閑話 主に捧げる勝利(前編)
突然コウスケ様から呼び出しがかかったのは、新たに拡張した農地について部下と話をしていた時だった。
あの方から加護を頂いている私は、神力念話という方法で直接お声をかけていただけるのだ。
ただ、そんな便利な方法があっても、コウスケ様からの直接の呼び出しなど滅多にあることではない。
珍しい事態に、私は思わず立ち上がってしまった。
それを見た周りの部下たちは、訝し気な表情を私に向けて来たが、私にとってはそれどころではない。
一言も聞き洩らさないように、立ったまま集中してコウスケ様のお話を聞く。
その様子を見ていた部下たちは、何かが起こっていると察したのか、口を挟んでくることはなかった。
コウスケ様のご命令は、すぐに終わった。
戦闘が得意な部下を数名連れて、コウスケ様のお住まいへと向かうようにとのことだった。
直立不動だった私が力を抜いたのを見て、部下の一人が話しかけて来た。
「ソル様、如何なさいましたか?」
部下たちも私の様子から大体の事は察しているようで、コウスケ様のお言葉を待っているようだった。
声をかけて来た部下も、何となく遠慮がちに感じで聞いてきた。
「察しているかと思いますが、コウスケ様からのご神託が下りました。ドットとダエルをこちらに・・・・・・いえ、私が直接向かいます。貴方がたは二人が抜けるフォローをお願いします」
ドットとダエルは、最初期の頃にゴブリンから進化を果たした戦闘特化の童子だ。
今の時間であれば、戦闘訓練をしているはずである。
コウスケ様のお住まいに向かうのであれば、私がそこまで直接出向いて行ってそのまま転移門に向かった方が早い。
「お時間はかかりそうでしょうか?」
「わかりません。これからその内容をお伺いに行くのです。何があっても対応できるようにしていてください」
これまでコウスケ様からの直接の指示などほとんどなかった。
ましてや、自分だけではなく、他の者も連れて来いというのは初めての事態だった。
何かが起こっていることはすぐに分かったので、部下たちには何が起こっても良いようにと指示を出しておく。
部下たちが頷くのを確認した私は、早速ドットとダエルを引き連れて管理層へと向かった。
ドットとダエルは別室で待機することになり、私と他の眷属がさらに奥にある部屋に入ることになった。
そこには私以外にも、同じ眷属であるナナ殿と他にも狐が二匹いた。
その狐たちを見て、私は思わず一瞬身構えてしまった。
ナナ殿は何度も対面したことがあったのでまだいい。
だが、金と銀の毛並みをしたその狐たちは、対面するのがはじめてだった。
同時に、今の自分の実力では足元にも及ばないことがわかった。
同じコウスケ様の眷属であることからも、私に攻撃を仕掛けてくることはないと分かっていても、反射的に動いてしまった。
そのことを察したのか、ピーチ様が声をかけて来た。
「ソルさん、そんなに落ち込まなくても良いですよ~」
コウスケ様のお側にいらっしゃる女性の中でも、ピーチ様は特に鋭い時がある。
反射的に攻撃態勢を取ろうとしたその私の動きを見て、すぐに私の内心を感じ取ったようだった。
曲がりなりにもゴブリンや鬼人たちを束ねていて戦闘の実力もある私が、目の前の狐に敵わないと分かった時の落ち込みをしっかりと見抜かれてしまった。
その後にコウスケ様からのフォローもあったが、私は恥ずかしさで顔を赤くしないようにするので精いっぱいだった。
なんとか私の葛藤は見抜かれずに、コウスケ様は私たちを呼んだ理由を話し始めた。
そこで聞いた話は、私にとっても驚きの内容だった。
なんと、コウスケ様が支配している塔に戦を仕掛けて来た者がいるという。
思わず怒りで目の前が真っ赤になったが、意外にも(?)コウスケ様自身が落ち着いていらっしゃるので、私が感情を爆発させるのは筋違いと考えて平静を装う。
・・・・・・ただ、コウスケ様はともかく、その隣にいるピーチ様には見抜かれている気がしてならないが。
