(10)情報の扱い
アイリスが見たことは、直接影の長であるマチェイに報告することになっている。
それだけ影の長たちも、ピーチたちの動きを重視しているということになる。
アイリスは、長と対面するなりピーチの妊娠の兆候についての話をした。
「ふむ。なるほど・・・・・・」
そう言った長の表情は、アイリスから見て、何の変化もないように見える。
長が他者に表情を読ませないのは、一族の頂点に立つ者として当然だろうとアイリスは考えていた。
もっとも、そう考えていたのはアイリスだけだったようで、他の幹部たちは小さく笑った。
「マチェイや。いい歳をして、羨ましそうな顔をするんじゃないよ」
女性の幹部の一人がそう言うと、更に笑い声が大きくなる。
「う、うるさい! アイリスの前でそんなことを言うな!」
慌ててマチェイがそう言うが、幹部たちのやり取りを見ていたアイリスは、呆然としていた。
影として相手に表情を見せるのは致命的なミスといえるのだが、余りに意外な幹部たちの一面を見てつい表情を出してしまった。
そんなアイリスの顔を見ながら、マチェイはコホンと一つ咳ばらいをしてから続けた。
「それで? アマミヤの者たちは、今後はどうすると?」
「今まで通り計画は進めるそうです。ただ、ピーチに変わって他の女性が代わりを務めると言っていました」
「他の女性? あの者に代われるほどの人材がまだいたのか?」
ピーチと直接対面したことのあるマチェイは、その実力のほどを見て取っている。
あの穏やかな表情の裏に、とんでもない実力が隠れていることは分かっていた。
勿論、どの程度の力があるかまでは、正確には分かっていないが、それでもそうそう簡単に代役が見つかるとは思えない。
本当に代わりの者がいるとするのであれば、アマミヤのサキュバスは相当な実力者を揃えているということになる。
今回は同盟のような関係になっているが、将来的にはどうなるか分からないため、警戒をしないといけない。
組織の上に立つ者としては、当然のことだった。
そんなことを考えていたマチェイに対して、アイリスは首を縦に振った。
「何でも、戦闘に関しては、ピーチ殿の傍に付いていたミリー殿が務めるそうです」
ミリーは勿論、ミツキのことである。
流石にミツキの名前は大っぴらに言えないので、偽名を使っているのだ。
そして、アイリスの報告を聞いた一部の幹部たちが大きく表情を変えた。
マチェイもそのうちの一人だ。
「な、なんと!?」
その反応の大きさに、アイリスは不可思議に思った。
そう思っているのは、アイリスだけではなく、驚いていない他の幹部たちも似たような表情になっている。
驚いているのが、幹部の中でもトップスリーに数えられる者たちから、なにかの制限された情報があるという事はアイリスにも分かった。
その情報が何であるのかまでは、想像もつかなかったが。
影の長としてはあり得ない程の動揺を見せたマチェイは、一つ深呼吸したのち、アイリスを見た。
「それは、ピーチ殿ではなく、ミリー殿が仰っていたのだな?」
マチェイの目の真剣さからとても重要な質問だと察したアイリスは、今一度あの時の会話を思い出しながら小さく頷いた。
「はい。間違いありません。・・・・・・あっ、そういえば・・・・・・」
「なんだ? 細かいことでも構わない。なにかあれば教えてくれ」
「いえ。ミリー殿が、自分が対応すると言った時に、あくまでもピーチ殿ができる範囲内のことをすると言っていました」
そのアイリスの言葉に、マチェイはホッとしたような表情になった。
ミツキの正体を知っている他の幹部たちも似たような顔をしている。
マチェイたちも流石にミツキが本気を出して、自然破壊を始めるようなことをするとは考えてはいないが、万が一のことがある。
あくまでも常識の範囲内で収まるのであれば、それに越したことはない。
もっともマチェイたちもピーチの実力がどの程度あるのかは分かっていないため、まだ安心できないところがあるのは仕方のないことだ。
「あ、あの?」
ミツキのことを知らないアイリスが、マチェイたちの反応に首を傾げたが、それをみたマチェイは首を左右に振った。
「すまないな。ミリー殿のことに関しては、最重要情報でな。例え幹部たちであっても開示はできん」
