(2)対応策
スミット王国アッサール国王は、自室で報告を受けていた。
彼から報告を受けるのはいつも公的な場ではなく、自室のプライベートな空間だ。
それは、この場でのやりとりは一切公的なものとは関係がないと宣言しているのと同じだ。
さらにいえば、建国している時から続く彼の一族との信頼関係は、他の追随を許さない。
ある意味では、王家からもっとも信頼を受けているのが、今国王の目の前で報告をしている人物の一族となる。
初老に差し掛かったその人物の名はマチェイといい、王家の裏の仕事を引き受けて来たサキュバスの一族の人物だ。
彼の一族は、王国の発展と共に歩んでおり、王家とは表裏一体の存在といえる。
スミット王国の歴史上で彼らの一族の名が表に出てくることはないのだが、王家が一族を重用して来たのは動かしがたい事実だった。
だが、現在その関係にひびが入ろうとしていた。
お互いの信頼関係が崩れたわけではない。
外圧によって一族の活動が圧迫され始めているのである。
ここ数年の間に、スミット王国の国内で一つの闇ギルドが勢力を伸ばし始めていた。
闇ギルド自体はもともと国内にある組織で、各町に一つくらいで存在していた。
早い話が、町で発生する汚い仕事を裏で請け負うような組織を闇ギルドと呼んでいたのだが、最近になってその闇ギルドを纏めるような勢力が出て来たのである。
その広がり方が余りに急激すぎて、マチェイの一族では対応出来るものではなかった。
気付いたときには、各地で勢力の手を伸ばして巨大な組織になっており、単独で対抗するのには厳しい状況に陥っていた。
「・・・・・・そうか、厳しいか」
「はい」
マチェイの報告に、アッサール国王はため息を吐くように言った。
対するマチェイは、言い訳をすることなく頷いた。
ここでのマチェイの役割は、事実を伝えることで、自分の気持ちを伝えることではない。
それは、建国の時からずっと変わらない両者の関係だった。
本来、裏の仕事も含めて、お互いの組織が融通を聞かせて意思疎通を図る。
特にマチェイの組織は、バックにスミット王国がある。
勿論互いにぶつかったりすることもあるが、基本的には情報を融通し合ったりしてこれまで共存して来たのである。
だが、今スミット王国内で影響力を持ち始めている闇ギルドは、そうしたことを一切行っていない。
あくまで、そのギルド単独で事を起こすことを基本としていた。
例外があるとすれば、その闇ギルドの傘下に入ることなのだが、流石に国王直属の組織がそうした対応を取ることは出来ない。
今回の場合は、それに加えてさらに問題がある。
「それから、王の懸念ですが、ほぼ間違いないと確証いたしました」
「ほう」
その報告に、アッサール国王の目に興味の光が宿った。
「では、その闇ギルドにフンが関わっているのは間違いないのだな?」
「はい。先日なんとか闇ギルドから逃げおおせて、情報を持ち帰って来たものがおります」
「・・・・・・なるほど」
アッサール国王が、マチェイからの情報を疑うようなことはしない。
フンというのは、スミット王国の隣国に当たるフン王国のことを指している。
闇ギルドの動きが活発化しているという報告を受けた際に、アッサール国王がもしかしたら、という感じで呟いていたのだが、それがものの見事に当たったということになる。
もっとも、問題になっている闇ギルドの急激な広がり方を見れば、ある程度予想を立てることは難しくはなかった。
ただ単に、確証を得るだけの証拠がこれまで入っていなかったという事だけだ。
スミット王国としては、他国の手が及んでいる組織に情報の取得などを委ねたくはない。
それが大前提になるが、そもそも組織の活動自体を潰されてしまってはどうしようもなくなる。
アッサール国王は、あくまでもマチェイの組織が、そのままの形で残ることを望んでいる
「それで? 対応策は考えてあるのだろうな?」
「はい。今のところいくつか挙げられております。何れも時間が勝負になりますので、早めのご決断を」
マチェイは、そう前置きをしてからいくつかの方法を話し始めた。
一つは、玉砕覚悟で攻撃を仕掛けること。
これは勿論、直接軍を動かすことを含めるが、あまり現実的ではない。
そもそも闇ギルドがギルドとして存在できているのは、軍を動かすだけの理由が無いためだ。
マチェイの一族だけで攻撃を仕掛けることもあるが、これは人数的な問題がある。
各町の闇ギルドを飲み込んでいるため、既に人数の規模で考えれば、何とかぎりぎり拮抗を保っているという状況になっている。
さらに日数が経てば、この状況はさらに悪くなるだろう。
二つ目は、相手の組織に迎合すること。
これは先ほどアッサール国王が懸念したように、出来れば取りたくない手段となる。
何しろ、一族の動きが全て相手に把握されることになる。
ひいては、その動きが裏にいるというフン王国に伝わるということになってしまう。
国家の安全保障としては、あり得ない選択肢といって良いだろう。
マチェイの一族を使っているのは、あくまでも国王個人となっているが、逆に言えば、国王の考えがそのまま相手国に伝わってしまうということにもなり兼ねないのである。
「一つ目は現実的ではない、二つ目は国王の対応としてあり得ない、となると他に方法はあるのか?」
アッサール国王の問いに、マチェイが頷いた。
「はい。これが一番現実的な対応になるかと思いますが・・・・・・他組織と手を組んで、問題となっている闇ギルドの組織の排除を行います」
「ほう。確かにそれが一番やりやすいか」
当然といえば当然の提案に、アッサール国王も納得したように頷いている。
自分の戦力が足りなければ、他と手を組んで対応することなど、ごくごく当たり前のことといえる。
それは、例え裏の組織であっても変わらない。
勿論、組む相手とは、一次的であっても信頼関係を築かなければならないという問題はある。
「はい。いくつか候補はありますが、最終的な判断は王にお任せいたします」
アッサール国王の意識が三番目の選択肢に向いたのを聞いて、マチェイはそう言った。
そもそも一族内でも三つめが一番現実的だろうという動きにはなっていたが、あくまでも判断するのは国王だ。
そこを違えてしまえば、今までの信頼関係が崩れてしまう事になる。
ある程度話の流れで誘導したりはするが、それに気づく気付かないは王個人の能力になる。
そして、アッサール国王はそうした誘導に気付かない程、愚かな王ではない。
今回に関しては、誘導しているともとられかねないが、そもそもそんなに選択肢がないため致し方ない。
そのことはアッサール国王もよくわかっているので、そのことについて何かを言ったりはしない。
「ふむ。既に検討はしているのだな?」
「はい。これが一覧になります」
そう言って、マチェイが一枚の紙をアッサール国王に差し出した。
そこには既に一族内で話し合われている手を組む余地のある組織の一覧が記されていた。
問題の闇ギルドにまだ飲み込まれていない国内の組織もあれば、国外の組織もある。
スミット王国が闇ギルドに飲み込まれてしまえば、他国の裏組織も安穏としてはいられなくなるからこそ、手を組む余地が生まれる。
アッサール国王がその紙に書かれた組織を確認していると、とあるところでその視線が止まった。
「・・・・・・ほう」
そこに記された名前を見て、アッサール国王はニヤリと笑った。
マチェイの話を聞いていて、何とかなるかも知れないと光が見えたのは、その名前を見たおかげだと、アッサール国王は後に息子に語ることになる。
そこには、ラゼクアマミヤの諜報を担当しているサキュバスの名前があったのである。
最後の最後に塔(というよりラゼクアマミヤ)とのかかわりが出てきました。
今章は、今まで影の薄かったサキュバスたちが活躍! ・・・・・・する予定です。(あくまで予定)