そんな私の心の葛藤を余所に、コウスケ様から私たちの種族へと指示が下った。
相手に奪われた階層の奪還が、主な目的だ。
どのようにして奪還するのか、どのタイミングで戦闘が始まるのか、細かい指示を受けた私は、更に詳細を詰めるためにドットとダエルがいる部屋へと向かった。
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私は、ドットやダエルが率いている部下たちと共に、その時を待っていた。
今いる場所は、普段私たちが住んでいる階層とは全く違った階層で、一面が砂だけの世界だった。
正直にいえば暑すぎてたまらないのだが、そんなことに文句を付けても仕方ない。
私たちの部隊の隣には、狐たちの群れが固まっている。
群れというには数が多すぎるが、全てがコウスケ様の眷属なので、こちらに襲い掛かってくる心配もない。
そんな状態で待っていた私たちの目の前で、突然光のカーテンが現れた。
それとほぼ同時にコウスケ様からの指示が下った。
「皆、準備は良いですね? あの光が消えたあとに、予定通り進軍します!」
私がそう声をかけると、ドットやダエルを筆頭に「おおおっ!」という雄叫びが周囲に響いた。
先程まで緊張感に包まれていた雰囲気が、その雄叫びのおかげで良い感じにほぐれた。
こうして、私たちは初めてコウスケ様の眷属として、明確に「敵」といえる相手との戦闘を行うことになるのであった。
私たちの目標は、奪われた階層の奪還だった。
そのためには、今は相手のものになっている階層に乗り込んでフィールドの支配権を得ないといけない。
簡単に言えば、そこに存在しているモンスターたちを倒して行けばいい。
といっても階層の広さはかなり広いので、狐たちと私たちとで左右に二手に分かれて攻め込むことになった。
コウスケ様の指示通り、私たちは右翼を担当して一気に相手の階層へと攻め込んだ。
ただし、相手の階層といっても元はコウスケ様が支配していた階層だ。
その階層を相手から奪い返すために私たちは目の前に来るモンスターを次々と葬っていく。
「まずは数を減らすことを念頭に置きなさい! 数が減って逃げるものは追わなくともいいです! ・・・・・・負傷した者は、すぐに後方に下がって手当を受けなさい!」
部下たちが戦うのを見ながら私は次々と指示を出していく。
今回の私たちの編成には、最弱のゴブリンも混じっている。
その分、数が多いのだが、戦力が不足するのは致し方ない。
それに、コウスケ様の出来る限り死ぬ者が出ないようにという指示もある。
下手に負傷者を使い続けると、死亡者も増えるため、怪我をした者はすぐに引くように言ってある。
それでも血気盛んな者は、戦場に居続けようとするため、どうしても私やドットやダエルが細かく指示をすることになる。
この辺りが、本能のままに生きているゴブリンと進化した者たちの違いだ。
相対することにあるほとんどのモンスターは、戦闘能力が低いが、時には強いモンスターも出てくる。
そうしたモンスターを相手にするときは、私たちのほうも進化をしている鬼人が倒して行った。
時には私が出ることもあるが、ほとんどは部下たちが処理していた。
きちんと言葉を話せる者たちの指示が戦場を飛び交い、順調に戦闘は進んでいく。
当初の予想通り、戦いが始まってからしばらくは、激戦が続いていた。
此方が圧倒されるという事は無かったが、相手の数が多くてどうしても倒すに時間がかかってしまう。
そんな状況に変化が起きたのは、戦闘が始まってから小一時間ほどが経ってからの事であった。
攻勢に転じた時のソルの話でした。
狼や狐たちだとどうしても無言で戦闘が進むので、ソルの葛藤(?)と共に戦闘の状況を書いています。
一話では書ききれなかったので、前後編になっておりますので、その後に関してはもう一話お待ち下さい。




