられている。
本選トーナメントの一位になるだけで、一般家庭の年収の十年分の額が支給されるのだから相当なものだろう。
「よくまあ、こんなに賞金が出せたね」
考助としては、国の財務が大丈夫なのかと心配になったが、これにはトワもフローリアも首を左右に振った。
「ラゼクアマミヤとしては、転移門から得られる収入だけでかなりの額になっています。むしろ、こういう使い方をして一般に還元しないと駄目なくらいです」
トワがそういったように、ラゼクアマミヤの収入は、国民やギルドから得られる税収よりも、転移門から得られる収入の方が多いくらいだ。
それだけ転移門が多く使われているということになるが、大陸の両端を一気に移動できる利便性を考えれば、それも当然だろう。
現在第五層の街を通るための転移門は、三種類の区分に分けられて運営されている。
一つはアマミヤの塔に住居を構えている者、二つ目はラゼクアマミヤ国民、最後が外国籍を持つ者だ。
塔内に住んでいる者たちは、基本的には無料になり、外国籍の者は利用料が高くなる。
下手をすれば、第五層の街に出入りをしている人の数は、世界中を見ても類を見ない程になっているのだ。
国家が得た収入は、その全てを溜め込んでしまうと国内の経済にとっては悪影響を及ぼすこともある。
お金の流動性を促すためにも、ある程度の金額は国家を運営していく上で使わないと駄目なのだ。
・・・・・・ということを主張して、重役たちがノリノリで金額を設定していった、というのがトワの言葉だった。
「ホントに良いのかな、それで?」
何となく裏があるような話に、考助は若干半眼になった。
それをみたトワとフローリアも苦笑をしていたが、半分ため息混じりに言った。
「まあ、何となく奴らの思惑も見えなくはないが、それはそれで構わん」
「むしろ分かりやすい分、対処がしやすいですからね」
それでなくとも、フローリアが直接提案をして、国王であるトワが直接かかわることになった大会だ。
自分自身は無理でも推薦した者が大会で優勝したとなれば、それだけで名を世に知らしめることができる。
いわゆるスポンサー的な存在になるのだが、そうした補助が出来るほどの金を持つ者は、必死に強いプレイヤーを探しているということだった。
その程度の動きは、トワもフローリアも簡単に予想が出来ていたので、対処に困るということはない。
むしろ、予想外のことをやってくる人物の方が対処に困ることもある。
「奴らは行動が読みやすい分まだいいんだがな。困っているのは、むしろ一般の参加者だな」
「彼らはかかっている額が額だけに、分別のない行動をとることがありますからね」
どこどこの誰々が強いという噂が広まれば、その人物の出場を取り止めるように脅したりといった事件があったようだ。
当然、そんなことは主催しているラゼクアマミヤが許すはずもなく、厳しく取り締まることとなったが、それでもまだいくつか事件は起きていた。
それに、事件が表に出ているのはまだいいが、問題なのは裏で起こっていることだ。
流石に事件化しないと国としても事態の収拾に乗り出すことが出来ない。
そうした者たちに対して、どうフォローをして行くのかというのが当面の課題だとトワが話した。
ついでにいえば、本選が始まるまではそうした騒ぎもしばらく続くというのが予想されていた。
本選さえ始まってしまえば出場者も限られるので、対処がしやすくなる。
それまでは、主催者としての踏ん張りどころとなる。
「予選が始まるのがあと二か月後か。長いのか短いのか微妙な所だよね」
「そうですね」
本来であれば、周知や準備をすることを考えてもっと期間が欲しいところだが、あまり期間を設けると熱が冷めてしまうこともある。
なかなか判断が難しいところだ。
「今回上手くいけば、次回は一年後だからな。そうすればさらにスムーズにことが運ぶだろうな」
「そうだね。それに、たぶん変な事件も減るんじゃないかな? 無くなることはないと思うけれど」
「というと?」
首を傾げたフローリアに、考助がさらに説明を続けた。
「一回やれば、個人の力だけで優勝までするのは無理だとすぐにわかると思うからね。時間もお金も。だから、時間が経てば、ある程度は組織化していくと思うんだよね」
この場合の組織化というのは、別に大袈裟なものではなく、町の小さな道場のようなものも含まれている。
例え小さくとも、個人で動かれるよりは集団になったほうが、管理がしやすくなる。
大会が回数を重ねれば重ねるほど、そうした動きが加速するというのが考助の考えだった。
実際にそうなるかどうかは分からないが、いつまでも個人での参加が続くとはトワもフローリアも考えていない。
どうしたって、多くの時間をかけられる者が強くなるのは道理だからである。
「まあ、先の話はともかく、今は今回のイベントを成功させることだな」
「そうですね」
「あれ? そういえば、クラウンは今回は噛んでないの?」
二人でうなずき合っているフローリアとトワに、考助が首を傾げながら聞いた。
「ああ、今回は完全に国が独立してやっているな。もっとも、あちらはあちらで考えているみたいだが」
フローリアがシュミットにこの話をしたときに、何やら笑顔を浮かべながら企んでいる表情をしていたように見えたので、このまま何もせずに終わるとは思えない、というのがフローリアの感想だった。
何ともありそうな話に、考助も苦笑交じりに頷いた。
今はまだ、様子を見ているというのが正しいだろう。
何はともあれ、今回のラゼクアマミヤが企画したイベントは、各所から注目を集めていることだけは間違いない。
なんとか次回に繋がるように、無事にイベントが終わるように成功を祈るフローリアとトワなのであった。
前話で何やら企んでいたフローリアでしたが、早速動きましたw
というわけで兵陸棋の主催をラゼクアマミヤが行います。
これはあくまでも大会のスポンサー的存在で、棋士を擁する組織ではありません。