幹部といえどさらに細かい立場によって扱える情報に差があることはアイリスも分かっている。
そして、幹部の間でも制限される情報が、かなり限られたものであることもだ。
どうやら自分が接しているミリーは、影たちの長にとっても扱いが慎重にならざるを得ない程の重要な人物だと知って、アイリスはゴクリと喉を鳴らした。
スミット王国の影として、それなりの立場にいるアイリスだが、それほどの情報に触れるのは初めてのことだった。
「そなたは、これまで通り接してもらうので構わない」
これからどうすればいいのか、と問いかけようとしたアイリスに、マチェイが先にそういって来た。
相手が重要人物だと分かっていても、これまで通りに接することなど、影として働いてきたアイリスにとってはいくらでも経験がある。
今までと何も変わらない。アイリスは自分にそう言い聞かせた。
「分かりました。私からの報告は以上ですが、伝えることはございますか?」
「いや。計画通りに進めるのであれば、特に問題はない」
「畏まりました」
そういったマチェイに対して、アイリスは頭を下げてのち、その場を去るのであった。
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アイリスが自らの組織の長に報告をしている頃。
ピーチは、仲間のサキュバスの一人にとある質問をされていた。
「ピーチ、コウスケ様には報告するのか?」
今回の件でスミット王国に来ているサキュバスたちは、ピーチにとっては小さい時から一緒に育って来た者たちだ。
ピーチと共に育ったせいか、同世代の者たちの戦闘能力は、他の世代に比べて一歩先をいっている。
そのため、周りによそ者がいないときは、気安く話しかけたりして来る。
そのサキュバスの問いに、ピーチは難しい顔になった。
「どうしましょうか。まだまだ確定するには怪しいですからね~」
そういったピーチは、ちろりと視線をミツキへと向けた。
意見を求められていると察したミツキも、難しい顔になって頷いた。
「そうね。今の感じだと、安定するにはまだまだ油断できないから、報告して下手に期待させるのは止めた方が良いわ」
「ですよね~」
ミツキの言葉に、ピーチも同意するように頷いた。
そんな二人に、質問をしてきたサキュバスが、さらに問いかけて来た。
「もしコウスケ様が、我々に質問をして来たら?」
その問いには、ミツキとピーチの二人が同時に顔を見合わせて笑った。
「大丈夫よ。恐らくそんなことはないから」
「こういったことは、とことん鈍いですからね~」
「そうね。多分気づくとしても、今回の件が終わってからになるわよ。多分」
今回の手助けは短期決戦を狙っているため、さほど長期間にはならないはずだった。
逆に短い間に決着がつかなければ、それはそれでまた別の人員と交代することも考えられる。
少なくとも、今の人員で行動するのは、ひと月くらいの短い間のことになっている。
「それに、コレットの事もあるから、ますます気づかないと思うわよ?」
「そうですよね~」
実はコレットもそろそろ臨月を迎えようとしている。
そのため、考助も子供のことに関しては、コレットの方へ意識が向いている。
まさか、ピーチがこのような状態になっているとは考えてもいないだろう、というのが、二人の認識だった。
「それに、聞かれた場合は正直に答えていいわよ。別に無理して隠すようなことでもないし」
「むしろ、変にこだわって聞いたときは、隠さずにすぐに言った方が良いですね~。コウスケさんも変な所で神の力を発揮する場合がありますから」
「そうね」
ピーチの言葉に、ミツキが同意したところで、そのサキュバスも安心した表情を見せた。
その顔を見れば、考助を相手に無理に口を閉じていなければいけないのかと考えていたのがわかる。
周りで話を聞いていた他のサキュバスたちも似たような顔になっていたので、同じようなことを考えてたのだろう。
結局、今のピーチの状態については、出来る限り口を噤んでおく、という曖昧な状態で様子をみることになるのであった。
この話は、要らないかなとも思いましたが、結局入れることにしました。
なんとなくアイリスを出したかったのと、他のサキュバス(名前なしw)のことも書きたかったですし。
何気に、ピーチの同僚が紹介されたのは、初めての事です。




